第4話・ある村の視察
そんなこんなで第二王子の婚約者になってしまった私。
私の住まい兼職場である神殿内にも早々に王家から話が来ていて、婚約にあたっての事務的なもろもろは思いのほかスムーズだった。神殿においては全て神の名の下にみな平等、国の身分制度は適応されないという名分はあるけれど、実際問題は……ということだ。王家の命には表立っては逆らえない。まあ、聖女と王族の婚姻はむしろ神殿の上層部的にはありがたいらしく、反対をする理由もなかったわけだけど……。
私の生まれはしがない子爵家だけど、『聖女』となった私には子爵家に籍はない。父は金で私を売った。とはいえ今度は王家の婚約者となった私に新たに金銭をせびってくるかもしれない……どうなるかしら。
きっと父も玉の輿になった私を喜んでくれることだろう。金づるだ! 金づるだ! と。
私はぶるぶると首を大きく振った。
(いけない、そんな不確定の未来のことに思いを馳せていては)
王子様の婚約者になろうと、聖女のお勤めは何も変わらない。毎日大量の薬を作り、救いを求める人の話を聞いて、必要があれば適切な処方で薬を与えたり、知識を授けてやらねば。
やることはたくさんあるのだ。今どうにもならないことを悩むのに時間を費やすべきではない。
◆
ようやく午前のお勤めの時間が終わった。
ふぅ、と一息ついた。その瞬間。
「やあ、コルネリア。忙しそうだね」
軽薄そうな声。振り向くとそこにはやはり、例の彼がいた。
「だっ、第二……王子殿下」
なぜここに――。
私のいかにも「げっ」という反応に彼は美しい顔をハッと曇らせる。
「いやだな、名前で呼んでくれ。せっかく婚約者になったんだから。これからは僕たちの関係は公認なんだよ?」
会って三日目で何をいう。さもいままではお忍びの恋愛をしていました、みたいな口ぶりで。
ろくでもないが回転はいい頭の持ち主の彼のこの立ち振る舞いは、意図的なものだろう。
周りの人たちに「まあお忍びの恋をされてきたのですね! これからはようやく堂々と仲睦まじくできるのですね!」とそう思わせるためのポーズだ。実際周りはそういう目を向けてなにやらうっとりしている。
(王子という肩書きもそうだけど……見た目は良いものね、この男)
内心でため息をつく。彼の意図はわかる。
「ジュード様……」
きっとこうすればいいんだろう、とちっとも赤くなっていない頬を両手で隠し俯く。そして少ししてからそっと伺うように彼の顔を上目遣いで見た。
すると、第二王子殿下はぱあぁと顔を輝かせる。
私も演技だけど、コイツも演技だ。
「……ごめんなさい、せっかく来ていただいたのに。私まだお仕事がたくさん残っていて……」
「よかったら君の作業場についていってもいい? 作業の邪魔はしないと約束するよ」
「まあ、よろしいの? あまり構ってさしあげられないと思いますが」
「構わないよ」
キラキラ王子様オーラを振りまく彼と薄っぺらいやりとりをこなして、私は彼を自室に案内する。
「……ふぅん。普段はあんな顔でお仕事してるんだ。聖女サマ?」
部屋の扉をしっかりと閉めたその瞬間、彼は軽く歯を見せながらニヤリという笑みを浮かべた。
絵本に出てくる王子様なら絶対にしちゃいけない類の表情だ。
「初めて知ったみたいな口ぶりですけど、元々ご存じでしょう。あなたのことだから、きっと何度も神殿を訪れて私の様子を観察されていたのでは?」
「はは、バレてたか」
「『偽聖女』のしっぽを掴もうとしていたんでしょう。想像つきます」
「ん? ……あ、ふたりきりだね♡ そういえば」
腕を組んで先ほどとは違って、睨むように彼を見上げるととぼけた表情で返された。
白々しいな、とため息をつく。
「よくまああんなにベタベタの演技ができますね?」
「そういう強気な顔もいいが、聖女サマやってるアンタも悪くない。俺は結構楽しんでやってる」
「……そうでしょうね」
面白がられている。なにしろ向こうには『偽者だとバラすぞ』という私にとっての最強カードがあるのだ。不本意な上下関係。私は人目がないのをいいことに、思い切り眉間に皺を寄せて不愉快をあらわにした。
「何をしに来たんですか」
「恋人に会いにきただけだよ」
「……私が本当にあなたの婚約者になったんだって、神殿の人間や来訪者にも知らしめるために?」
「穿ったものの考え方だね。まあ、違わなくはねーな」
作業机の向かいのベッドにぎしりと音を立てて腰掛け、男は長い脚を組んだ。
「じゃあもう目的は達しましたね? もうお帰りください。さっきも言いましたけど……あまりあなたに構ってられないんです。今日の分の薬作りが終わったら、南西の村に訪問にも行かないといけなくて……」
「俺もさっき言ったが、別に構ってもらわなくていい。黙って大人しくしてるから聖女サマのお仕事見学させてくれよ」
「……」
「狭い部屋だなあ。物が多いのか? 寝るのもこの部屋? 薬臭くてちゃんと寝れんのか?」
こっちが黙って作業に集中しようとしても、男はひたすらアレコレ言ってくる。
「ちょっと、黙って大人しくしてるって言ってたのにうるさ……」
振り向く。真剣な菫色の瞳と目があって、一瞬怯んでしまう。
思ったよりも近くに彼はいたようだった。ベッドに腰掛けていると思っていたのに、振り向けたすぐ目の前にいた。
「――村に行くって言ってたな。なあ、俺もついてくぜ。いいだろ?」
「……は?」
「国の王子としたらやっぱ視察とか大事だし、な?」
「……ご自分で予定作られて行けばよろしいのでは?」
「おう、だから今決めた。アンタについて行く」
「……」
「おら、手ぇ止まってんぞ。忙しいんじゃねーのか? あ?」
ツンツンと作業途中の机を指さされ、私は返事もせずにバッと彼に背を向けた。
なんでこんな男に煽られながら薬を作らないといけないのよ……!
イライラしながら乳鉢をゴリゴリとして薬作りのノルマを終えて、南西の村へと赴く馬車を待たせている場所に向かう。……隣に、猫被りでニコニコ王子様スマイルしている長身の金髪男を引き連れて。
御者がなんだか微笑ましい眼差しを向けて来たのが遺憾である。
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