CS1 炎の魔女
「【――魔女】……か」
そう手配書を見て顔をしかめていたのはクアドラ王国国王、ザッケハート・ザイン四世だった。
「ええ、最近巷で暴れまわってる謎の魔法使い……その通称です」
そう言って報告したのは、筋骨隆々な男だ。
彼の名は、グラフォート・ベッケン。
二大武神と呼ばれる英傑のうちの一人であり、この国の騎士団長を担っている豪胆な男だ。
「数日前も城下町で彼女の被害にあった冒険者がおり……現場に駆け付けた時にはもう……」
「そうか、民にも被害が出ているのか」
「民だけではありません、貴族、騎士の中にも犠牲が出ています」
「何だと? それは誠か?」
「はい、本当でございます」
「そうか……失態だぞ?」
「申し訳ございません」
そう言ってグラフォートは頭を下げた。
「まあ、そのことについての処理はまた後にしよう、今は……」
そう言うとザッケハートは自分の娘であるクシアーネを見た。
「……クシアーネ本当にお前を助けたのは【魔女】なのか?」
「うん」
そう言ってコクリとクシアーネは頷いた。
……現在、クシアーネの誘拐事件の後処理、およびその際クシアーネを助けたとされる謎の魔法使いの処遇について話合いを王宮の会議室にて行っていた。
今の所、クシアーネの護衛をしていた騎士たちの処遇、そして生け捕りにされた誘拐した男たちの処遇を決め、後は魔法使いの処遇を決めるのみとなっている。
始めは勲章を与えるか、もしくは報奨金を与えるか、それとも貴族の位を与えるかと褒美を与える方向で考えていたのだが、グラフォートの持ってきた情報によって、その褒美の方向性は全くの別方向へと変わってきていた。
「そうか、だとしたら褒章を出すこともできないな」
「けど……ボクを助けてくれた」
「そうかもしれんが、相手は危険人物だからな」
「少々よろしいでしょうか?」
そう二人が話していると、を纏った一人の男が手を上げた。
「何だコウトリ伯爵?」
「邪推ですが、もしかしたら。王族に近づくためクシアーネ様を助けたのかも……いや、そもそもクシアーネ様の誘拐は彼女によって仕組まれたことかもしれない」
「ほう、してその根拠は?」
「根拠は……今のところありません。あくまで仮説です。ですが、クシアーネ様を誘拐したのは魔王を崇拝する邪教徒です。組織的に活動する彼らならば、王である貴方に近づくために誘拐を演じ、偽の英雄になろうとしていたのかもしれません」
「なるほどな、確かにその線も考えられるか」
王である彼は静かに頷いた。
それからも議論は白熱し、結局【炎の魔女】に褒賞を出す件はなくなり、捕らえて目的を聞きだすまでは保留とされることとなった。
「まあ、口を割らせることができれば結論が出るだろう、が……しかし、そうなるとまずは【炎の魔女】を捕らえなくてはならないわけか」
目的を聞き出すためには、当たり前ではあるがまずは【炎の魔女】を捕まえなくてはならない。
「そうですね、我々騎士団は巡回を強化します」
「そうだな。それがいい、後は……」
ザッケハートは右に座っている杖を持ち、豪華絢爛なローブを着た男を見た。
「探知魔法を使って、魔力の痕跡を探ることはできない物だろうか? のお、ワイズマン」
ザッケハートから声をかけられたその男の名前はワイズマン。
この国の魔法使いのトップに君臨する、賢者である。
ザッケハートに【炎の魔女】を探し出すことはできないかと尋ねらたワイズマンは少しだけ顔をしかめた後静かに言う。
「そうですね【炎の魔女】の痕跡はすぐに消えてしまいます。おそらく高度な魔力操作技術を持っていると思われており……3年前から追跡を続けていたのですが発見は困難を極めています」
「そうか……まて、3年前からだと? どういうことだ?」
ギロリとした目で見られたワイズマンはビクリと体を震わせると、しどろもどろで言葉を紡ぐ。
「あ、いえ……すみません、三週間前、でしたね。発言を撤回……」
