第35話・偽者聖女は
カメリアを引き取りたい。
その打診は、クラークスから断られたと連絡があった。
「まっ、だろーな」
ジュードはハッと鼻で笑って、ロザリー様から届いた手紙を握りつぶす。
ロザリー様の話したとおりの事情なら、カメリアを使用人として引き取りたいという打診は本来歓迎されることだろう。それを断るということはかなり怪しいと見ていいだろう。
「どうするの?」
「どうもこうもねえ。カメリアをなんとしてでも手に入れる」
「カメリアはクラークスに懐いているのでしょう。無理矢理に……じゃ私たちの方が誘拐犯扱いされるんじゃ」
「カメリアがただの少女ならそうだ。でも、カメリアは『聖女』だ」
「ただの少女を大事に大事に匿ってるのと、『聖女』にそうしているのじゃ意味が全然変わるだろ。俺たちは、この国の国民たちは、ずっと聖女を切望してたんだぞ」
「……カメリアを手に入れて、そして、カメリアは本物の聖女だと証明する。そうしないといけないのね」
ジュードは静かに頷く。
「元々時間はねえんだ。どんなに強引でも押し切るぞ、俺たちにはそれしかねえ」
国王陛下はいつ命の灯火が消えるかわからない。
クラークスも、我々が『聖女』の存在に感づいていることはわかっているだろう。
「お前は無理しないでいいからな」
「なに言ってるのよ、ここまで来て」
「お前はアイツにとって利用価値がある、今までのことは俺に付き合わされていただけだとか、言い訳しときゃあえてアイツも追求しないはずだ。だから、最後までは付き合わなくていい」
ジュードはいままで、クラークスにずっと泳がされていた。見逃されてきた。彼はずっと『かわいい弟』として侮られてきた。
でも、さすがにクラークスは、『聖女』を奪われたら彼のことを――殺すだろうか。
(……弟の命を奪うことくらい、クラークスにとってはなんてこともないこと。なんてこともないからこそ、きっと、あえてジュードを殺しもしなかっただけ)
ジュードを殺すことが事態の収束の最適解であるなら、クラークスはなんの躊躇も無く弟を殺すはずだ。その時、私が彼のそばにいるのなら、私のことだって。彼にとっての私の利用価値は、私が国民から信望されている偽聖女だから、優れた薬品を作れるからというだけ。クラークスの言うことを聞く気がないようであれば、天秤にかけるまでもなく、クラークスは私の命も奪うだろう。
「最後まで付き合う。絶対。これからすることで、罪人として裁かれることになってもいい」
「なんでそういうとこ頑固なんだよ」
「クラークスを止めたいし、『聖女』は救いたいし、あなたが危ない目に遭うのも嫌だもの。だから、あなたに最後まで付き合うのが一番いいの。私にとっても」
「……そうかよ」
ジュードはふいに顔を背ける。
「私、早く偽者聖女は引退したい。早く行きましょう」
そう。別に、ジュードのためだけじゃない。ジュードに脅されたからじゃない。
(私は本物の聖女が現れるまでの偽者。私の使命を果たすためにも、『聖女』を助け出さないといけない。そのためにはクラークスが邪魔)
ここに来て、私とジュードの目的がそれぞれ合致したのだ。それなのに、私だけここで一抜けなんて、あり得ない。
ジュードが先に立ち上がって、暗い部屋の戸を開ける。私もその後ろに続いた。
もうこの秘密の小部屋に二人で籠もることもないだろう。
◆
私とジュード様はロザリー様のお屋敷を訪れた。
『打診が断られたことは残念だがしょうがない。もう一度だけカメリアに会いたい』とお願いして、ロザリー様に承諾されたのだ。
恐らく、ロザリー様はカメリアが『聖女』とは知らないのだろう。知っていれば、最後に一度会いたいなんてお願いは突っぱねられるはずだ。
デイリズでクラークスが負った傷のことも、カメリアがその傷を屋敷の中で治したことも知らないのは辻褄が合わないが、しかし、その時のロザリー様の意識が酩酊状態であれば説明がつく。
ロザリー様のカメリアへの認識は、あくまで『クラークスが特別気にかけている足の悪いかわいそうな女の子』なのだろう。
「こんにちは、カメリア。また会えて嬉しいよ」
「あ……ジュ、ジュード様。聖女さまも」
カメリアがはにかんで答える。ロザリー様はお屋敷にはいらっしゃるけどお仕事がお忙しくて、この場に同席はしていない。
「あの……あたしのこと、引き取ってくれるってお話ししてくださって、ありがとうございます。でも、あたし……」
「うん。聞いたよ。君の刺繍は僕も好きだったから残念だけど、君は気にしないで。僕が兄に認めてもらえなかったというだけのことだから」
カメリアはベッドに腰掛けたまま、もじもじと手元をいじる。
(……たしかに、針仕事をしているというわりにはきれいな手よね)
以前会ったときにはそこまで注視していなかった手をじっと見る。『聖女』の力が自然と手の傷や荒れを治してしまうのか。
「ねえ。でも、クラークスが認めなかったからといって……君が自由になれないのっておかしいことだと思わないかい?」
「えっ」
ジュードが彼女の足下に跪き、その手を取った。
菫色の瞳がぎらつき、カメリアのまん丸の目をまっすぐ見つめる。
「カメリア。兄とロザリーには内緒で、僕と一緒に来ないか。今よりもずっと広い景色を見せてあげる」
「えっ、だ、だめだよ、だって、クラークス様がだめって……」
「それがおかしい。君が、この家の外にでたことはあるか?」
「ないよ、だって、外の世界はこわいもの。お外に出たら、クラークス様も、ロザリー様も、あたしのこと守れなくなるから、だめだって」
カメリアはしどろもどろに目線を彷徨わせる。
明らかに動揺している彼女に一歩私が近づくと、ビクッと大きく肩を揺らした。
ジュードが目を眇めて私を見る。
(あ……大人に見下ろされるのが、怖い……?)
ハッとして私もジュードと同じように屈んで彼女と目線を合わせる。
そうだ、神殿で治療中でも、こうやって怯える子がいるから気をつけていたのに。カメリアは――そういう配慮が必要な育ち方をした子だ。
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