第5話 過去

近場の教育学部がある大学や短大に絞って調査した結果、5年前に夕焼け小学校に教育実習で来ていた生徒の名前を入手することが出来た。


教育実習生の名前は牛尾蒼大という男だ。現在彼が働いてる小学校を教えてもらい、早速アポを取りつけることが出来た。


繋いでもらった電話を終えた才賀は、体を逸らして大きく息を吐いた。才賀は電話が苦手だ。対面だと語尾を濁したり、多少どもっても伝わるが、電話ではそうもいかない。相手が聞き取れなかった時の、あの怒声に似た「はい!?」という声は才賀のトラウマになっている。


才賀探偵事務所は元喫茶店の居抜き物件で、喫茶店としての家具が全て揃っている。入店ベルが鳴り、上品な中年女性が入ってきた。


「三森夫人」


探偵事務所の大家の三森晶子だ。上階に住居があり、旦那の三森はじめと暮らしている。子供はいないようだ。


「才賀さん、お忙しいみたいですね。もしかして、依頼が来たんですか?」


三森夫人は小柄でふくよかな中年女性で、服装や所作に育ちの良さが出ている。才賀が食うものに困った時、食べ物を分け与えてくれた恩人だ。更に時折、こうやって才賀の様子を見に来てくれる。


「いえ、依頼が来た訳では無いのですがね」


才賀は三森夫人に、夕焼け小学校から遺体で見つかった福原ちよりちゃんと同級生だった道尾まどかに頼まれて、当時の担任町屋から話を聞いてきたこと、先程までアポ電を掛けていたことを説明した。


三森夫人は深刻そうな顔をした。


「まぁ殺人事件! 才賀さんが危険な目に会うかと思ったら私、心配です。もっとこう、ペット探しとか浮気調査とかね、そういうのをしたらどうかしら」


三森夫人は才賀に危険なことはして欲しくないらしい。


「三森夫人、私は、私の尊敬する名探偵に憧れてこの探偵業を始めたんですよ」


才賀はハンチング帽を手に取った。この帽子は才賀が幼い子供の頃、名探偵から譲り受けたものだった。


才賀の母は彼がまだ幼い頃、何者かによって殺害された。警察もお手上げの事件だったが、ある日探偵が才賀の元に訪れた。彼はたちまち事件を解決してくれた。


才賀少年は探偵に、弟子にしてくれと頼んだ。彼はそれを断ったが、去り際にこの帽子をくれた。


「どんなに危険が待ち受けていようと、私は彼のような立派な探偵になるまで、歩みを止めません」


才賀は以前に母を事件で亡くしたという話は三森夫人にしていたが、尊敬する探偵について話したのは初めてだった。


「なんて素敵な話でしょう」


三森夫人はハンカチで涙を抑えながら、才賀の話を聞いてくれていた。


「あっ、でも、勿論犯人を見つけても穏便に済ませますから! 三森夫人にご心配をおかけするような危険なことはしません」

「安心しました。事件が解決したら、盛大に祝わせてくださいね」


そういって、三森夫人は帰って行った。

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