第7話・闇商人の影
壊滅状態だった村は少しずつ復興の兆しを見せ始めていた。いつの間にか、ジュード第二王子殿下が国に報告をしたらしく翌日には国から兵士が派遣され、救護と修繕にあたってくれた。薬草と回復薬も持ってきてくれて、だいぶ助かった。
私が不在の間も、神殿はなんとかなっているらしい。私の代わりに神官長が人々の話を聞き、薬を授けてくれているそうだ。村には神殿からも神官が何人かやってきてくれて、そろそろ
「……当面、必要となる回復薬は用意できたかと思います。また、何かあればお知らせください」
「……ありがとうございます、聖女様……!」
集会場に設けられた小さな部屋で村長と向き合って話し合う。数日のうちに作り上げた回復薬を受け取った村長は深々と頭を下げた。
「不幸中の幸いというべきか……聖女様がいらっしゃるときで本当によかったです。助かりました……!」
「……」
私は村長の安堵の言葉に対してすぐに返すことはできなかった。
被害を抑えることはできた。
けれど、被害が起きないようにはできなかった。救護が間に合わなくて命を落とした人もいる。どうにかすることはできなかっただろうかと、どうしても考える。
(あの群れの数は想定よりもずっと多かった)
私は「村長」と呼びかける。
「どうして村に薬の備蓄がほとんどなかったのでしょう?」
繁殖期に備え、普段の数倍の量の回復薬をこの村には渡していたはずだ。
村長自身も備蓄について聞くと「特に困ってはいないが多めにもらえるならありがたい」と、その程度のことしか言っていない。
それなのにも関わらず、あの日村の備蓄の回復薬は最初からほとんど在庫のない状態だったのだと後から耳にしたのだ。
村長は目をわずかに大きく開くと、肩を狭めてシュンと身を小さくした。
「そ、それは……」
「教えてください。
あれだけの量の回復薬を消費してしまうような出来事はそれくらいしか思いつかない。
……だけど、群れの襲来があればそれこそ神殿や国に報告があって然るべきなのにそれはなく、あの日村中を見て回った私に対して村の誰もが「特に代わりなく平穏無事に暮らしてますよ」と話していた。
魔物の襲来のような危機はなかったとみていいはず。
でも、それなら、一体なにがどうして回復薬を大量に使い込まなくてはいけなかったのだろう。真実を知りたくて、私はじっと村長の瞳を見つめた。
村長は視線をしばらく彷徨わせたあと、ぐっと唇を噛み締めたかと思うと、大粒の涙をこぼしながら床に平伏した。
「……申し訳、ございません!」
「ど、どうされたのですか。そんなに……涙を流すほどの……事件があったのですか……!?」
慌てて彼の元に寄って、そっと肩に手をやる。村長は小さく震えながら首を横に振った。
「わっ、わたしはっ、聖女様の薬を、売りました!」
「……私の薬を、売る?」
村長の悲痛な告白に今度は私が目を丸くした。
「聖女様のお薬はよく効くので……高値で売れるんです。それで、他国から来た流しの商人に売りました……」
「……」
「ま、魔物の繁殖期も迫ってましたが、でも、毎年大した被害は出ないから……。聖女様の用意した毒餌と罠のおかげで実害はほとんど出ないんです、だからいつも薬は余らせていて……もったいないな、って」
「……そうだったのですね」
「ほ、ほんとうに、申し訳、ありませんでした……!」
驚愕はしている、動揺もしている。なんだか胸に空虚感がわく。
……この人に、なんと声をかけてやるのが正しいのだろう?
聖女として、どう対応するのが是なのだろう?
言うべき言葉、すべきことが頭にちっとも思いつかない。
「――ねえ、その口ぶりだと……薬を売り払っていたのは今年たまたま、ってわけじゃなさそうだよね?」
動揺している私の頭と胸に冷たく低い声がスッと響いてくる。
「……第二王子殿下」
「ごめんね、話が聞こえてきて」
ニコ、と微笑みながら第二王子殿下が部屋の戸を潜って来た。
「す、すみません。その、実は……」
「……他国の商人って言ったよね? 回復薬の類はポーション、軟膏、形状を問わず無認可での輸出は禁止しているのは知っているよね、あなたのしたことは犯罪行為だよ、村長さん」
「もっ、申し訳ございません!」
青ざめた村長は王子殿下に向かって、さらに深々と床に額を擦り付ける勢いで平伏した。
「……ど、どうか、お見逃しを……! か、家畜たちの多くを失い、我々には今、金が必要です。か、必ず、薬で儲けた金は復興のためだけに使うと誓います! なので、どうか……」
「それ、全然別の話だよね? ……というより、そもそもこんな事態を招いたのはあなたが村のために使われるべき薬を売り払ったからでは?」
「……ぐっ……」
「ゴブリンウルフの群れは年々縮小していっていると報告を受けていたよ。でも今日この村を襲った群れは50頭以上の大規模なものだった。……ねえ、もしかしてだけど」
第二王子殿下は鋭く村長を睨みつける。
「――毒餌。罠用の毒薬の方も売ってたんじゃない?」
「え……」
さすがにそれは、考えすぎなのでは――。
しかし、村長の蒼白な顔面を見ればその答えは明らかだった。
「……せ、聖女様の作られる毒餌は……よく効くので……す、少しくらいならと……」
