第1話 冒険者ギルドにて
薄汚れた路地を通り、絡んできた新参者のチンピラと軽い挨拶(絡まれたら、やり返さねえとメンツが立たねえよなぁ?)をかわし、俺はいつものように【ギルド:銀の盃】と書かれた古い虫食いだらけの木の扉を開いた。
「ただいま、トリシア」
「あ、お帰り~」
そう言ってカウンター越しに、書類整理をしながら出迎えてくれたのはぼさぼさの茶髪を小さく切りそろえ、目元にクマを作ったたものぐさそうな女性だ。
彼女の名前はパトリシア・ハンツファイン。現在22歳。愛称:トリシア。
俺が所属する冒険者ギルドの現ギルド長だ。
突然だが、この世界にある冒険者ギルドというのは現代社会で言う子会社のようなものだ。
上に国の組織するギルド管理委員会があり、冒険者ギルドはギルド委員会の監査によってギルドを名乗ることを許可される。
俺が所属するギルドの名は【銀の盃】という名前のギルドだ。現ギルドマスターのパトリシアの父親が設立した【銀の盃】もまたギルド管理委員会によって認可され、ギルドとして……辛うじて機能している。
「ギルド長直々に出迎えとはVIP待遇かな?」
そう茶化すように俺が言いつつ彼女の前に座るとトリシアは呆れた顔をした。
「何言ってんの、このギルドはフラムと私しかいないじゃない」
「まあ、それはそうなんだけどな」
フラム・アインそれがこの世界での俺の名前だ。
名前を付けてくれたのは、こいつの父親である前ギルド長。
冒険者登録するときに名前が無いと登録できなかったからな、名前を付けて貰った。
自分でも考えたんだが、何故か前ギルド長からは「絶対やめとけ」って言われちまったんだよな。
絶対カッコいいと思うんだけど……【アルティメットグレートスーパーブレイバー】って。
……まあ、今となっちゃフラムの方が気に入ってるけど。
因みに名前の意味は俺が当時から良く使ってた【火属性魔法】のフレイムがなまって【フラム】、そして一人で生きて来たからギルド長の出身地で使われていた一の意味を持つ【アイン】が俺の名前の由来だそうだ。
火と一人……意味としてはひねりも何も無いんだけど、シンプルでかっこいい。
「あ、そういやトリシア……俺って前の依頼でSランクのモンスター倒したよな?」
「あ、そうだね。確かドラゴンの素材採取の依頼だったっけ? お疲れ様~」
「うん……それでよ、なんていうか報奨金っていくらもらえるんだろうなって。Sランクの特急依頼だろ? なーんか、報奨金に色を付けて金貨とか貰えるんじゃねえかなーって思うんだが……」
この国の貨幣は一般的に木貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨というものである。
貨幣は木貨一枚を現代日本の一円に当たり、それぞれの貨幣に上がるごとに貨幣の価値は百倍の価値になる。
即ち、木貨は一円、鉄貨は百円、銅貨は一万円、銀貨は百万円、金貨は一億円、白金貨は百億円……と日本円に直すとこのような価値になる。
今回俺が受けたのは、冒険者の中でもトップクラスに難易度が高いSランクの依頼である。
Sランクの依頼というのは、通常国が冒険者を総動員してようやく達成できる難易度の依頼だ。
Sランク依頼が配布されて動員される冒険者の数は最低でも百人以上。
達成した際支払われる額は、冒険者一人当たり銀貨一枚以上。それにMVPとかあるが今回は無視だ。
今回、俺はそんな高難易度依頼を”たった一人”で成し遂げた。
数百人で達成する依頼をたった一人でだ。
つまりどういうことか?
