第39話・悪意によってもたらされたもの
「陛下。これが真実です。クラークスはずっと『聖女』を騙して自分のそばに隠して利用してきました。私が以前申し上げたデイリズでの一件を覚えておいでですか? あの一夜のことは、本当にあったのです」
「……アイツが、『聖女』をずっと……故意に隠してきたのか……!」
陛下は頭を抱え、項垂れる。
ずっと切望してきた『聖女』。ようやく現れた
国王陛下ほど、『聖女』の訪れを渇望していた人はいなかったはずだ。
「待て、では、コルネリア嬢は……」
「はい。私は偽りの聖女です。この国の混乱を見た父によって、神殿に送り込まれた何の力も持たないただの女です」
まあ、父は私を『売った』だけなんだけど、それをあえてこの場で言わなくてもいいだろう。
「ジュードは私を偽者だと見抜いて、それ以来、私たち二人は協力関係となりました。クラークスの悪事の動向を探り、そして、クラークスこそが真の聖女を捕らえていることを突き止めたのです」
陛下はまだ信じられないという顔で目を見開き続けている。
「陛下。あなたが床に伏したのも原因はクラークスにあります。クラークスが手配した薬を……常飲されていたのでしょう?」
「なぜそれを……」
「クラークスがあなたの与えていた薬は毒です。中毒性があり、人の身体の器官を破壊するものです。倒れる少し前くらいからずっと、意識が朦朧とすることが増えていたでしょう?」
「……そうだ。最近調子が優れないとこぼしたら、アイツが外国から仕入れてきたという栄養剤をくれて……飲み始めたら調子が良くなってきたから、日常的に服用するようになっていた」
陛下は自分で話しながら、真相に至ったようで、途中で「ああ」と嘆き声をこぼした。
「クラークスはあなたを殺して、王座を奪い取る気でいました」
「……」
「これから先は……まだ証拠となり得るものはありませんが……。クラークスは王となった後は、この国と国民達を全て帝国に売り払うつもりでいるはずです。クラークスはそのために聖女を隠し、国が荒れ果てるのをよしとし、違法な薬物や人身売買に手を出していました」
陛下はしばらく押し黙り、長く細い息を吐くと、ようやく顔を上げた。
「……わかった。そうか、そうだったのだな……。ジュードはずっと……わしにそれを訴え続けていたのか……」
「……そうです、私の力が至らず、今日の今日まで信じていただくことは叶いませんでしたが」
ジュードは頷き、それから小さく首を横に振った。
「ですが、間に合いました。陛下、どうかクラークスを罪人として捕らえて、彼の犯してきた罪、その全てを暴いて、彼を裁いてください。私があなたに望むことはそれだけです」
ジュードの菫色の瞳が射るように陛下を見つめる。
陛下の瞳の色はジュードたち三兄弟とは違う緑色だ。彼らはみな、容姿は母のほうに似たのだろう。
陛下はその緑の目をゆっくりと細め、ジュードの顔をただただ見つめ返していた。
「……ねえ、あの、ジュード様も、聖女様も、なんのおはなしをしているの……?」
カメリアがおずおずと、私の服のすそを引っ張り、目が合うと首を傾げた。
「とっても大事なお話よ。この国を……ずっと騙して、悪いことをしてきた人を、これから捕まえようって」
「…………ねえ、今、クラークスって言ったよね? クラークス様? クラークス様が、悪い人なの? ロザリー様だけじゃなくて?」
「……カメリア」
わけがわからない、とカメリアは眉をしかめていた。
(……クラークスがカメリアを騙して利用してきたことは間違いない。それは『悪いこと』だけど、でも、カメリアの気持ちを思うと……)
……カメリアにとっては、クラークスこそが善なる人で、そして世界そのものであるはずだ。
それは間違いなく歪で、悪意によってもたらされたものだけど、カメリアの心を救ってきたものでもある。
「そうだ。君は……カメリアというのか。君は、『聖女』だ。聖女というものを知らんかね」
