第10話・ドレス選び

「さあコルネリア、どういうドレスが好み?」

「……ちょっと、いいですか」


 今日も今日とて早朝からジュードの馬車で強制連行されていった私。


 行き先も告げられず馬車に放り込まれたかと思えば、行き着いた先は色とりどりの布、ドレス、トルソー。城下町で一番有名な仕立て屋さんだ。

 見慣れないキラキラやフワフワやフリフリに囲まれて思わず私はクラッとくる。

 

「どういうつもりなの?」


 愛想よく笑う店員さんに一言断ってから、ジュードとお店の隅っこに寄って、コソコソと話す。


「今度うちの城でやる夜会、一緒に出るぞ」

「なんで」

第二王子の婚約者なんだから当然だろうが。なんでって言うほうがなんでだよ」


「……私、夜会行ったことないし、踊れないわ」

「ドレスは持ってないだろうと踏んでたが、踊れもしねえのかよ」


 ジュードは少し怪訝げに片眉を歪めた。


「なあ、一応お前も生まれは子爵家だろ。全然そういう機会なかったのか」

「ないわよ。聖女になってからは子爵家に籍もないし。忙しかったし。……今も、忙しいんだけど」

「拒否権はねえぞ。絶対に今日ドレス見繕って月末には夜会デビューだぜ」


 脅し脅されの関係の私たち、圧倒的優位に立っているのはこの男のほうだった。

 わかったわよ、と渋々了承すると、ジュードは途端にニコリとよそ行きの笑顔で微笑んだ。


 お店の人のところに戻るや否や、ジュードはせっせとありとあらゆる布を広げ始めた。


「……どうだろう、色白だからな。薄いピンク色とか似合うと思うけど。でもむしろ濃い色の方が引き立てて見えるのかな? コルネリアはどっちの方が好み?」

「……あまり、色の好みを考えたことがありません……」

「ううん、でも、いつも着ている法衣は白だもんね。いつもと印象を変えるのなら濃い色?」


 『聖女』としてのイメージを重視して丁寧な言葉で返す。はすっぱな喋り方をするのは、ヤツも素でいるときだけだ。


 ジュードは顎に手をやりながら、真剣に吟味していた。


「スカートは絶対フワフワとしているのが可憐でいいと思うんだ」

「はあ……」

「肌の露出はあまりして欲しくないけど……流行はデコルテを大きく出したものだからなあ」

「それでしたら、このようにレースでデコルテを華やかに覆うデザインも人気ですよ」

「わあ、かわいいね。コルネリアによく似合いそう」


 私は本心からドレスの類に興味がなかった。身近でないものすぎて興味の持ちようがなかった、というほうが正確かもしれない。私も一緒にカタログを覗き込むけれど、キラキラでフワフワでシャラシャラがいっぱいすぎて目が滑るばかりだ。

 似合う、似合わないもよくわからない。しいていうならば、できるだけ簡素で目立たなくて動きやすくて地味なのがいいなあというのがささやかな希望なのだが。


(待って、なんだかやたらかわいいドレスになりそうな雰囲気になってる)


 ジュードと店の人が「かわいいかわいい」と盛り上がっているのはレースがたっぷり使われたフワッフワの妖精さんのドレスみたいなキュートなドレスだった。

 どう考えても、これは私には似合わないのでは? でも、まあ、もうなんでもいいか……。


「……コルネリア。こういうのもあるよ、コルネリアはこっちの方が好きかな」

「……あ」


 意識を遠くに飛ばしかけていた私にジュードが声をかける。カタログを見せられ、こくりと頷く。


 ジュードが指し示したのは、上半身はタイトな造りで、腰下あたりからスカートが膨らんだデザインのドレスだった。フリフリは少ないが、大きな造りのリボンがシンプルながらも華やかさを演出してくれている。スカートの中に人が入れそうなほどのボリュームはない。


(……今の、私がちょっとやだなって思ってたの察してくれたのかな……)


 思っていることを素直に口に出さない奴のことなんか、そんなふうに気を遣わないでもいいのに。

 ありがたい、けれど、なんだか逆に申し訳なくなってきた。自分が子どもっぽいな、とも。バツが悪い気持ちで彼の横顔を横目で見る。


 ……結構、優しいんだ。


「色は、殿下が好きなお色にしてください」

「え? いいの?」

「……はい」


 小さく頷くと彼はわかりやすくぱあぁと顔を輝かせた。演技ゆえの過剰表現だと思うけど、嬉しそうな顔が目に入ってなんだか気恥ずかしくなる。……喜ぶかな、って思って言ったわけだけど。