俺が、以来の報奨金を一人取りできるはずである。
Sランク依頼で動員される冒険者の数は先ほども言ったように最低百人以上。支払われる額は一人銀貨一枚以上。
で、そうやって計算すると最低でも銀貨一枚×百人=銀貨百枚。銀貨百枚=金貨一枚となる為、俺がもらえる額は最低でも金貨一枚はくだらないはずだ。
さらに言えば今回の依頼は更に輪をかけて高難易度すぎる物だ。
その理由こそ、魔物の中でも王と名高い力を持つ龍主の討伐、それも素材に傷を付けずに無傷で、更に早く納品ときている。
こんな依頼だから誰もやりたがらないで俺一人でやる羽目になったんだよな。
……
まあ、兎も角だ、そんな感じで高難易度以上に鬼畜だったからこそ、報奨金も多いはず。
「……一枚です」
「ん? なんて?」
「銅貨一枚です。お疲れ様でしたっ‼」
「そうか―銅貨一枚……はいいい!?」
い、一枚。銅貨一枚って……
最低ラインも超えてねえじゃねえか⁉
「は、おまっ……ははー流石に冗談だよなーうん」
「……本当に冗談だと思ってます?」
「ははー……思えねぇ」
そう言って俺は頭を抱える。
「もしかして、またか」
「ええ、またです。また上でピンハネされました」
「やっぱりかー……」
案の定な結果に俺は頭を抱える。
「その上、今回の手柄は現在トップの【ギルド:リーンフォース】の手柄になっちゃってるらしいですよ」
「あーうん……やっぱ、ギルド管理委員会の忖度って奴?」
「でしょうね」
そう言って俺はバタンとカウンターに突っ伏した。
「はぁ……本当あいつらもよくやるよなぁ……いつもの事だけど」
「そうですね、何時もの事ですけど……」
いつもの理不尽……だが、ここで文句言うと下手すると【銀の盃】のギルドとしての認可を取り下げられちまうし、俺も冒険者の資格を停止されかねない。
本当、嫌な奴らだよ。
俺は無言で顔だけ動かしてトリシアを見た。
「なあ」
「なに?」
「報奨金の件については分かった、お前も……まあ、悪くないってのは分かるから、今はいったん置いておく」
「ほうほう、それで? 何が言いたいの?」
「あのさ……俺の冒険者ランクだけでも上げられないかなって」
冒険者のランク。
下はFから上はSSSまである。
冒険者のランクは、冒険者の強さの指標と主に信用度にかかわってくる物だ。
ランクが高ければ高い程、報酬が高い依頼を受けられるようになったり、ギルドからのバックアップを期待できるようになる。
上位ランクになるという物には多数のメリットがある、信用が手に入り名声も手に入る。
稀だが、平民から貴族へと成り上がる物もいる。
ランクが上がることで手に入るメリットはデカい。
だからこそ多くの冒険者はランクを高める事にこだわっている。
そしてそんな多くの冒険者の中の俺も、またその一人だ。
「ランクアップですねー……はいはい」
俺がそう言うとトリシアは、静かに手元の書類を手に取って目を通し始める。
あからさまな聞いてくるなオーラ前回の彼女を見て、俺は察する。
あ、これ明かに聞かれてまずいから無視しようとしてるパターンだと。
しかし、ここで折れる俺じゃない。
ここで折れたらきっとまた俺の昇格は遠のいてしまうだろう。
「……なあ、俺思うんだ。流石にそろそろ俺をランクアップさせてくれちゃったりしてくれないかなーって。ほら、俺ってさ? 他ギルドがめんどくさがって回してくれる依頼を処理してるじゃん?」
「そうですね、何時もありがとうございます」
「うん、それでさ? 中にはAランクとか、Sランクとか、チラチラあるわけよ」
「そうですね」
「いつまでたっても登録したてのFランクって示しつかねえしよ。なあ、何とかランクアップさせられないかなーって」
俺がそう言うと彼女は書類を見ながら一言。
「無理だよ」
「なんで?」
「家のギルドFランクまでしか発行許可が下りてないんだから」
そう言うと彼女は手に持っていた書類を思い切りテーブルにたたきつけた。
「はぁ……本当に、あげれる物ならさっさとSランクにあげてるよ……」
そう言って彼女はブツブツと呟いて書類を見直し始める。
「そっ……か、まあうん知ってたけど」
「知ってるならわざわざ毎回聞かないでよ」
「まあ、何つーか……一応な」
はぁ……と深くため息をついた俺は、ぼーっと外を見た。
もうすっかり外は暗がりになっていく。
黄昏時って奴か。
「いっそのこと、他のギルドに転職するかね……」
俺がそう言うとトリシアはバッと顔を上げて、俺の手を掴んできた
「そ、そんなことは絶対ダメ! 絶対許さないからっ‼」
そう言って泣きそうな目で小動物のようにウルウルと俺を見つめてくる……まったく、これで俺より年上なんだからびっくりだよな。
「冗談だよ。お前には世話になってるからな裏切るような真似はしないって」
そう言って彼女の手に俺は自分の手をさらに上から重ねた。
「不満はいろいろあるけど……お前が頑張ってるのは知ってるし。まあなんだ、いつもありがとうな」
「フラム……うん」
そう言ってトリシアは俺に抱き着いてくる。
「おいおい、なんだよいきなり……」
「ごめん、もうちょっと……うん、もういいよ。大丈夫ありがとう」
そう言った彼女の眼には腫れぼったい泣き後がついていた。
本当、大変なんだろうな。
俺は想像することしかできないが、きっと。
そうやって思っていた俺は足元に一枚の書類が落ちていることに気が付いた。
「ん……なんだ」
紙を拾い上げるとそこには、仮面をつけた人物のモンタージュと注意事項が書かれていた。
「これって――」
「あ、それは……【炎属性の魔法使い】についての注意喚起みたいな物だよ。最近冒険者とかが襲われちゃってるらしくてさ」
「【炎属性】ね、俺みたいな魔法使いだな……」
「貴方が使うのは初級の【火属性】でしょ?」
そう言うと彼女はさっと俺の手から書類を取った。
「本当、冒険者は注意しないといけないよね。あなたなら簡単に撃退できると思うけど……でも本当に気を付けてよ。無差別に襲われてて、冒険者の中には殺された人だっているんだから」
「……殺された?」
「そう」
そう言うと彼女は頷いた。
「路地裏で消し炭になってたって……騎士団が到着した時にはもうすでに息絶えてたらしいよ」
「そうなのか。そいつは本当に……危険だな。そいつ……えっと、なんて言ったっけ? そいつの名前?」
「え、名前? 名前は【炎の――】」
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