第38話・真実

 お城に到着してすぐ、ジュードは陛下の寝室に向かった。


 正門は通らなかった。ジュードは『秘密の抜け道』があるんだ、と語って、お城の裏庭にあるくたびれた物置の隠された通路を通っていった。


「クラークスにバレる前に、片をつけたい」


 隠し通路は、かつての王妃の寝室に繋がっていた。きれいに整えられてはいるけれど、生活感はなく、人の気配はない。

 王妃……つまりは、ジュードたちの母の部屋だ。


 室内は暗く、漂う空気がどこか冷たく感じられた。


「……王族が隠し通路を持っているって話し、おとぎ話とかじゃなくて本当なのね」

「ああ。他にも色々あるぜ。俺と結婚したら色々教えてやるよ」

「覚えきれるか自信がないわ」


 そして、王妃の寝室の隣に位置する――国王陛下の寝室に私たちは入った。


 さすがに陛下のお部屋には近衛兵が控えていたけれど、「満足にアポをとらないですまない」とジュードがニッコリと微笑むと、快く通してくれた。


 床に伏せる父に息子が会いたがる、というのはそう変な話ではない。


 陛下は瞳を硬く閉ざし、ベッドに横たわっていた。以前兄弟らが集まった時以来だけど、その時から、まるで微動だにしていないのではという気すらする。

 一日に何度かは目を覚まし、薬湯や粥を召し上がるというお話しだけど、ベッドから立ち上がれることはほとんどないらしい。


 ジュードは抱き上げていたカメリアを、陛下のベッドの傍らにそっと下ろした。


「カメリア。この人が僕と、クラークスのお父さんだよ。この人を治してあげて欲しいんだ」

「わ、わかった」


 カメリアはおずおずと、横たわる陛下に手をかざした。


 緊張した顔でしばらく頭からつま先まで、カメリアは手をかざし、何かを確かめているかのように、全身をくまなく行ったり来たりしていたけれど、やがて眉をしかめながら顔を上げ、ジュードを見上げた。


「……あの、ごめんなさい。ちょっと元気にはしてあげられそうだけど、治せないところが多そうなの……」

「構わないよ。ちょっとだけでも、元気になってくれたらいいんだ」


 カメリアが言っているのは、慢性的に痛めつけられて機能が弱まっている器官のことだろう。傷や病は倒せても、そういった蓄積された身体のダメージや衰えた器官は治せないのだ。

 カメリア自身、長い監禁生活で衰えた筋力は聖女の力では取り戻せなくて、今に至るわけだし、『聖女』の力がそこまで万能であれば、この国に死人は誰もいなくなってしまうだろう。


 こくりとカメリアは頷くと、再び陛下は身体の上に手をかざした。


 そして、先ほどジュードらの傷を治したときと同じように白い光が浮かび上がった。


「……おお……!?」


 扉近くで控えていた衛兵もその輝きに思わず息を呑んだ。


 陛下の全身を覆う大きな白い光の輝きは、先ほどよりもずっと大きく、神々しかった。


(これが、聖女の力……)


 こんなの、本当の奇跡だ。

 これが本当の聖女というものなのに、私みたいなのがよく『偽者』としてやってこられたなと思う。


 それからしばらくして、陛下は「う……」と声を上げ、寝返りを打った。


 しばらく、眠たげに目を強く瞑ったり、目元を擦ったりを繰り返して、ゆるやかに陛下は眼を開いた。


「……陛下、お目覚めですか」

「……おまえは……」

「あなたの息子、ジュードです。お身体の具合はいかがです」

「からだ……?」


 まだぼんやりとされている陛下だけど、ジュードに言われ、キョロキョロとご自分の身体を見下ろし始め、ゆっくりと手のひらを開いたり閉じたりをして、ハッと目を丸くされた。


「……身体が軽い……まるで、霧が晴れたかのように、頭もスッキリとしている……」

「ええ。陛下、あなたの身体を癒やしたのはこの少女です」

「少女? ……『聖女』、コルネリア嬢か……」


 陛下は私に向かって頭を下げようとする。私が否定するよりも前に、ジュードが静かに陛下に対して首を横に振った。


「コルネリアではありません。こちらの黒髪の少女です」

「む……? この子は、一体」

 

「陛下。彼女は『聖女』です」


「……は……?」

「ずっとお身体が優れず、まだ頭もさえないでしょう。お水をどうぞ」


 ジュードは陛下のベッドのサイドボードに用意されていた水差しからグラスに水を汲み、陛下に渡す。陛下は混乱している様子ながらもそれを受け取り、ぐいっと一気に飲み干した。


 水を飲むと、少し落ち着いたのか、陛下は険しい表情を作りジュードを見つめた。


「どういうことだ、ジュード」

「今、あなたの身体を癒やしたのはこの少女です。この少女こそ、『聖女』なのです」


 ジュードがカメリアの背に手をやりながら陛下に指し示す。


 陛下は私とカメリアを交互に見た。


「ねえ、そうだよね。カメリア」

「……うっ、うん」

「大丈夫だよ、このお方はクラークスのお父様だから。お父様の具合が良くなって、クラークスも喜んでいるよ」


 そう言うと、カメリアは嬉しそうにはにかんだ。


「ジュード……一体、これは……。この少女は、どこに……」

「彼女はずっと、クラークスが手元に置いて、存在を隠し続けていました。……そうだよね、君はずっと、クラークスと一緒にいたんだよね」


「う、うん。クラークス様が、ずっとあたしを……ロザリー様のお屋敷のお部屋にいられるようにしてくれてたの……」


 ジュードは陛下に聞かせたい言葉をカメリアから引き出す。


「前にクラークスがほっぺたに大けがして来たことがあったろう? それもカメリアが治してくれたんだよね」

「うん! お顔が血まみれでビックリしたけど、すぐに治ってよかった」


 陛下の目が見開かれる。

 それには気づかないカメリアははにかみながら、どこか誇らしげに答えた。


「……なんという、ことだ……」

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