第17話・兄と弟

 翌日。ジュードは早速、クラークスを国王陛下の御前に呼び出していた。


 その場には私も立ち会うことになった。ジュードは目の下に大きな隈を作っていて、いつも以上に瞳がギラついているように見えた。


 ほとんど寝ずに、クラークスを詰める支度をしていたのだろう。


「ジュードよ。お前の申し立て、にわかには信じられんが……」


 彼の父でもある国王陛下は眉間のしわを深くする。


「陛下。今から私が真実を証明してみせます。間違いなく、あの男、クラークスはデイリズで違法に行われた薬物パーティに参加していました! 私はあの男がそこにいた証明として、やつの頬をこのナイフで刺しました。血の跡も拭わずに取っておいてあります」

「ふむ……」


 王は気だるげにため息をつき、額を抑えた。


「血の成分を照合すれば、同一人物だと調べることができるんだよね? コルネリア」

「え、ええ。過去、人が魔術を使えていたときの名残で、そういう技術が残っています」


 ちなみにこれは別に錬金術の技術というわけではない。『便利だから』という理由で、それを調べるための薬の調合方法が公的に残されていたのだ。


 恐らく私よりも裁判官らのほうがこの試薬については詳しいだろう。ジュードに呼ばれてこの場にいた壮年の裁判官をチラリと見ると、彼も小さく頷いていた。


(血液中の魔力反応を調べて、同じだったら色が変わるようにできているというけれど……)


 ジュードが持つ血痕が残ったままのナイフを見つめながら、緊張感から生唾を飲んだ。


「――クラークス第一王子殿下が参上いたしました!」


 近衛兵が声を張り上げ、そしてクラークスが現れる。


 ジュードはそれを睨んでいたけれど、クラークスが一歩、また一歩と近づくにつれ、眉間のしわをとき、みるみるうちに目を見開いていった。


 それは私も同じだった。


「……傷が……ない……?」


 いつになく掠れた、ほとんど聞き取れないような声音でジュードは呟いた。


「うん? 僕の顔が、どうかしたかな」


 菫色の美しい色彩の瞳を、クラークスはニコリと細めた。涙袋が膨らむ。

 整った容姿をしている彼。美しい白肌には、傷跡などどこにもなかった。


「気になるのなら、もっと近くで見てごらん」

「……!」


 クラークスに顔を寄せられ、ジュードはカッと顔を赤くする。

 ため息をついたクラークスはジュードの頬をそっと撫で、ますます目を細める。


「聞いたよ。僕と思わしき人物を、切りつけたって。とんでもないことをする」

「てめぇ……!」

「ジュード。もうやんちゃをするのはやめたんだろう? そんな声で喋るのはやめなさい。ここではみんなが聴いているよ」


 優しい声音。弟をあやす兄のそれ。

 どこからともなく、「やれやれ」という声が聞こえてきたような気がした。


「父上。ご覧の通りです。僕は昨日の夜は共に出掛けていた婚約者のロザリーを屋敷まで送って帰城してからは、ずっと自室にこもっておりました。ジュードが言うには、ジュードは僕らしき人物を切りつけたということですが、僕はほら、ご覧の通り」

「うむ。ジュードの言うことが真実であれば、傷が一夜で跡形もなくなるなどあり得ない。そなたの美しい顔こそがその証明となるであろうな」


 国王陛下と召喚されていた裁判官は頷き合う。


「全く。ジュードときたら……最近は大人しくなったと評価を改めていたというのに……。相変わらず良からぬ連中と付き合っているのか」

「……!」


 陛下は侮蔑の目を、我が子であるジュードに向けた。


「お前は大聖女であるコルネリア殿と婚約しているのだ。お前の行動で彼女の足を引っ張らないようにな」

「……陛下! しかし、私は、間違いなく……!」

「現に、お前の主張している頬の傷は僕にはない。そのナイフの血を調べてみても構わないけど……。でも、お前が言うのは昨日の夜の話だろう? 仮にナイフの血と僕の血が一致していても、『昨夜』の証明にはならないよね」


 ジュードは歯噛みし、クラークスを睨む。だが、クラークスはふふ、としとやかに笑うばかりだった。


「……むしろ、僕の血だと証明されたら、お前はいつどこで僕をそのナイフで刺したのだろうね? 少なくとも『昨夜』ではない。……いつのことだったかなあ」

「ジュード。どうする。ナイフの血を調べるか?」

「……いえ、結構です。私は……どうも、昨夜は、悪いものに酔っていたようです」

「そうだね。お前はそのデイリズのパーティに行っていたみたいだからね」


 クラークスは俯くジュードのそばに近寄り、ジュードの頭を撫で、背を屈めて顔を覗き込んだようだった。


「いつまでもお前は幼いね。そんな集まりに行って……。しょうがない子だ」


 まるで本当に十歳にも満たない幼児に語りかけるような、そんな口調でクラークスはジュードに囁いているようだった。


「……ジュード。お前のかわいいやんちゃは見逃してあげるよ。僕がいいように言って、お前はそんなところには行ってない、ってことにしてあげる」

「てめぇ……」


 ジュードはクラークスを睨んでいるようだったけれど、しばらくして肩を落とし、小さく「私の妄言に付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした」とこの場の全員に謝罪し、身を小さくしたまま退室した。

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