第31話・『聖女』は誰?
「あのとき、現場にはロザリー様も一緒にいた」
「ああ。なんだよ、やっぱりロザリーが怪しいっていうのか?」
「ううん、でも、婚約者という関係の二人なら、ロザリー様がクラークスの傷を隠しながら自分のお屋敷に連れ帰ることも違和感なく行えそうだな、って」
「……。そう、だな。ロザリーが家の護衛や従者もつけずあんな夜に出歩けられたのはクラークスがいたからだろう。なら、当然クラークスは人面良くロザリーを家まで送って行ったはずだ」
人面良くって、言い方――と思ったけれど、ようはジュードの王子様モードの時と一緒だ。邪悪さが違うだけでわりとやっていることは似たもの兄弟である。
「ロバーツ公爵家はずっと前から身寄りの無い子どもを引き取っている。そこに聖女を紛れ込ませていたとしたら……」
「……あり得なくもねえ」
素面に戻ると、『そもそもクラークスが本当に聖女を隠している』こと自体に確証がないのだけど、私たちはもうそうなのだと信じることにしてしまった。もう可能性に賭けるしかないのだ。
「先代聖女が死んだのは約二十年前。大体それくらいから生まれてきた女児は『聖女』の可能性がある。ロバーツ公爵が引き取ってきた子たちの中で二十歳以下の女達に絞ってリストを作ろう」
「そんなことわかるの?」
「ああ。子を引き取ったときに王家に報告が入るからな。……前に、アイツが引き取った子ども達を売り飛ばしてるんじゃ無いか調べたときに作った名簿がある」
「持ち歩いてるの?」
ジュードがおもむろに懐からボロボロの手帳を取り出した。革の表紙はべろべろになっていて、紙は色々貼り込みがされてるせいか不格好に膨らんでいた。
「俺の部屋には置いとけねえからな、クラークスの奴にいつ見られるかわかんねえから」
ともあれ、今はすぐに名簿を確認できるのは助かる。ジュードは膨大なページからすぐに該当のページを探し出し、私にも良く見えるように広げてくれる。
「……アザレア、十七歳……」
つい、関わりのあった少女たちの名前に目を惹かれる。だけど。
「私が神殿で治療をした子たちも何人かいる。この子達は除外していいと思う。……『聖女』なら、自分で治療ができるはずだもの」
「そうだな。となると、結構絞れそうだが……」
「あ、あと、このカメリアって子もそうかしら。生まれつき足が悪いみたいで……生まれつきのことだから、私のところにはやってきてはないんだけど、『聖女』ならそれも治せるはずなのに、ずっと悪いままみたいだから……」
「ふうん。この間行ったときに会ったのか」
「ええ。私のこと、憧れてくれてるみたいだった。慣れてるつもりだったけど、やっぱり小さい子から『聖女』って信じてもらってると胸が痛くなるわね」
ジュードは少しクスっと笑う。「お前が?」って感じである。私は結構心臓は人並みなのよ。
私が言った子たちを除外して、ジュードが新しくリストを作る。
「よし。じゃあ、行くか」
「えっ。行くの?」
「ここで名前じっと見ててもしょうがねえだろ。この間、ロザリーにお呼ばれしたよな? いいご縁だ。今度は俺たちからお声かけしようぜ」
「え、ええぇ……」
そんな無鉄砲にいいの? とは思いつつ、ジュードの言うことはもっともだ。
今の私たちには、とにかく猛進するしかない。だけど。
「ねえ、ロザリー様のことだから私たちを嫌がることはないだろうけど、どうやって誰が本物の聖女か調べる気でいるの?」
「ロザリーの屋敷でわざと大火傷して大騒ぎして誰か助けてくれ、ってする」
「ばか! そんなのでなんとかなるわけないじゃない!」
しかも、私を『偽者』と炙り出したのと同じやり方だし。
「さっき自分で言っていたでしょ、聖女がクラークスに洗脳受けてるならそんな大騒ぎしたって助けてくれないわよ」
「……まあ、それはそうだな」
ジュードは渋々と前言を撤回する。
「なんか『聖女』を証明する何かとかねえのかよ、『偽聖女』」
「そ、そんなの……」
「アンタはどうやって『聖女』だって言い張ったんだ?」
「……傷や病気をすぐ治せます、奇跡の薬が作れます、って」
「それだけか? 他にもハッタリがあったんじゃねえのか」
「……ちょっと待って、あのとき、私まだ六歳で……」
初めのうちは、父がそばにいてくれた。「この子は本当に聖女なんです、信じてください」と神殿の神官達に何度も頭を下げていた姿は覚えている。
私のすることにずっとついていて、やれ「コイツにはこの薬を」「この男にはこう言ってやるだけでいい」だの、神殿にやってくる人たちが『聖女』に何を求めているのかを細かく教えてくれていた。
そして、やがて私が『本当の聖女』として認められると、父はお金と引き換えに私を神殿に売り払い、私の前から姿を消した。
「そういや、アンタの親父って今は何をしてんだ?」
「知らないわ。何も話を聞かないから、死んではないと思うけど」
「ろくでもねえ親父だな、本当に。それはそうと、本当になにもねえのかよ」
「うん、私は覚えてな……あ」
十年前の記憶を一生懸命探って、ようやく朧げに思い出してきた。初めの頃は父の言いなりでしか動いてなかったから、私はぼんやりしていてあまりよく覚えていなかったのだ。
「聖女はね、自分の傷を癒せるの。傷ができても、自然に傷口が塞がるらしいの。神殿の人に疑われたときにそうやって言われた」
「なるほど。どうやってアンタはそれを潜り抜けたんだよ」
「前もって手の甲に傷薬を塗っておくの。ナイフにもね。それで自分でナイフで軽く切ってみせたのよ。そうしたら傷薬の作用ですぐ治るから」
「……それ、お前の親父の発案だよな。ほんとろくでもねえな……」
顔を歪ませながらジュードはしげしげと呟く。
「……じゃあ、候補の連中全員軽く怪我させてみりゃわかるわけだな」
「危ないやつすぎるでしょ。女の子一人ひとり切ってくつもり?」
「うるせえな、そんなことはできねえよ、できねえけどよ」
穏便に怪我させてみる、なんて方法ある? ……ない。ないわよね。
ジュードは「はあ」と深いため息をついた。
「……なんか、ねえのかよ。聖女の証のアザがあるとか」
「ないわよ……。そんなのあるなら、女の子が生まれたら片っぱしから全員アザがあるか調べるとかしてるでしょ……」
「くっそ、そうだよな」
元々手詰まりのところを無理やり前に進もうとしている私たちはまた壁にぶち当たってしまっていた。
でも、とにかくロザリー様のお屋敷に一度行ってみよう、と私たちはロザリー様に手紙を送ることにしたのだった――。
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