「毎年少しずつガメて、こっそり売り払っていたんだね?」
「……村長……」
唖然とする。
そのせいで、せっかく縮小してきていた群れがまた再盛していったのだ。
「本当に! ほんとうに……申し訳ありませんでした……!!!」
これ以上ないというほどに村長は床に頭を擦り付ける。
第二王子殿下の菫色の瞳はひどく冷たげにそれを見下ろしていたけど、やがて小さなため息と共にかぶりを振った。
「……私の名において約束しよう。この村の復興を国が全力をもって支援する」
「お、おお、第二王子殿下……!」
期待に瞳を輝かせながら村長は頭をあげ、王子殿下を見上げた。
「だが、それとあなたが闇商人と違法な取引をしたことは別だ。このことは……追って沙汰が下るだろう」
「……っ、はい……」
村長の返事は蚊が鳴くほどの小さな声だった。
◆
「……ごめんなさい。とんだことに巻き込んでしまいました」
馬車に揺られながら、私はぽつりとこぼす。
すっかり一国の王子であるジュード様を巻き込んでしまった。しかも、彼がいることで正直、とても助かった。
迷惑をかけてしまったという思いが強い。
「いいや? むしろ俺にも都合よかった。魔物の襲来は予想外だが……この国のろくでもねえ部分の一端を掴めたしな」
「……闇商人……」
帰りはジュード王子殿下が呼んだ王家の馬車に乗って帰ることになった。神殿で使っているものよりも揺れが少ないし、座席もフカフカで快適。だけれど、今の私の気分といえば憂鬱というほかなかった。
「そんな奴らはいくらでもいる。アンタのせいで村が襲われたわけでもねえだろ」
「……はい」
私の薬を売買している人たちがいる。
そんなことを考えたことはなかった。誰かの助けになれば、と思って作るばかりで。人の手に渡ったその後にどう扱われているかをちっとも考えていた。
(誰にでも、同じように使えるから、もしかしたら本物の聖女の力以上に便利な側面もある……だなんて、そんな思い上がったことばかり考えていたわ)
今の自分の気持ちをハッキリと言語化することは難しい。……とりあえず、端的にいうなら、落ち込んでいる、というのが一番近いだろうか。
裏切られたような、己の浅はかさを突きつけられたような、やっぱり私みたいな偽者じゃダメなんだ、と。そんな陰鬱な感情ばかりが身体の中で渦巻いている。
俯き、ギュッと法衣の裾を握りしめる。
「……アンタの負担、もしかして減らせるんじゃねえかな」
「えっ?」
王子殿下の少し掠れた呟き声に思わず顔を上げる。
「この村以外にも、アンタの薬売ってた奴らいそうじゃねえか? となると、本来必要な以上の量の薬を求めてた町や村がそれなりにありそうだ。そういうことしていた奴らを炙り出して、本当に必要な量の薬だけ手配するようにできれば……毎日毎日アンタが心身すり減らして必死に薬作りまくらなくてもよくなるかもしれねえ」
「……みんな、そんなに正直に話すかしら」
「まあ、そこは心配すんな。俺がやる」
驚いて彼の顔を見上げれば、ニッと目を細めて返される。
「アンタの負担を減らしたい、って言ってるのにアンタに任せるわけないだろ」
「……ど、どうやって」
「アンタが気にする必要はねえ、そこにリソース割くな、っつってんのによ」
「で、でも」
「今までは神殿……聖女周りのことに口出ししにくかったが、今や俺様はアンタの婚約者だからな。どうとでも介入できる」
「……」
提案そのものはありがたいものだけど、どちらかといえば、彼が浮かべている今の表情は邪悪に近かった。何か……企みがあるんだろう。悪いこと、考えてやしないでしょうね? 疑いの眼差しを向ける私に彼はニッと口角を吊り上げて白い歯を見せた。
「まっ、任せとけ。悪いようにはしねえよ」
「……はい」
「なんだ、思ったより素直だな?」
なんだかつまらなさそうに彼は目を眇めた。
「あなたが傷ついた人や家畜を救おうと……動いてくださったところは見ていましたから。それに、私が魔物に襲い掛かられそうになった時に丸腰で助けてくれましたし……。だから、『最低』ではないんだな、とは思いました」
「なんだそりゃ」
『国の第二王子殿下』というガワのために動いていたというだけだったとしても、それでも、彼が汗びっしょりになっている姿を見たら、彼が少なくとも今目の前の人を救おうとしていることは疑いようもなかった。
この国の王位継承者一位になる、そのためだけに彼が全ての行動を成しているだけだとしても。
正直、少し彼のことを見直した。
……私のためになにかしようとしてくれる、と言っているならそれを信じてもいいのかな、と思えるくらいには。
「……助けてくれてありがとうございます」
「どういたしまして、
(……やっぱり、こういう表情はいただけないけど!)
ニヤ、と目を眇め、薄く歯を見せて笑う彼の顔にはやはり『最低男』の片鱗が見えた。
どうしてこの男、第二王子殿下という身分の人なのに、素はこんなにガラが悪いんだろうか?
残りの帰り道。私は男から目を逸らし、馬車に設けられた車窓の向こうの風景を見つめ続けた。
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