「我を愚弄するのか?」
「い、いえ滅相もありません……そんなことは」
「今貴様は三年前、三年前から追跡を続けていると……そう言ったな?」
そう言うと、ワイズマンは少しだけ肩を落としていった。
「はい、三年前から私は【炎の魔女】の追跡を行っています……まあ、個人的なあくまでも趣味のような物の範疇でしたが……」
「趣味? 人を襲うような奴だぞ、何故我々騎士団に報告しなかった?」
「必要ないと思っていたので」
「何?」
グラフォートから詰め寄られたワイズマンは涼しい顔でそう言うと、ザッケハートの方を見た。
「国王、少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「数年前まで【炎の魔女】は、スラム街で冒険者崩れを襲う……所詮チンピラのような人間でした。使う魔法も貧弱で、第一階層の火属性魔法しか使えませんでした」
「ふむ、それで?」
「明らかに強くなるのが速いのです……これを見てください」
そう言うとワイズマンは手に持った杖を空中に向けると、静かに呪文を唱える。
「投影せよ、我が小さな灯。形を成して、現界せよ……火 ファイア・エッセンス」
ワイズマンがそう言うと、机の中心に橙色の光の図が現れた。
「いつ見ても、お前の魔法が細かで素晴らしい……流石数万人に一人しか使えない第三階層の魔法を使える魔法使いなだけはある」
「お褒め頂きありがとうございます、国王様。取り合えず皆さま、こちらをご覧ください」
ワイズマンはそう言うと空中に投影した光の図を指さした。
「これが、一般的な魔法使いの成長速度……そしてこちらが【炎の魔女】の成長スピード、これを見たらわかるのですが【炎の魔女】の成長速度は一般的魔法使いの成長速度の約四倍。明らかに異常な速度で成長しています」
「……ほう、それで何が言いたい?」
ザッケハートがそう言うと、ワイズマンはパチンと指を鳴らして図を消した。
「私が言いたいのは、おそらく何らかの支援者がいると思われるという事です。そう、例えば……魔の王…魔王とか」
「魔王……‼」
そうワイズマンが言うと、会議室がざわざわと沸き立った。
「……皆の物、静粛に。ワイズマン、その根拠は?」
「根拠は二つ一つ目は先ほど見せた異常な成長速度。これは魔王……もしくは、それに準ずるレベルの強大な魔力を持った悪魔が手を貸していることの何よりの証明です」
「確かに、魔法使いは魔と契約することによって、更に強大な力を得ることができる……」
「代わりに、魔と契約することによって魔の物である魔人になってしまう。だからこそ、我々は基本的に魔とは契約しないのですが……話を戻します。二つ目の理由は、魔王を崇拝する邪教とのつながりです」
そう言うとワイズマンはクシアーネを一度見た。
「【炎の魔女】はクシアーネ姫を助けました」
「そ、そうだよ! ボクの事助けてくれ……」
「はい。姫様を助けてくれました……ですが、先ほど国王様が申した通りもしもマッチポンプだったとしたら……魔王とのつながりがより確定の事実となります」
ワイズマンは「まあ、あくまでも仮説にすぎませんが」と言って肩をすくめた。
「そうか……しかし、魔王とのつながりがあったとして。お前はどう対処したらいいと思う?」
「そうですね、やはり捕らえた方が良いかと思いますが……」
「だが。話を聞く限り騎士を手玉に取り、この国随一の魔法使いであるお前の目を欺くほどの手練れだ……そんな奴を捕らえられるのか?」
「それは難しいかと……」
そうワイズマンが言うと、ザッケハートは「そうだろう」と頷き、グラフォートを向いた。
「グラフォート、今すぐ国中に手配書を出せ」
「手配書……文面はいかがなさいましょう?」
「文面? そんなの決まっているだろう? デッド・オア・アライブ生死は問わずだ」
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