第11話・夜会

 ジュードに予告されていた夜会の日はあっという間に訪れた。聖女の毎日は忙しい。結局ダンス練習の時間は取れなかった。ぶっつけ本番でなんとかするしかない。憂鬱でしかない。


 ただ、ジュードと一緒に選んだドレスはとても素敵だった。

 衣類にこだわりのない自分でも素直に「きれい」だ、と着付けてもらった瞬間、気持ちが高揚した。


 最近の流行りは肩を大きく出したものらしいが、華やかさでは引けを取らない。


 彼がこだわった菫色もいい色だった。上半身はほとんど白に近い色彩で、裾に降りるにつれ濃い色になっていく。近くで見るよりも遠くから見たらよりきれいに見えるかもしれない。肌触りもとてもよかった。


「ああ、似合ってんじゃねえか」


 迎えにきたジュードが私にだけ聞こえる大きさで一言だけ低く囁いた。

 王子様モードにしては少し意地悪げな笑みで。


「……素敵なドレスをありがとう、ジュード」

「僕のお姫さまだもの、当然だよ」


 ウインクをして手を差し伸べてくる。その手をとり、彼のエスコートを受けながら夜会の舞台である大広間に入場した。


 広間に足を踏み入れた瞬間、バッと人の目が一気に集中して向けられたのがわかる。


 好意的なもの、好奇、怪訝なもの、値踏みをするような眼差し、視線の種類は様々だった。


「……アレが我が国の聖女、コルネリア様」

「お噂よりもお美しいわ、第二王子殿下とよくお似合いで」

「……しかし、王子殿下との婚約はあまりにも急だったな……」

「お忍びの恋だったのでしょう? いいわぁ、素敵。第二王子殿下も、色々あったお方だから……」

「聖女という身分がなければあまりにも身分違いだろう? ふさわしくないのでは」

「バカだな、身分違いくらいがいいんだよ、第一王子が王位を継ぐんだから第二王子はそのほうが……」


 ざわめきの中にはあまり気色のいいとはいえない雰囲気のものもあったけれど、それらはすぐに興奮気味な黄色い声に紛れて聞こえなくなってしまった。

 おおむね、私は好意的に見られているらしい。


(どっちかというと、やましそうな話題の方が気になるけど……)


 こちらを見て頬を赤らめている婦人にニコ、と微笑むと目に見えて喜ばれた。


 それを皮切りに数人が私たち二人のもとを訪ね始めた。


 主には婚約おめでとうという言葉と、聖女に会えてうれしい、という内容ばかりだ。握手をしたら瞳を潤ませる人もいた。


「私、パーティに来るたびに聖女さまがいらしていないかいつも探していたんです。我が家が主催するパーティではいつも招待状を送らせていただいていて……。今日こうしてお会いできて幸せですわ! ああ、第二王子殿下には感謝しなくてはなりませんわね。第二王子殿下が聖女さまとご婚約されたから今日聖女さまがいらしたんですもの」

「はは、恐縮です。普段、聖女であるコルネリアはとても忙しくしていますからね。今日は彼女に無理を言って来てもらってしまって……」

「なかなか参上することが叶わず申し訳ありませんでした。華やかな場には慣れておりませんが、このように温かく迎えていただけて安心しました」


 ジュードに合わせて微笑みながら返す。人に声をかけられるたびにとても緊張したが、大体ジュードがリードしてくれるので助かった。

 しばらく人に囲まれて過ごしていたが、ある時サッとみんな散るように去っていってしまった。


 どうしたんだろう、と思って振り向くとひと組の男女がそこにいた。

 一目見るだけで段違いの華やかさが伝わってくる。


「……」


 隣にいるジュードの緊張している気配を肌で感じる。そして私は察した。


(この人が……)


 ――第一王子、クラークスだ。


 ジュードのものよりも少し優しい色合いのブロンドヘアーだ。サラサラ。どうやらこの三兄弟は全員同じ金髪で菫色の瞳らしい。

 王子様モードのジュードと同じ種類の笑顔を浮かべている。……でも、先にジュードを知っていなかったら「うさんくさい」とは思わなかったかもしれない。


「……やあ、ジュード。麗しの姫を連れてきたようだね」

「兄上。ご存じと思われますが、こちらが私の婚約者、聖女コルネリアです」

「初めまして。コルネリア・マシューです」

「聖女様。こうしてお会いできて光栄だ。王族といえど、聖女様とは気軽にお近づきにはなれないからね」


 声もよく似ていた。でも、ジュードよりも少し高めの声音だろうか。柔和な喋り方をする人だった。

 彼は整った眉を少しだけひそめ、うーん、と小首を傾げた。


「……だからこそ、不思議だな。どうやって我が愚弟はあなたのような大聖女とお近づきになれたのだろうね?」

「はは、馴れ初めを兄に聞かせるのは恥ずかしいですよ。勘弁してください」


(……この人が、この国を貶めようとしている……)


 にこやかな兄弟のやりとり。だが、彼の本性を知っているからこそ、二人の会話がやたら薄っぺらく感じられた。

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