第4話 担任
夕焼け小学校が立ち入り禁止になっている今、夕焼け小学校の教師たちがどこで何をしているのか才賀には想像もつかなかったが、一旦帰宅させられている可能性が高いと考え、まどかから聞いた町屋の家へ向かった。もし外出していたらまた来ればいい。
どうして町屋の家をまどかが知っていたのか聞くと、学校と町屋の家が近いから、みんな先生が家から出て出勤する姿をよく見ているという。
「なるほど、本当に近い」
ブロック塀に囲まれた築年数の高そうな平屋の一軒家に、町屋の表札が掛かっている。
町屋 伸一
恵美
隆斗
まどかから聞いた話では、担任の町屋は独身だという。名前順から見るに隆斗が担任教師だろう。
振り返れば他所の民家の間から小学校に張り巡らされたブルーシートが見えている。
少し前までは小学校の校舎が望めていただろう。元々夕焼け小学校が住宅地に近いところに建っているというのもあるが、通勤の楽な立地であり、休日も気の休まらなそうな立地でもある。
門扉がないので、そのまま敷地に入って玄関のチャイムを鳴らす。
年配の女性の声で「はいはい」と聞こえた。
スリッパを履いた軽快な足音が玄関に近づいてくる。引き戸が勢いよく開かれて、六十がらみのハツラツとした女性が出てきた。
「あら? 刑事さんならさっき別の人が来ましたけど」
「いえ、才賀探偵事務所から参りました、才賀雄と申します」
「あらやだ! 探偵さん? ごめんなさいね、ジロジロ見ちゃって。初めて見たものだから。あたし推理ドラマ大好きなのよ。ちょっと今家の中散らかってて。庭の方に回ってくださいな」
おそらくこの人が町屋先生の母親だろう。町屋の母はひとしきり喋ると、サンダルに足をひっかけて、玄関を出た。才賀はとりあえず彼女についていく。恵美は掃き出し窓をガラリと開けると、「隆斗!」と息子を呼び出した。
正面の襖がガラリと空いて、顔を出したのは気難しそうな顔の男だ。まどかの担任だった頃は20代後半だったと言うから才賀とほぼ同世代のはずだが、かなり歳上に見える。そしてタバコ臭い。
町屋はワイシャツ姿で、まだ学校から帰ってきてから着替えていないのだろうと思われる。
町屋の誰?と言わんばかりの顔に、彼の母は大きな声で「探偵さん!」とだけ言った。
「あんた警察から疑われてるんだから、話聞いてもらいな」
「だから! いっつも怪しいヤツ家に入れるなって言ってるだろ」
「シャツシワになるから着替えなって言ったでしょ」
町屋の母は息子の抗議をろくに聞かず、彼の部屋に入って部屋中のゴミを集めるとどこかへ行ってしまった。
腹の虫の居所が悪そうな町屋は、腰に手を当てて才賀の顔を正面から睨みつけている。
今にでも追い出されそうな才賀は、慌てて説明しようと、頭を回転させた。
「貴方の教え子の道尾まどかさんの頼みで来たんです。覚えていますか? 福原ちよりちゃんと同じクラスだった」
まどかの名前にピンと来ていない様子の町屋だが、昔の教え子の伝手で来たならと、才賀を部屋に入れてくれた。
部屋には煙草の匂いが充満している。いるだけで服に移ってしまいそうだ。
「訪ねておいてなんですが、まさかもうご自宅に帰ってらしたとは思いませんでした」
「まだ何が起きてるのかよく分かってないからな。連絡あるまで自宅待機だ」
才賀は、町屋が口を大袈裟に動かしてハッキリ発音するのが教師らしいなと思った。
町屋の部屋は和室にカーペットを敷いて、洋風の家具を設置している。町屋はソファにどっかり腰かけ、タバコを吸い始めた。テーブルの灰皿には結構な数の吸殻が溜まっている。
「お疲れのようですね。先程、警察ならさっき来たと仰ってましたが、何を聞かれたんです?」
才賀は入口付近に立ったまま、話を進めることにした。
「疑われてんだ。ようやく開放されたと思ったら今度はアンタだ」
町屋の吐いた煙が天井に昇っていく。
「どうもすみません」
才賀は友好的でない相手と話すのが極端に苦手だ。なにか相手の気に触ることを言ったのではないかと気にして萎縮する、体に見合わず肝の小さい男なのである。
「で、話って?」
「ええ、実はですね。先生はちよりさんに思いを寄せていたと伺ったものですから」
町屋は大きなため息をした。ずっと眉間に皺を寄せている。
「小学生の女子ってのは、男の教師を下の名前で呼んだり、あだ名で呼んだり、かと思えば腕を組んで来たり、膝の上に乗ろうとしたり。それを断れない男の教師がたまにいて、他所に飛ばされる」
「貴方は出来ていたと」
「強い口調で叱ったら別の問題になるし、やんわり断るようにしてたのが、誤解を招いたのかもな」
「なるほど、よく分かりました」
町屋本人は、ちよりに邪な気持ちは抱いていないという言い分だ。いままで別の学校に飛ばされずにいるということは、表立ったトラブルは起こしていないということでもある。
「当日、ちよりちゃんが居なくなったのは昼休みの間という事でしたが、あなたは何をしていましたか?」
「アリバイか。昼休みは基本職員室にいたが、タバコを吸いに校舎の外に出たな」
「タバコを吸っている間はひとり?」
「そうだ。今どきたばこ吸う奴は少ないんだ」
「どれくらいで戻られたんですか?」
「5分もしない」
殺すだけなら可能だ。
「ちよりちゃんがいないことに気づいた時のこと、詳しく教えてください」
「5時間目の授業をしに教室に行ったら、福原ちよりが戻っていなかった。トイレと保健室を探して、下駄箱を見たら外にいるってなって、他の先生たちも一緒になって敷地内を探したけど見つかんねぇから、保護者に連絡して警察に通報した」
よどみなく経緯を話す町屋。何度も警察に説明したのだろう。
「学校の中に埋められてたってことは、学校の中で殺されてたってことだろ。ったく、警察は聞くだけ聞いてなんも教えちゃくれない」
「ちよりちゃんを探しているあいだ、どれくらいの時間一人になりましたか?」
「ほとんどなってない。途中から大勢で探してたから全く一人になってないし、最初の方も教育実習生と一緒に探していたからな」
町屋が嘘をついていないとすると、町屋にはちよりちゃんを殺害する事は出来ても、埋める時間は無かったということになる。
「ではその教育実習生のお名前と電話番号を」
「教えない」
「なぜです? 貴方のアリバイを証言してくれるんですよ。今のままでは私の中で貴方は怪しいままなんですけど」
「アンタのような不審な奴に同僚の電話番号を渡すやつがあるか。勝手に疑ってろ!」
才賀は町屋の部屋から追い出されてしまった。ピシャリと掃き出し窓が閉められ、才賀は目をぱちくりさせた。
「最後に一言だけ! 何か分かったらこちらに連絡を」
連絡先を記したメモ帳の切れ端を、なんとか町屋に押し付けてから、才賀は町屋宅を後にした。
町屋にはアリバイがあった。犯行の手際の良さから子供は容疑者から除外していいだろう。町屋の他にどんな教師がいるのか、リストがあればいいのにと才賀は頭を悩ませた。
「とりあえず探しますか、教育実習生」
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