06 騎士様の所行か
「私が何を知っていると?」
「知るか! 言えと言ってるんだ」
「品のない騎士もいたものだ。シリンドルというのは、ろくでもない国のようだな」
エククシアは鼻を鳴らし、タイオスはぎりっと歯を食いしばった。
「――俺の品位とシリンドルの品位は関係ねえ」
「シリンドルの騎士だろうに」
「そうじゃない。そうとも言えるが……そうじゃない」
〈シリンディンの騎士〉はシリンドル国の騎士だ。だが〈白鷲〉は違う。彼はハルディール王に忠誠を誓ってはいない。〈峠〉の神にも特に誓っていないが、向こうが勝手に決める。
「俺をだしにシリンドルを貶めるのはやめろ。それから、話を逸らすな」
厳しくタイオスは言った。
「リダール。いまはリダールと誘拐野郎どもの話だ。それ以外の話をするな」
「命令か」
「ご主人様以外の命令は聞かないと? けっこう、俺もお前に命令する立場なんかじゃない。提案とでも、恫喝とでも思え」
「使命を果たそうとする、そこだけは騎士に似つかわしい態度のようだ」
エククシアはタイオスの怒声をそよ風のように受け流していた。
「もう少し、品位のある相手であればと思ったが」
「うるさい」
「〈白鷲〉」
「何だよ」
「空を飛ぶものだな」
「何?」
「竜と、鷲だ」
「……まあ、そうだな」
何と返せばよいものか判らなくて、タイオスはただ相槌を打った。
「――翼ある称号を持つ騎士。シリンディンの白鷲。神秘の騎士、か」
「はあ?」
何なんだこいつは、と中年戦士は眉をひそめた。さっきからずっとつかみどころがない。〈青竜の騎士〉は何を考えているのか。
「〈白鷲〉というのはどんな男なのかと、思ったのだ」
「それは聞いたよ」
もう一度繰り返してもらいたくはない。
「俺をどう判定してくれようとかまわんが。いい加減に、テレ何とか一味とリダールの話を進めろ」
「テレシエールというのは盗賊団の首領の名だが、やるのは盗みばかりだ。誘拐して身代金を要求するような真似はしたことがなかった。これまでは、と言うべきかもしれんが」
「ああいう連中は、首領が変わると路線をぐっと変更しちまうもんだが」
「頭は変わっていない。テレシエールだ」
「ならほかに黒幕がいる」
タイオスは指を鳴らした。
「成功している奴らなら、やり方を変えたりはしない。金か、それとも免罪か何かを餌に、盗賊団の首領を飼い慣らした奴がいる」
「面白い」
エククシアは呟いた。
「面白い話じゃない。いまのは推測にすぎんが、本当だったら面倒臭いことだ」
黒幕がいれば、既知の盗賊団を捕らえるだけでは解決にならないからだ。
「成程な。お前にはそうした洞察力があるのか」
「剣を振り回すだけじゃ、この年までやってられんのよ」
邪推でもいいから推測を立てておく。可能性を考える。対応を決めておく。力頼みだった若い頃には、思いもしなかったことだ。
もっとも、若い頃はそれでいい。若さには、理屈や駆け引きによってではなく、勢いで不利な状況を逆転させるだけの力がある。
生憎、いまのタイオスには減ったものだ。
「だが言ったように推測だ。黒幕がいても目的が不明。盗賊団を雇って貴族の子女を誘拐するのが巧い金儲けのやり方とは思えんからな。一時的に身代金をせしめても、盗賊団に弱みを作ることになる。脅迫でもされて、延々と金をむしり取られることにもなりかねん」
「成程」
「……だから、俺に語らせるな、俺に。お前は何か知っていて、俺が的を外すのを楽しんでるのかもしれんが、俺は楽しくない」
「お前が勝手に、喋っている」
騎士はそう評した。タイオスはうなった。
「お前が喋らんからだろうが!」
「いいだろう。だいたい、判った」
突如、エククシアは言った。
「何がだ」
タイオスは胡乱そうに問うた。
「〈白鷲〉のことだ。品なく短慮、魔術への耐性もなく、長年の経験から悪くない洞察はするが、勘はよくない」
「俺のことは放っておけと。……何?」
「ただ、シリンドル国への敬意は抱き、与えられた使命にはまっすぐに立ち向かう。いいだろう」
男はまた言った。かと思うと、いきなりパン、パンと手を二度叩いた。
「何だ」
タイオスが疑問を発するのと同時に、隣室の扉が開かれた。戦士がそちらを向くと、ひとりの女がさっと部屋に入ってきた。
「話は終わりだ。休むといい、タイオス」
「……おい」
「醜女が好みであるならば、違う女を用意してもよいが」
「おい!」
女を与えて、黙れと言うのか。口止めの、よくある方法のひとつだ。だが――エククシアが彼に何を口止める?
