第20話・お好みはどっち?

 それからの日々は、いままでとあまり変わらなかった。

 ジュードはマメに神殿に通ったり、私をお城に呼び付けてリーンと一緒に遊んだり、周囲にアピールするのを目的として『婚約者』としての交流を重ねた。


(……私の薬を参考にして帝国で作られたという『違法薬物』、一夜にして傷を治してみせたクラークスの謎。……本物の聖女のこと、考えないといけないことはたくさんあるけれど……)


 ジュードが言うように、今はまだお手上げ状態だ。


 デイリズのパーティで配布されていた薬物を調べてみたところ、おそらく私が作った治療用ポーションがベースになって作られていることがわかった。

 私は錬金術の技術を使って、魔力を注ぎ込むことで効力をブーストさせているから単純に調合だけを真似ても、私が作ったものとは同じ効果は得られない。


 再現しようとする仮定でたまたま生まれた薬物だと確か話していた。


(……鎮痛効果を高めるためにあの薬草の抽出濃度を過剰に高めている。昔は酒の代わりにあの薬草を煮詰めて酔っていた、という逸話もある。でも、中毒性が高くて常用しているとどんどん思考能力が落ちて、内臓機能も悪くなるのよ)


 このままクラークスにこの薬をばら撒かれ続ければ、デイリズのようなコミュニティに留まらず、知らずに手にする人たちも増えていくだろう。


(早く、なんとかしないと……。このままじゃ、みんななんの疑問も持たずにクラークスを王にして、国ごと全部帝国に売られてしまう)


 彼を追い詰める糸口を早く掴まないと――。


「――どうしたの? こわい顔をしているよ。コルネリア」

「……あ、なんでもありません。最近ちょっと夜眠れなくって、ぼーっとしていたみたいですわ」


 顔を覗き込んできた彼に、よそ行きの笑顔で返す。


「好きだよ、コルネリア」


 外向けの顔で第二王子様は微笑むと、私の髪をひとふさ摘んで口付けた。


「君が働く姿が僕は好きだよ、誰にでも誠実で真面目なところが大好き。だけど、いつも忙しく働きすぎだから心配になっちゃう」

「ジュード様……」


 ぎゅう、とジュードが私を抱きしめる。


 きゃあ、と王城の廊下を行き交うメイドたちが黄色い悲鳴をあげた。


(ああ、そういうアピールよね)


 内心しらー、っとしつつ彼の抱擁にされるがままになる私。

 ジュードは「気を張らないでもいいところに行こうか」と私の肩を抱きながら、例の小部屋へと誘導していった。


 今日は何かコソコソと話をする要件でもあるのだろうか。クラークスに迫る何かを見つけたのだろうか。

 気を抜くどころかむしろ気を張り詰めさせながら、一緒に小部屋に向かう階段を降りていく。


「やっと二人きりになれたね。好きだよ、コルネリア」


 ジュードは微笑んで、とても柔らかくそう言った。先ほどと同じようにぎゅっと抱きしめられる。


「――あなたが好きなのは偽聖女をやっている私だけでしょ」


 ピシャリと言ってやると、彼は菫色の瞳を丸くした。


 私に愛の言葉をいらんというほど投げかけるのを惜しみなく民衆に晒すのは『そうする意味』があるからだ。この国の大聖女コルネリアと自分は円満な婚約関係にあるのだとアピールしているのだ。


 いつもなら、お城にいるときは例の『秘密の小部屋』で2人だけになったらすぐに横柄な態度になるのに。なにをおべっか言い続けているんだろう。

 もう、と上目遣いにジュードを見上げる。


「ここ、二人きりでしょ。いつまで猫かぶっているつもり?」

「……」


 ふう、とため息ともつかない吐息を感じる。それほどまでに顔が近づいていた。菫色の瞳に長いまつ毛の影が落ちている。


「……ほら、もう離れて」


 彼の胸板を押すが、びくともしない。ムッとして彼を睨めば、なぜか私の足がふわりと浮いた。


「ちょ、ちょっと」


 抱き締められている。いや、抱き抱えられている。背中と腰に存外に鍛えられた腕がまわり、彼の体にピタリと引き寄せられていた。この男の背が高いせいで私の足は地面から完全に離れてしまっていた。


