第6話・聖女の手腕
村には住人の数よりも多くの鶏や羊などの家畜が飼われていた。魔物の群れに破壊された家畜小屋、目を覆いたくなるような血痕は凄まじかった。被害の多くは家畜たちだが、家畜の世話に従事していた人たちも激しい傷を負っていた。
第二王子殿下も惨状を見て、沈痛な面持ちを浮かべていた。整った眉を厳しく引き締め、惨状を鋭い眼差しで見つめているようだった。
幸運にも難を逃れた家畜小屋の家畜もひどく興奮してかわいそうだ。
「……少しでも多くの人を救いましょう! 手分けをして、回復薬を!」
「はいっ」
集まってくれた村人たちに指示を出す。青い顔をした村長が村に備蓄している回復薬を出してきてくれたようだった。私が把握している限りでは、村の備えと今日私が持ってきた量の薬があればなんとか賄えるはず。
こういう時には、私の力は有用だと思う。私本人でなくても私が作った薬さえあれば誰でもその癒しの効力を発揮できるのだから。みんなで協力して、怪我人に回復薬を与えて回ることができる。
「私は命の危機がある重傷者の救護にあたります! もし、危険な状態の人を見かけたらすぐに知らせてください」
――だけど、私本人が塗布、投与することによってさらに薬の効力を
「もう、大丈夫ですからね……」
半壊の家畜小屋の中、家畜を庇うような形でうずくまっていたまだ年若い青年に声をかける。すでに意識を失っている血だるまの彼に液体状の回復薬、ポーションを振りかける。振りかけて数秒で青白い体に少しずつ血色が戻っていく。
そんな彼の傍ら、まだ小さな子羊がメエ、メエと彼に甘えたような声をあげていた。彼に庇われていたおかげで、この子は難を逃れたようだった。
(……この小屋で生き残った羊はこの子だけ、か)
子羊のつぶらな瞳を見ていると胸が一層痛んだ。
この男を助けられるんだろうな、と言われているような錯覚を覚える。
私は薬によって痛みを抑えることはできても、瞬時に傷を癒すことはできない。
ポーションのおかげで彼が命を失う危険はもうないはず。だが、それでも、彼の苦しみは完治するその時まで続くのだ。
(本物の聖女がいれば)
――本物の聖女様なら、一瞬にしてこの傷も癒せるはずなのに。
ふと、頭によぎって、でもすぐにその考えは捨て去った。タラレバを考えている時ではない。
「聖女様! あ、あちらの小屋の中でも、小さな子が、ひどい状態で……!」
「わかりました! すぐに行きます!」
私は走った。何度も魔力付与を行い、身体がフラつきを覚えても走りつづけた。
◆
「……回復薬が、もうないですって?」
慌ただしく駆け寄ってきた村人の言葉に、私は目を丸くする。
「そ、そうなんです。もうないって、村長が……」
「……」
私が今日持ってきた薬ももう尽きる。
(まだ怪我人も、救えるかもしれない家畜たちもたくさんいるのに)
報告に来た神官は青ざめきった顔をしている。そんな彼に、私は微笑んでみせた。
「……今から、新しく薬を作ります。薬ができるまで、みなさんで手分けして怪我人と家畜たちの救護をお願いします」
「そんなことができるのか」
低く言葉を投げかけてきたのは、ジュード第二王子殿下だ。真剣な眼差しをまっすぐに見つめ返して、私は頷いた。
「……ここは自然が豊かな場所だから、探せば十分な量の薬草が採取できるはずです」
薬が無いのなら作ればいい。それしかない。
「――君の手伝いはどうしたらいい?」
彼の言葉に、一瞬瞠目し、すぐに私は早口で伝えた。
「……村長と協力して、村人に指示を出してください。救護にあたる人と、薬草を集めてもらう人を手配してもらって……それから、村の集会場に負傷者を集めていただいてもよいですか? そのほうが人手が分散されずにすむので……」
「ああ、そのようにしよう。君はどこで薬を作る?」
「……はい、では、集会場で薬作りに専念させていただきます。活動の拠点を集会場としましょう」
「わかった!」
殿下がきびきびと動かれているのを尻目に、私は村の中心に作られた集会場へ駆けていった。
集会場についてすぐ、私は薬作りの道具を広げた。少しだけだが、薬草も持ってきていた。まずはこの手持ちの薬草から薬を作る。
「……すぐそこに井戸がありましたよね。すみません、井戸水を汲んで、お湯を沸かしてください」
「はい!」
薬作りの補助についてきてくれた村人の一人に指示を出し、私は乳鉢を握りしめた。
(薬草をすりつぶし、お湯で濾して……本当は蒸留水でやるんだけど、そんな手間かけてられない)
薬草をすりつぶしながら、そっと私は魔力をこめる。
まだ助けられてない人や家畜たちがいる。一命を取り留めた人も、これから先の数日間で回復薬がなければまた危うくなる。
(作れるだけ回復薬を作ってしまわないと……!)
やがて、カゴいっぱいの薬草を抱えて第二王子殿下が走ってきた。サラサラのはずの金髪が汗で額に張り付いている。鬱陶しそうに前髪を払いながら彼はカゴを私の傍に置いた。
「……コルネリア。薬草を採ってきたよ、ここに置いておけばいい?」
「はい、ありがとうございます」
「……大丈夫?」
「もちろん!」
殿下の心配に、大きな声で強がりを言う。
次第に集会場には負傷者がどんどんと運び込まれていった。薬が出来上がったらすぐに使っていってもらう。まだ息のある家畜に使う分の回復薬も村人に頼んで届けてもらった。
魔力の使いすぎで視界はチラつきかけていたけれど、歯を食いしばりながら、私は薬を作りつづけた。
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