第32話・本物と偽者

 それから一週間後。私たちはロザリー様の屋敷に招かれた。


「ごめんなさいね、急で。今日よりも後となると大分間が空いてしまうから……」

「いいえ。私の方こそ突然手紙を送ってしまって申し訳ありません」


 ロザリー様から来たお返事は、今日のこの日であれば空いているが今日を逃すと三ヶ月後になってしまうがどうだろうか、というものだった。

 早く会えるのならこちらも早いほうが都合が良い。


「お久しぶりです。義姉上」

「もう、ジュードったら。まだ義姉じゃないというのに」


 そう言いながらもロザリー様はジュードからそう呼ばれて嬉しそうに顔を綻ばせた。


(……本当に、好きなんだろうな。クラークスのこと……)


 ロザリー様の真意は私にはわからない。

 クラークスの悪事を知っていて、協力していることは確かだけど。


(……ロザリー様の屋敷に『聖女』がいるんだとしたら、ロザリー様も間違いなく、それは知っている……)


 クラークスと共謀して、『聖女』を隠しているとなれば、彼女もクラークスと同様罪に問われるだろう。


「先日は私の婚約者がお世話になりました。昔、縁のあった少女の立派な姿を見られてよほど嬉しかったようで、他の子たちにも会いたいと言い出して……」

「ええ、ええ。実はあれから他のみんなも聖女様に会ってみたいと話しがあったの。あなたに治療をしてもらっていたという子以外もね。ちょうどよかったわ。せっかくだから、全員集めてちょっとしたパーティみたいにしたらどうかしら、って。」


 にこやかに話すロザリー様は穏やかで、そして美しい。

 そこに裏があるとは思えないほどに。


 ロザリー様は早速使用人のために用意しているというロビーに私たちを案内してくれた。ロビーにはすでに使用人として引き取られている子どもたちが集まっていた。

 中には少年もいたけれど、私たちが探しているのは『聖女』なので、彼らは候補からは除外する。


「アザレアはもう次のお屋敷にうつったのですね」

「ええ。別れる最後の日にもあなたと会えてよかった、と話していたわ」


 子ども達は「わあ」と興奮を隠さず、黄色い声をあげた。


「聖女様! わたしもアザレア姉さんと同じで聖女様に昔助けていただいて!」

「アザレア姉さんの邪魔をしちゃいけないからこの間は我慢したけど本当はあたしたちも聖女様にもう一度会いたかったんです、また来てくださって嬉しいです」


「ふふ、そう。私もまたみなさんと会えて嬉しい。ええと、あなたはカレル、こっちのあなたはルーシーだったかしら」


 名前を呼ぶと少女達は一層嬉しそうに顔を綻ばせた。

 彼女たちに会いに来たのは別の目的があること、そしてそもそも私は『偽者』であることにチリチリと胸が痛むが、今はそれを気にするべき場面ではない。


「……あれ、クラークス様、雰囲気変わった……?」

「やだ。彼はクラークス様の弟、第二王子のジュードよ」


 ジュードを見て首を傾げる子どもにロザリー様が「もう」と言いながら訂正する。


「第一王子殿下はよくいらっしゃるようですね?」

「ええ。私に会いに来てくださったとき、それからお出かけをした日送り迎えのとき、ほんの少しでもクラークスはみんなの様子を見に来てくれるの」


(……そのマメさも、ちょっと不自然よね)


 これは、ロバーツ家が取り組んでいることだ。本来、彼らを気にかけることは第一王子クラークスの仕事ではない。


 本心から子どもが好きだったり、興味があるわけではないのは確実だ。だって、実弟であるリーンはクラークスには懐いていない。クラークスはリーンにはほとんど関わっていないのだろう。


「あまり兄には似ていないと思っていたけど、そうでもないのかな?」


 ジュードはよそ行きの顔のまま苦笑して、「クラークス?」と首を傾げた子どもの頭を撫でた。


「私も兄を見習って、彼らみたいな子ども達を気にかけるようにしておくべきでしたね」

「そうね。これから……きっとクラークスも頻繁には来れなくなるかもしれないから、ジュードが代わりに来てくれたらこの子達も喜ぶかもしれないわ」


 ロザリー様がそう言って微笑む。


 ――国王陛下が亡くなったら、クラークスが王位に就くことを暗に言っているのだろう。というか、ロザリー様はそうなるに決まっている、と確信しているのだ。そして、ジュードもその運命を受け入れているのだろうと、ジュードのことを気にしてもいないから出てきた言葉というのがありありと分かった。


「――クラークス様っ!」


 子ども達の中でもひときわ高い声が響いた。


「……カメリア!」


 慌てた声をロザリー様が出す。

 以前にも似たような場面に遭遇したなと思い出す。


 カメリア。少女がジュードの背中にしがみついていた。


 足が悪いという話だったけれど、全く歩けないというわけではないらしい。前回だって、一人で廊下を歩いてきていた。

 だけれど、ロザリー様はとても心配そうにすぐさま彼女に近づいて身体を支える。


「……え? クラークス様じゃない……」

「こんにちは、お嬢さん。私はクラークスの弟で、ジュードと言います」

「あ……」


 みるみるうちに女の子は小さくなって俯く。先ほどまで弾んだ声を出していたのが信じられないほど顔が真っ青になっていた。


「ご、ごめんなさい。今日は来ないって聞いていたのに、あっ、また来てくれたのかな、って……嬉しくなっちゃって……」

「ごめんね。さっきこのお部屋に入ったときに、ちゃんと大きな声で自己紹介しておけばよかったね。君以外にも間違えられちゃってたんだ」


 もごもごとしていたカメリアだけど、ジュードがしゃがみ込んで優しく語りかけると徐々に顔を上げていった。


 カメリアという少女は、ロザリー様いわく人見知りが激しいきらいがあるとのことだが、ジュードは小さい子に優しいから大丈夫だろう。一連のやりとりを見届けて安心した私は彼らから目を離す。


(……カメリアは『聖女』じゃない。私たちは聖女を探しに来たんだから、もっと他の子たちの様子を見ないと……)


 今、私を取り囲んでいる子たちも、きっと『聖女』じゃない。みんな私が治してあげた子たちだからだ。


(クラークスは自分の傷を『聖女』に治させていた。だから、『聖女』はちゃんと自分の力は把握している。……だから、と知っている)


 私を遠巻きに見ている子たちほど、怪しいかもしれない。

 よく見るのだ。

 私たちがここに聖女がいるかもしれないと勝手にアタリをつけているだけで、全然的外れかもしれないけど、もしもいるのなら、絶対に見落とさないように。


 きっと、

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