「勝手に終わらせるな。何も終わってない」
言う間に女は、戦士の横に膝を着いて、彼の手を取った。
「やめろ。おい、これが騎士様の所行か」
「ひとりでは不満か? もうひとり、用意させるか」
「馬鹿野郎。ひとりで充分だ。いや、そうじゃない」
女の手を払いのけながら、タイオスは立ち上がった。
「何が目的だか、正直に言って皆目検討がつかんが! いいか、耳の穴かっぽじってよく聞け!」
彼は思いきり息を吸い込み、叫んだ。
「女でも金でも、〈シリンディンの白鷲〉は動かされない!」
焦げ茶の瞳に力を込めて、ヴォース・タイオスはそう言った。
正直――「ヴォース・タイオス」は、金でも女でも、ぐらつく。女の体型は豊満ではないが均整は取れていて、いい香りがする。簡単な仕事でもあれば、雇い主が「報酬はこれで」と言ってきたら、それでもまあいいかと思うこともあるだろう。正直、似たようなことはあった。
だが〈白鷲〉はそうではない。ハルディール少年が信じたシリンドルの伝説は、その名誉を守る。
たとえ、命に換えても。
「なかなか、言うものだ」
〈青竜の騎士〉は〈白鷲の騎士〉の視線を青と黄色の瞳で受けとめた。
「それでこそ、騎士」
エククシアは薄い笑いを浮かべた。それは、タイオスの前で彼が初めて見せた笑みだった。知らず――タイオスはぞくりとするものを覚えた。
彼のそんな心の内を知ってか知らずか、エククシアはタイオスから視線を逸らすと、彼の隣にいる女に向かって、ひとつうなずいた。
すると女も立ち上がり、再びタイオスにからみついた。戦士はうなってそれを振り払おうとしたが、あまり乱暴な真似もできない。女は、指示を受けてやっているだけなのだ。
「放せ。俺には、その気は」
ない、と言いかけた唇に、細い指が当てられた。そっと撫でられれば、ぞくぞくするようだ。
(ええい、しっかりしろ、ヴォース。情けない)
(そりゃ確かに、これはなかなかいい女だが……)
(待てよ)
(どこかで見たような)
「なあ、あんた」
リダールと一緒に訪れた軽食処で、エククシアと一緒にいた美女ではないかと思った。
騎士は自分の女をタイオスにあてがおうと言うのか。ますますもって、騎士らしくない。
だが何らかの抗議や苦情を発するより先に、女が首を振った。
「静かに……黙って」
小さな声で女は言い、もう片方の手を彼の頬に走らせた。
(何だ?)
(冷たい――)
何か塗られたのだ、と思ったときにはもう遅かった。鼻腔を刺激する甘い香りは、部屋に漂う香の比ではなかった。
タイオスは咳き込み、身をふたつに折った。
「てめえ……まさか」
彼の脳裏に蘇ったのは、リダールがさらわれたときのこと。痩せた男がリダールの顔に薬のようなものを浴びせると、少年は咳き込んで意識を失ったようだった。
「休むといい、〈白鷲〉」
再び、エククシアが言った。
タイオスの意識は、次の一
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