「……好きだ、コルネリア」

「は……?」


 頬に触れている彼の首筋がやたら熱く感じた。


「ば、ばか。言い直せって言ったわけじゃないわよ」


 私がドキリとしてしまったのは、この男が低く掠れた声を出したせい。それだけだ。やたらセクシーだったから、それだけ。


「だって、猫かぶるな、って言うから」

「あなたに好きって言われたいなんて言ってない」

「喜ぶかと思ったんだよ」

「はあ?」


 何を言っているんだ、と思わず本気の「はあ?」が出た。


 ジュードは近くの椅子に腰掛けて、長い脚を組んで大真面目な顔で口を開く。


「お前、どっちの俺のがいいの?」

「王子サマとクソ王子と?」

「お前を無理やり巻き込んだ自覚はあるんだ。せめて男の好みくらい合わせてやるよ」


 なにそれ。

 ぽかんとしすぎてすぐに反応できなかった。そんな私をジュードが急かしてくる。


「ほら、どっちのがときめいたんだよ、教えろ」

「べつに、どっちとかはないけど。どっちもあなたでしょ」

「結構ちげーだろ、アンタと二人きりのときはアンタの好みに合わせてやるよ」

「はああ? なにそれ」


 私が『王子様な感じがいい』って言ったら、二人きりの時もずっと『好きだよコルネリア♡ 大切にするね♡』って感じで来られるということ?

 それは、結構、ちょっと気持ち悪いけど……。


「あなたが思ってるほど普段も猫被れてないからね! それに、言うほどそんなに本性の方も乱暴でめちゃくちゃな男ってわけでもないし……」

「はあ? 俺の『王子様』はカンペキだろーが」

「……あ、そっか。あなた、根っこが真面目だものね。うん、どっちも変わらないわよ。口調とか態度が違うだけで」


 ジュードは眉根を寄せて面白くなさそうな表情を作った。

 ガラがどんなに最悪だろうと、ジュードは総合的に見て『優しい』に分類される人間だろう。面を向かってそう言われるのは面映いのか、嫌そうな顔をするけど、私はそうだと思う。


「それにしても、どうしたのよ、本当に急に」

「このままだと俺たち本当に結婚するかもしれねーだろうが」

「……まあ、そうね」


 私たちの婚約の目的は、クラークスの王位継承を妨げるため、そしてクラークスの悪事を明るみにするため。

 クラークスの悪事を明るみに出せないのならば、どうにかしてジュードが王位継承者に選ばれることで、彼の悪事を止めるしかない。


 つまりは、長期戦でクラークスと戦うのならば、ジュードと私の結婚は避けられないわけだ。


(……ジュードがそう思うほど、クラークスのしっぽは全然掴めない、ってわけね)


「だから、アンタの好みを言ってくれたらいくらでもリクエストに応えてやるよ。王子様系か、今みたいな感じの二択じゃなくてもいいんだぜ」

「ようは、あなたが不安になっちゃったってことね」

「……おい、なに笑ってんだよ」

「ううん。あなたがちょっとかわいく見えただけ」


 思わずクスクスと笑ってしまった私に、ジュードはわかりやすく眉間にしわを寄せる。


「そりゃ最初はこんなクソ男と結婚するなんてまっぴらごめんって思ってたけど、私、最近はそこまでじゃないのよ」


 まあ、結婚しないで済むならそれに越したことはないけど……。


「アンタも結構迂闊だよな、言動が」

「なにそれ」


 ジュードはなぜか大きくため息をついたようだった。

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