第2話 探偵

夕焼け小学校で取り壊し中の旧校舎から児童の遺体が発見されたという事件は各ラジオ局、テレビ局のニュース速報で一斉に報道された。


児童は直ぐに下校させられ、現在の夕焼け小学校は警察関係の車両が頻繁に出入りしている。


正門前では制服警官が後ろ手を組んで仁王立ちして、押し寄せたマスコミに睨みを聞かせていた。さらにその周囲を近隣の野次馬が取り囲み、上空にはマスコミのヘリまで飛んでいる。


その人の群れを掻き分けるようにして、ハンチング帽を被った大柄で人相の悪い男が、正門の前に立つ制服警官を目掛けて一直線に歩いていく。人混みで帽子を落とさないよう、帽子を抑えながら、制服警官の前までたどり着いた男は、開口一番低い声で「探偵です」と言った。


制服警官は「は?」と言いたげな顔をしている。ハンチング帽の大男はすんなり入れてもらえなかったことに動揺して一人でぶつくさ言ったあと、「才賀探偵事務所から来ました、探偵の才賀雄です。事件に協力して差し上げましょう。ほら、中に入れてください」と一気にまくし立てた。


男の名前は才賀雄。齢27にして以前から憧れていた探偵事務所を立ち上げたものの、依頼が来ず暇になって、この度自分の街で起きた事件を解決してやろうと勢い込んでやってきた。


「警察関係者以外立ち入り禁止です」


制服警官から事務的な返事が返ってくる。何度か同じやり取りを繰り返した後、才賀は背中を丸めて、野次馬集団の外に出た。


(探偵といえば捜査に混ぜてくれるのでは無かったのか)


才賀は今まで見てきた数々の推理ドラマを思い出していた。


「困ったな」


途方に暮れて小学校を野次馬の外から見上げる。広範囲に目隠し用のブルーシートが貼られていて、中の様子は全く分からない。


(しばらく粘っていれば、何かわかるか?)


才賀はこの場に留まることにした。スマホで事件に関する記事を見返す。


旧校舎で見つかった遺体は福原ちよりちゃん小学四年生。五年前に行方不明になっていた。ちよりちゃんの行方不明は当時盛んに報道されていたから才賀もよく覚えている。


ちよりちゃんが5時間目の授業までに教室に戻って来なかったので教師らが探したところ、内履きが下駄箱にあった。5時間目の前は全体掃除の時間だったが、掃除場に来ておらず、昼休みに生徒玄関から外に出るちよりちゃんを児童が目撃していた。


以上を踏まえて警察は、昼休みに校舎から出たちよりちゃんが何らかの事件に巻き込まれたと見て捜査を進めていると、当時報道番組で報道されていた。


事件以前から学校付近で不審者が何度も目撃されていたことから、ちよりちゃんがその不審者に誘拐されたのではないかと推理する者もいた。この意見を支持する者は当時多かったが、遺体が校内から発見されたということは、誘拐では無かったということだ。


遺体は眼球を錐状の凶器で刺されていたという。犯行の猟奇性も、事件が大きく報道されたひとつの要因になっているだろう。因みに、凶器は未だ見つかっていない。


スマホから顔を上げた才賀は、野次馬の中に、夕焼け中学校の制服を来た女の子がいることに気がついた。平日昼間に制服姿の彼女は目立っている。わざわざ学校をサボって見に来るということは、彼女は夕焼け小学校の出身なのだろう。


「もし、そこの貴方」

「はい」


才賀の方へ振り向いた少女は整った顔立ちをしているが、目元は赤く、泣き腫らしていた。


「もしかして、ちよりちゃんの同級生では?」

「ええ、そうですけど、どうして分かったんですか?」


驚いた様子の少女に、才賀は自慢げに彼女の胸元を指さした。ローマ数字のⅢと書かれたバッジが飾られている。


「そのバッジ。3年生でしょう? ちよりちゃんが行方不明になった5年前は4年生。貴方も5年前は4年生。ちよりちゃんと同級生だ」

「凄い」

「申し遅れました、探偵の才賀です」


金欠のため、差し出す名刺は生憎持ち合わせていない。代わりに才賀は彼女に右手を差し出した。恐る恐る差し出された右手と握手する。


「ちよりの友達の、道尾まどかです」

「ほう、ご友人でしたか」

「はい、友達でした」


彼女は涙声になり、袖で目元を拭った。


「詳しい話を聞かせてもらえますか?」


頷く少女。才賀はマスコミの方をチラ見した。ここで話していたら、マスコミにまどかがちよりの同級生であることがバレ、取材攻撃に会いかねない。


「場所を移しましょう」


ここからだと探偵事務所に帰るより、その辺のファミレスに入る方が早いだろう。


才賀はまどかを連れて夕焼け小学校から離れた。

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