第3話 ファミレス

才賀は少女を連れて、小学校近くのファミレスに入った。彼女は窓際の席を嫌がったので、通路を挟んで反対側の席に座った。


「仮病使って早退してきたから」


ファミレスにいるところを誰かしらに見られ、先生や親に告げ口されるのを恐れているんだろう。


メニュー表を開いてみると、飲み物はドリンクバーのみ、単品の注文はないようだ。


タッチパネルでドリンクバーをふたつ頼む。


「朝ごはんは食べましたか? お好きなものを頼んでください」


彼女は首を横に振った。行方不明だと思っていた友人が死んでいたと分かり、食欲どころではないんだろう。


「飲み物を持ってきてあげましょう。何がいいですか?」

「炭酸水」

「はて、そんなものあったかな」


彼女はドリンクバーの方を指さした。いっぱい文字が書いてありそうだが、才賀はそれほど目が良くないから分からない。


「すぐ戻ってきますからね」


才賀は自分用にブラックのアイスコーヒー、まどかのために炭酸水を注いで、コップを両手に持ち、席に戻った。


「どうぞ」

「ありがとう」


ごさまいます、と口が動いた。尻すぼみで蚊の鳴くような声だ。


改めてまどかをよく見ると、色白の肌は儚いという言葉が良く似合う。炭酸水に添えた手は指が細くて、折れてしまいそうだ。この年頃によくあることで、過度な美意識に囚われて無理なダイエットをしているんだろう。


「ちよりさんはどんな子だったんですか?」

「元気いっぱいで、ちょっとヤンチャな子でした。だから、ちよりが昼休み中に学校を抜け出したって聞いた時、そういうことする子かもって思っちゃって」

「それは仕方ありません。まさか学校の中であんな目にあうとは誰も思いませんから」


殺された、という言葉を彼女の前で使いたくなかったので、才賀はあんなと言うに留めた。


「すごく悲しかったのに、中学校に行ったら私、だんだんちよりのことを考える時間が減って。私、なんて薄情なんだろう」


まどかは唇をきゅっと結んだ。


「まどかさん、それ以上自分の心を虐めないでください。貴方は悲しみから立ち直ろうと頑張ってた。残された人は、悲しくても自分の人生を生きていかないといけない。私も母を亡くしていますが、思い出さない日もあります。母もきっと、私が元気にしてるのを喜んでくれているでしょう。ちよりちゃんもきっと、まどかさんが中学校で元気に過ごしていて、嬉しかったんじゃないでしょうか」


唐突に自分の話をしてしまったことに、才賀は喋ったあとで後悔した。しかし、まどかの心には響いたようだった。彼女はさめざめと泣いていた。ひとしきり泣いた後、顔を上げた彼女の目には、強い意志が宿っているように才賀は感じた。


「ちよりを殺したのは町屋先生だと思います」

「町屋先生?」


才賀は今初めて聞く名前だった。


「担任の先生。ちよりのこと好きなんじゃないかって皆言ってました。頼み事にかこつけて、ちよりと二人きりになろうとしたりしてた。先生がちよりにフラれて、怒って殺したんだと思います」


まどかの唐突な告発に才賀は驚いた。小学四年生に下心を持つ教師はだいぶ稀な存在だろう。才賀は、町屋がまどかの発言通りの先生か、確認する必要があると思った。


「ちよりちゃんがいなくなったのは、昼休みでしたよね。町屋先生はどこにいたんですか?」

「わかりません」

「そうですか。最後にちよりちゃんを見たのはいつですか?」

「給食の時です」


才賀はメモ帳を取り出して、まどかの発言を書き記した。


「ちよりちゃんがいないことに気づいたのは?」

「5時間目の授業のときに、ちよりがいなかったから、町屋先生が探しに行くって」

「ほうほう」


その間まどかたちはプリントの問題を解かされ、教室は自習のようになっていたという。


町屋が事前に学校の床板を剥がすなりして床下に穴を掘っておいて、ちよりを呼び出して殺した。またはカッとなってちよりを殺し、どこかに隠しておいて、探すふりをして穴を掘って埋めた。


(いや、咄嗟に遺体を隠すなら、校舎の外に穴を掘ればいい。なぜ犯人は校舎の中に埋めたんだ?)


深まる謎に才賀は頭を掻きむしりたくなった。


「町屋先生の話を聞きに行ってみます。まどかさん、悲しい時に、話してくれてありがとう」


困ったことがあれば連絡するよう、才賀はメモ帳に電話番号と事務所の住所を書くと、ページを破って渡した。

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