第30話・『聖女』はいる
「ジュード」
「懺悔の時間はおしまいだ。俺たちにはやることがある。そうだろ?」
「……ええ」
私が言おうとした言葉を遮って、ジュードはニヤリと口角をあげるいつもの笑い方をした。
私も彼に倣って、眉を引き締めて頷く。
「クラークスを止めなくちゃ。今すぐにでも」
「そうだ。アイツが尻尾出すのをのんびりと待ってなんかられねえ。無理やりでも首根っこを掴んでやらねえと」
どうしたらいいか、じゃなくて、もうやらなくちゃいけないのだ。
ジュードは菫色の瞳でじっと私を見つめながら、口を開いた。
「俺たちが今アイツについてわかってるけど、わかんねえことはなんだ」
「なにそれ」
「情報としては知っているが、なぜそうなったのかわからないことだよ」
「……なぜクラークスは、一夜にしてあの傷を治せたか」
忘れもしない。あの時見たジュードの驚きに満ちた表情と、悔しそうな表情。
ありえないものを私たちはあの時クラークスに見せつけられたのだ。
「そうだ。どうしてそんなことができたかはわからねえ、でも現実としてアイツはあの傷を治してみせた。俺たちが今アイツについて、突き詰められるのはそこしかねえ」
互いに見つめ合う。あの時は『まさか』と思った。でも、今は。
「――クラークスは、本物の聖女を手中にしている」
ほとんど同時に私たちは呟いた。
「それが一番妥当な考え方だ。どうやってアイツは聖女を見つけられたのか、アイツに見つかるまで他の誰も知らなかったのか、そういうのを考えると『ありえねえ』ってなるが、そう考えるしかない」
あまりにも都合の良すぎる話だけど、『なぜクラークスは一夜にして傷を治せたか』というクエスチョンに対して、一番シンプルな答えはこれしかない。
クラークスの傷は聖女が治した。だから、一夜で傷痕すらなくなってしまったのだ。
「もうそう考えるしかない。俺たちは、クラークスは聖女を隠してると信じて動くしかねえ。アイツが隠している聖女を見つけ出すことによって、アイツの罪を親父とこの国に認めさせる」
『聖女』はいる。その前提で動く。机上の空論でしかないけど、その存在を信じて、必ずクラークスの元に聖女はいる、それを暴くためにクラークスに迫る。
ありもしない仮定を信じて進むしかないだなんて、おかしな話だけど、今はそれしかない。
「クラークスは聖女をどうやって隠しているのかしら」
「楽なのは監禁だろうな」
「……そうね」
一切外に出さず、自由を許さず。監禁されているとしたら、その心情を思うと顔が歪まずにはいられなかった。
「もしくは木を隠すなら森の中っていうだろ、『聖女』の力を他の奴らには使わせないようにして普通に生活させている可能性もある」
「脅してそうさせてる、ってわけね」
「いや、アイツのことだから、脅すというより洗脳のが近いかもしれねえ。わかんねえけどな」
監禁と比べたらこちらの環境のほうがまだマシだろうか。いや、どちらも比べるもなく被人道的行為だけど。
「……ロザリー様も、洗脳に近いのかしら」
「……アレは、そうだな、難しいとこだが、そうなる前からあの人はクラークスのことが好きだったろうから、どうだろうな」
ジュードは複雑そうな面持ちで答える。
彼女への恋愛的な好意はない、とこの間言っていたけれど、ロザリー様が生来持つ心優しい部分のことはジュードも好意的に見ていたのだろう。ジュードも優しい人だから。
「――『聖女』って別に貴族から生まれてもおかしくないわよね? あの、まさか、ロザリー様が聖女だったりとか……」
「それはねえだろ。年齢的には可能性はあるけど、そうだったらアイツの婚約者になる前にロバーツ家がとっくに『この子は聖女だ』って名乗り出てたはずだ」
「そ、そう、よね」
もしかしてと一瞬に頭によぎったけれど、即座にジュードに否定されて思い直す。
「……監禁されているとしたら、クラークスは聖女をどこに監禁しているかしら」
「この城――以外の場所だな。城に隠してたら万が一見つかったときに言い訳がしにくい。外ならアイツの手先が身代わりになりやすいから」
「えっ。聖女を見つけても、アイツに逃げられちゃうわけ?」
「……逃さねえよ、無理やりでもなんでもアイツと聖女を結びつけさせてやる。だけど、アイツならおそらくそういうふうに考えるだろう、ってだけの話だ」
ジュードは険しい顔で言った。
「アイツがよく行くのはデイリズとかだが……。監禁されていると仮定して探すならまずはそこだな」
「そうね……。あの時はとにかく一夜にして傷を治してきたんだから、デイリズかお城か、少なくとも一夜中に行き来できる範囲に聖女はいるんだと考えるのが妥当よね」
「少し範囲は絞って探せそうだな」
地図を出してきて、お城とデイリズを中心に一夜以内に移動可能な範囲を丸で囲む。『一夜』というヒントがあるおかげである程度絞れて助かる。
「……普通に人に紛れて生活しているとしたら?」
「厄介だな、まあ、でも、それも一応この範囲内で生活しているとは絞れそうだが……」
二人で地図を覗き込む。
「あ、この円。私の神殿は範囲外ね」
「『偽聖女』サマが私のっていうのちょっとすげーな」
「い、いまは揚げ足とりはいいでしょ!」
「神殿の奉公人のなかに紛れてるかもとか思ったのかよ。森の中すぎるだろ」
「う……いい森かな、って思ったのよ……」
「さっきからわりとアンタのもしかしてって的外ればっかだな」
「わ、悪かったわね。いっぱい考えてるのよ、考えすぎてるだけで」
そんなことをやりとりしつつ、円の中にある町を眺める。
(……ロザリー様のお屋敷も範囲の中ね)
ジュードには『ロザリーが聖女というのはありえない』と言われてしまったけれど、何か少しひっかかりを覚えた。
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