第36話・うそつきたち
「……ねえカメリア。足が悪い、というのは、演技ね?」
カメリアはぎゅっと口を噤む。
……とはいえ、ほとんど歩かない生活をしていたせいで筋力が弱っているのは事実だろう。そういう意味では彼女は普通の女の子よりも『歩行が困難』と言える。
手足が細いのは、『歩けないから』かと思った。
でも、それは生まれつきではなくて、後天的にそうなったのだ。
自由を奪われ狭い部屋の中に閉じ込められ、彼女はこうなった。
それは『聖女』の力で治せるものではない。
「……だって、クラークス様が……」
カメリアはおろおろとクラークスの名前を繰り返す。
「そのほうがいいって。それなら、お外に出なくてもみんなおかしいって思わないから、そうしたほうがいい、って……」
「そうか。カメリアは外の世界が怖いのか」
ジュードが優しい声で言う。
……その声色はクラークスによく似ていた。
「うん……。あたしが、ずっとここにいられるように考えてくれたの……」
こくんと頷き、カメリアは少ししてから慌てて付け足した。
「お、お願い。ロザリー様にも、内緒にしてるの。言わないで」
「大丈夫。言わないよ」
ジュードがにこりと笑ってみせると、カメリアは泣きそうな顔で肩を下ろした。
「そうか。だから……ロザリーは君のことをあんなに心配していたんだ。足が悪いっていうのが嘘って知らないから」
「う、うん……」
「僕が君を引き取る、って話をしたらとても喜んでいたのに、クラークスが断ったから大層ガッカリしていたんだよ。もちろん僕もガッカリしたんだけど、そうか、そういうことか」
そう言われると、カメリアは顔を青ざめさせながら首を何度も振った。
「あの、ちがうの、クラークス様がだめって言ったんじゃなくて、あたしが……外にでるのがこわいから、クラークス様が断ってくれたの。そ、そういうことなの」
「クラークスは君のことを守ってくれたんだ」
「うん」
カメリアはホッとしたようで、小さく微笑んだ。
「……ねえ、カメリア。僕は君の味方だよ。だから教えて。君は……『聖女』の力を持っている?」
その安堵につけ込むように、ジュードは一気に核心をついた。
「え……その、それは」
「大丈夫。僕とクラークスは兄弟じゃないか。僕になら話しても大丈夫だよ。もちろん、君に代わって『聖女』の仕事をしてくれている彼女にもね」
戸惑うカメリアに、ジュードはとんでもないハッタリを言う。
カメリアは私に目線をやる。微笑んで返すと、カメリアは破顔して、こくりと頷いた。
「うん! そうなの、それで、クラークス様があたしを見つけてくれたの!」
おおかた、クラークスに「誰にも言うな」ときつく言われていたのだろう。カメリアは『聖女』であることを話せて嬉しそうだった。
「そっか。クラークスが君を見つけ出すまで、君は、大変だったんだ?」
「……うん……。毎日、いろんなひとがあたしをぶつの。でも、次の朝には治るから、おとうさんとおかあさんは、それで、毎日……」
カメリアの拙い言葉から、最悪の想像ができて、息が詰まる。……見世物小屋に売られる直前でクラークスはカメリアを見つけたと、ロザリー様から聞いていたけど、そういうことだったのだろう。
(『聖女』がそんな扱いをされていたなんて――)
持って生まれた力のせいで、そんなふうに弄ばれていたなんて、考えもしなかった。……思いつくわけ無い、こんなこと。
「……そうか。辛いことを聞いてごめんね。クラークスが……君を見つけ出せてよかったよ」
ジュードは表情を変えないまま、ただただ優しい声色でカメリアに語りかける。内心では、どんな思いで『クラークスに見つけられてよかった』と言ったのだろうか。
「ううん。今はもうつらくないもの。ジュード様はクラークス様と一緒で優しいのね」
カメリアは無邪気に笑う。
「……カメリア。実はね、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「僕たちのお父さんが今、病に倒れているんだ。『聖女』である君に治してほしいんだ。……いいかな?」
「ジュード様の? ……あ、じゃあ、クラークス様のおとうさん、ってこと?」
「そうだよ。一緒に来て欲しい。たくさん歩くのは慣れてないだろう。僕がおぶっていくよ」
「……あの、でも、あたし、クラークス様以外には、秘密って……。力は誰にも使っちゃいけない、って……」
「やだなあ、カメリア。さっき言っただろ。僕たちは君の味方だって。それにもう、秘密じゃないでしょう?」
カメリアはしばらく眉間にしわを寄せて怪訝な表情を浮かべていた。それは、つまり、どういうことだ――と今の状況に頭が追いついていないのだろう。
それもそうだ。ジュードは、わざとカメリアを混乱させようとしている。
「でも、クラークス様は、僕以外の誰にも、って」
「僕はクラークスとは兄弟。君の秘密ももう知っている。治して欲しい人は僕たちのお父さん。それでもダメなのかな」
「……でも、クラークス様じゃないし……」
「そう。そっか、僕じゃダメなんだ」
はあ、とジュードは大きくため息をついた。
「……僕じゃ、クラークスみたいに君に信用してもらえないんだね。残念だよ」
「……あ……」
あなたの目的はわかってるけど、この立場の子どもにするやり方じゃないでしょう。
見ていられなくて、私はカメリアの肩に手を添えて、助け船を出すことにした。
「カメリア。大丈夫よ、あなたがしようとしていることは正しいわ」
「あ、え、えっと、『聖女さま』……」
「私でもそうする。『聖女』ならそうするわ」
……こんな、弱い心を惑わしてつけ込むやり方、さっさと終わらせる。
こんなやり方じゃないと、この女の子を外に連れ出せなさそうな自分に嫌気が刺す。
「お願い、カメリア。私ではできないことなの、本当の聖女の、あなたの力が必要なの」
「……あたしが……」
真っ黒な瞳を見つめて、強く頷く。小さくて、なめらかな子どもの手をぎゅっと両手で握りしめた。
カメリアの目は潤み、揺れて煌めいていた。
きれいな目。ブラックオニキスという宝石があったかしら、と思い出す。
「わかった。あたし……ジュード様と、クラークス様のお父様のこと、治す!」
「カメリア! ありがとう」
ジュードがカメリアのことを抱きしめる。
「クラークス様も、褒めてくれるかな」
「ああ、きっと」
ジュードは優しくカメリアの髪を撫でた。
私は、口に溜まった唾を飲み込んで、ジュードのついた嘘を聞き流した。
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