第19話・母の話

「あははは、こらこら、まてまて、リーン!」

「にーにー! おーいでー!!」


(……)


 これは……いいのかしら。


 お城の中庭で、駆け回る第二王子・ジュード。そして、第三王子・リーン。

 小春日和の暖かな日差し、非常に心温まる光景だ。


(だけど! 私たち! 第一王子の悪事を明るみにさせるのに失敗した直後で!)


 こんな和やかに過ごしていても、よいのだろうか。


「いいんだよ、どうせ泳がされてるんだ、それならこっちだって気楽に泳いでるしかねえんだから」


 ジュードいわく、こういうことらしい。


 私たちはアタック失敗したわけだけど、だからといってクラークスは私たちを潰そうとは――しないだろう、と。


 アイツは俺をナメてんだ、とジュードは苦い顔で呟いていた。


(よく人からナメられる男ね……)


 口癖のように「俺はナメられてる」って聞くような気がする。ガラ悪モードのときは態度デカい男だけど、実はそういうコンプレックスがあるんだろうか。


(……王位継承権もリーンよりも低かった、って言っていたから、何かあったんでしょうね)


 卵が先か、鶏が先かみたいな感じだけど、他人からの期待値が低いから素行が悪くなっていったのか、素行が悪かったから周囲の期待値が下がっていったのか、どちらだろうかとちょっと思う。


(口は悪くても、そんなに悪い奴じゃないのにね)


 態度で損をするタイプだ。それゆえに、演技王子様モードを会得したのだろうか。


「――ねーね! ねーねもおいでー!」

「……あっ、う、うん! ごめんごめん」


 リーンが大きく腕を振って、私を呼んでいた。ぼうっとしていたことを謝って、私もリーンとジュードのそばに駆け寄る。


「あのねえ、ぼくねえ、かくれんぼがしたいなー」


 舌足らずな喋り方が微笑ましくてつい自然と顔が綻ぶ。


(そうよね。こういう時間も必要よね)


 必要以上に肩肘張って警戒し続けていてもしょうがない。

 リーン子どもと遊ぶときくらい、思いっきり楽しまないと!


「誰が鬼?」

「んっとねー、ぼく!」


 リーンは満面の笑みで自分を指差す。ああかわいい。

 まだ幼いからだろうか、リーンの髪の毛は細くってホワホワしていて、髪色は同じでも兄二人たちとはまた印象の違う優しげなブロンドヘアーだった。


 ジュードはどんな子どもだったのだろうか、とふと思う。


 この勝ち気で生意気そうな表情も昔からこうだったんだろうか。リーンのように無邪気に笑っていたときもあったんだろうか。




 しばらくリーンのリクエストに応えて、追いかけっこにお砂遊びにと遊んでいたら「お昼寝の時間ですよ」と乳母がリーンを迎えに来た。


 リーンはまだ遊びたいと少しぐずったけれど、ジュードが「また明日遊べるよ」と頭を撫でると渋々という様子で、乳母に手を引かれて城の中に戻っていった。


 まだまだ小さい後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。いなくなってから、ふうと息をつく。


「……リーンはとても朗らかに育っているわね」

「あったりまえだ、俺の弟だぜ」

「そうね、あなたがよく一緒に遊んであげているんでしょう? だからでしょうね」

「なんだよ、『何言ってんのよ』とか言うかと思ったのに」


 アテが外れた、とジュードは残念そうにする。


「そんなこと言わないわよ。あなたがリーンと接しているときの顔とか態度見てたらわかるもの」

「……ふーん」


 ジュードはそっぽを向く。照れてるのかしら。ガラにもない。


「リーンの乳母もよくやってくれてるけど、それでもアイツは実母と一緒に過ごしたことがないからな。せめてと遊ぶ時間くらい作ってやらねえとかわいそうだろ」

「……そっか」


 確か、二年ほど前。王妃殿下の死が報された。長く病気を患っていたけれど、とうとう……ということで報せがきたのはまだ記憶に新しい。

 でも、実母と過ごしたことがない、というジュードの言葉に違和感を覚える。たとえ一年間だけでも、少しも母子の触れ合いはなかったのだろうか。


 それほど体調がずっと悪かったのか……と私が怪訝そうにしているのを見てか、ジュードははあとため息をつく。ぐしゃ、と髪をかきながら彼は口を開いた。


「母上は身体が弱くて、俺を産んだあとずっと臥せっていたんだが、ようやく体調が戻ってきてリーンを妊娠して、そしてリーンを産んですぐに亡くなった」

「……それは……」


「アンタが知らなかったのも無理もねえ。リーンが生まれてしばらくは亡くなったことは伏せられていたからな。王子誕生の祝福の妨げになるとかで」


 ジュードの眉間のしわが深くなる。

 本来悼いられるべき死が隠されていたのだから、息子としては思うところがあるだろう。たとえそれが、弟の誕生を祝福するためだったとしても。複雑な胸中となるのも仕方がないだろう。


「……おい、なんだよ、変な顔して俯いて」


 ぎゅ、と服の裾を掴む私の顔を、ジュードが怪訝に覗き込む。


「……私、陛下からの依頼で王妃殿下のお薬を作っていた時期があったの。リーン殿下がお生まれになって、『ああ良くなったんだ』って嬉しかったんだけど、それからまた体調を崩されたと聞いていて……そして亡くなったと聞いて……ちょっと色々考えてたりしてたんだけど……」


 本当は、産後すぐに亡くなられたということだけど――ということはつまり、彼女の死因は出産の負担で、その機会を作ってしまったのは私――とも言えるかもしれない。


「アンタのことだから、私のせいとか力になれなかったとかで落ち込んだんだろ」


 フッとジュードが笑う。


「……そうよ。息子であるあなたに言うことじゃないかもしれないけど……その」

「アンタのせいじゃねえよ。アンタがいなかったらもっと早くに俺を生んだのを最後に死んでたろうから」

「……それでも、三人目の子を生まないといけなかったのね」

「そうだ。誰かのせいっていうなら、あのクソ親父と俺のせいだ」


「そんな。あなたのせいじゃ……」

「――ほら、アンタだってそういうだろ?」


 ニヤ、とジュードは口の端をつり上げる。


「アンタが『俺のせいじゃない』というのなら、アンタだって『アンタのせいじゃない』んだよ。つまんねえこと気にすんな」

「……」


 なんてことなさげに言う彼を、ついまじまじと見てしまう。


「あなたって優しいわよね」

「なんだよ急に」

「結構前から思ってたけど。ありがとう」


 素直にそう言えば、ジュードはあまり面白くなさそうに片眉をしかめた。


「ま、母上も一国の王の嫁になんてなってなけりゃ、もっと長生きできたかもしれねえのにな」

「ねえ。やっぱり、王族ってたくさん子どもがいたほうがいいの?」

「当たり前だろ、スペアはいればいるほどいい。本当ならもっとこさえておきたかったはずだ」


 ジュードは嫌悪感を露わに眉根を寄せながら口元を歪めた。


「そういうものなのね……」

「お前も一応他人事じゃねえぞ。俺の婚約者なんだからな」

「わ、わかってるわよ」

「わかってるんだ」

「そういうふうに『へー』って感じでいうのやめてくれない?」


 なんか、なにってわけじゃないけど、なんかちょっとやだ。

 ジュードはいつもの調子を取り戻したのか、「へー」とニヤニヤしていた。


 クラークスをなんとかすることさえできれば、私と彼の婚約は『絶対』ではなくなるけれど、これからどうなることだろう。


(……私たちはクラークスを止められるのかしら)


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