私が言葉に詰まっていると、ベッドの上の陛下が口を開いた。
「う、ううん。知ってます、クラークス様も、そう言ってた……」
「よいか、『聖女』はこの国にとってなくてはならないもの。それを隠してきたということは非常に重たい罪である。その力が正しく使われていれば、救われてきた人がいったい幾人いたことか」
「……」
「君自身、多くの機会を奪われている。これを罪とせず、なんだというのだ。いいかね、君はクラークスに騙されてきたのだ」
淡々と言い切る陛下。強ばる私の手に、ジュードはそっと手のひらを重ねてきた。
(……わかってる。カメリアに植え付けられたクラークスへの情に、同情しちゃいけない。ここは、今一番彼女をフラットに見ている陛下にお任せするのがいい)
「クラークス様は……あ、あたしのことを助けてくれて……」
「違う。クラークスは君が『聖女』と知って、君を利用するためにそうやって振る舞っていただけに過ぎない。クラークス以外の人物が君を見つけていたのなら、君はもっと良い生活ができていた」
「……そんな……」
「安心してくれ、聖女よ。これからは神殿が君を手厚く保護し、もっと広い部屋で快適に寝て、外に出て歩くこともできるだろう」
陛下は呆然とするカメリアの頭をぽんと叩く。
「クラークス様が……あたしを……騙していた……」
「そうだ、なに、君はまだ若い。これから楽しいことなどいくらでもある。私たちも君を支えよう。……なあ、ジュード。コルネリア嬢」
「もちろん。……カメリア。嘘をついてここまで連れてきてごめん。でも、これしか方法がなかったんだ」
「……ジュード様……」
「君への償いはいくらでもする。君がクラークスのところにいたときよりも、もっといい未来が来るように、やれることがあるならなんでもする。一生僕を恨み続けてくれて構わない」
カメリアは答えない。いや、答えられなくて当然だろう。カメリアはただただ固まっていた。
「カメリア。私も、あなたのためにできることがあるならなんでもする。これからは私たちと一緒に暮らしていきましょう」
「一緒に……」
「ええ、そうよ。一緒にご飯を食べて、一緒に寝ましょう。クラークスやロザリー様とだってそんなことしたことないでしょう?」
「……うん。そんなこと、してもらえなかった」
カメリアが神殿に来るのなら、なんとか頼み込んで、同じ部屋で一緒に過ごせるようにしてもらおう。クラークスとは違う、人と人の交わり方をこの子に教えてあげられるように。
カメリアは一緒に暮らそう、という言葉に目をキラキラとさせて強い反応を示した。
元々、両親から虐待を受けていたのもあって、『家族』に憧れは強いんだろう。
「楽しいこと、いっぱいしましょうね。カメリア」
ニコリと微笑んで、カメリアの小さな身体を抱きしめる。
カメリアはまだ、戸惑いの中にいるようだったけれど。
「そうとなれば、急いでクラークスのところへ向かおう。アイツのことだ、ウカウカしていると異変を察知して対応してくるだろう」
陛下は衛兵に「兵を集めてクラークスの部屋」へと素早く指示を出した。
「すまんが、念のためお前達も一緒に来てくれ」
「念のため?」
ジュードは怪訝に首を傾げる。
「万が一、アイツの口八丁に私が騙されないとも限らん。……情けない話だが、私は愚王なのでな」
「……承知いたしました」
ジュードは少し目を伏せて、王の要請を受け入れた。
陛下の言葉に……今までの陛下の行いに、それはもう、思うところはたくさんあるんだろう。ほとんど確信を持ちながらも、自信が無いという陛下に呆れているのか、殊勝だと思ったのか。小さくジュードはため息をついていた。
「あまり、カメリアを付き合わせたくなかったが……しょうがねえな」
「……そうね」
彼女こそが、クラークスの罪を裏付ける証明になる。
私はもう一度カメリアをぎゅっと抱きしめた。
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