「じゃあ僕の目と同じ色の生地にして。葡萄色じゃなくて、菫色ね。少し薄めの……」


 ニコニコと張り切ってジュードは仕立て屋に色々と注文をつける。


 さて、デザインと生地が決まったので採寸をしましょう、となり私はマダムという年代の仕立て屋の女性に連れられて店に設けられた採寸や試着用の部屋に入っていった。

 着ていた分厚い法衣を脱ぎ、採寸のために薄いシュミーズ一枚になる。採寸用にお店で用意しているものらしいけれど、ツヤツヤで滑らかなこの生地は私が持っている寝巻きの数倍は上等なものだろうと感じる。


(……ドレスって、いくらくらいするんだろう……)


 ついそんなことを考えて意識を飛ばす私に仕立て屋の婦人は器用にメジャーで測りながらニコニコと話しかけてきた。


「……第二王子殿下、やっぱり素敵ですねえ。婚約者にドレスを贈られる方は多いんですけど、もう仕立て屋に任せっぱなしだったり、逆に相手の好み考えないで一方的に贈られるって方も多いのに。こうやってご一緒に色々考えてくださるのっていいですねえ」

「はは……ありがとうございます……」

「僕の瞳と同じ色のドレスを着てほしい、だなんて! 第二王子殿下はロマンチストで恋人想いなんですね、ふふ、でもお気をつけくださいまし」

「え?」


 ふと、婦人は鋭い眼差しを浮かべ、低い声を出す。

 あの男に対しては最大限警戒をしているつもりだけど……。どういう意味だろう、と見つめ返していると、婦人はピッと人差し指を立てて言った。


「きっと独占欲が強いタイプですわ。ほどほどにいなしてさしあげないと大変ですわよ」

「……肝に銘じておきます」


 仕立て屋の婦人に苦笑いで返す。独占欲。一瞬、ぎゅうぎゅうに縄でくくられる想像をしてしまった。まあ、政略結婚だから大変な目に遭うのは私じゃなくていつか現れる本命の愛人さんよね。私はあくまで政略のためのお飾りの妻なわけだし。

 あの男のアレは演技なワケだけど、アレはあの男が思う『好きな女の子に接する理想的な態度』がアレだからああしているんだろう。つまりは、いつか誰かがあの男にああいうふうにされるというわけで。


(……大変でしょうね、本気でアイツに惚れられた人……)


 まだ現れぬジュードの想い人に思わず同情してしまった。


 ◆


 帰り道、馬車の中、仕立て屋ではずっと王子様モードだったジュードはリラックスモードになっていた。


「……国の貴族たちが再び夜会を開くことができるようになったのは聖女アンタのおかげだ」

「ああ……そうらしい、わね」


 馬の蹄と車輪がガラガラと回る音のおかげで、会話はほとんど外には聞こえていないだろう。他人を気にしないでいい閉鎖空間、ということで第二王子殿下は長い脚を悠々と組み、ガラ悪くニヤリと笑っていた。


 聖女不在により国全土が貧困に陥っていたその間、貴族たちも夜会やサロンなどは自粛してきていたのだ。

 たしか、私が聖女になって数年してからだろうか。少しずつ状況が改善され、貴族たちの夜会文化が復活したのは。


 何度か招待状だけはもらったことがある。忙しいし、出席する利点も感じられなくて一回も参加をしたことはなかったが。


「アンタは貴族連中からもっと感謝されていい存在なんだよ。多分、アンタが会場に入ったらすごいぜ。もみくちゃにされるかも」

「ええっ」


 ハハ、とジュードは口を大きく開いて笑う。


「ま、俺の横にいりゃ大丈夫だ。あんま一人にはなんねえようにな」

「……それ、本気?」

「それなりに、だな」


 歯を見せて笑う顔を見ていると、とても彼が『王子殿下』には見えない。ちょっと柄の悪い下町の兄ちゃん、という感じだ。

 先ほど仕立て屋にいた時の彼を思い返すと、表情と態度だけでこうも印象が変わるものか、と感心するほどだ。


「なーんだよ、人の顔ジロジロ見て。またキスでもしてぇのか」

「ばっ……!? な、な、なに言ってんのよ!」

「ばか、声でけえんだよ。御者に聞こえるぞ」


 しーっ、とわざとらしく指を立てて、ニヤニヤとするジュードはどう考えても、仕立て屋で紳士的に振る舞っているときよりも楽しそうだった。


 ……なんなのよ、ほんとに。


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