05 的外れだ

「さっさと、話をしてもらおうじゃないか」

「急くな。落ち着いて、そこに座れ」

「落ち着いてるさ」

 内心では苛立ちもあるが、あまり見せたくないように思った。仕方なく、彼は騎士の向かいに腰かける。

「あれから、どうなった。どこまで追った。お前も魔術で足をとめられたのか」

 矢継ぎ早に、タイオスは尋ねた。

「私はそのような失態などしない」

 エククシアは悠然と答えた。

「何を」

 少しむっとしたが、確かに失態は失態だ。タイオスはそれ以上の反論を控えた。

「それじゃお前の失態は、奴を追いながらも結局逃がしたことだけか」

 皮肉のつもりはない。リダールを救っていない以上、逃がしたことは間違いないだろうと言うだけだ。だがエククシアは、わずかに眉をひそめた。

「失態は犯していない」

「リダールをさらわれておきながらか」

 他人のことなど言えないのだが、ついタイオスは糾弾する口調になった。

「なあ、エククシア。腹を割って話そう」

 それから彼は非礼を詫びる仕草をして、そう言った。

「ロスム伯爵の館に俺を呼び出すんじゃなく、こんなところで話したいと言うからには、お前とロスムの間には何か意見の齟齬そごでもあるんじゃないのか」

「それは、どういう意味だ」

「どうもこうも」

 リダール・キルヴンを囮にと言い出したのはロスムである。そこに好意や信頼のあったはずはない。そのことは確かだ。

 キルヴン伯爵はロスムを疑い、タイオスを雇った。現状、その選択は特に成功していないが、失敗とも言えない。タイオスがいなかった場合を想定してみても、事態はそれと同じ展開をたどっているように見えるからだ。

 しかし少なくとも、〈青竜の騎士〉は怪しい人物を見つけてタイオスを呼んだ。誘拐を黙って見過ごした訳ではない。そのはずだ。

「誘拐自体は、ロスムの思惑通りか?」

 タイオスはずばりと切り込んだ。

「ロスム閣下が、カル・ディアの貴族たちを脅かした連続誘拐の犯人だと?」

 エククシアはそう返した。タイオスは手を振る。

「違う。そんなことを話してるんじゃない。判ってて言ってるのか?」

「何のことだ」

 酒杯を傾ける〈青竜の騎士〉の表情は読みがたく、ロスムの画策など疑ってもいないのか、それとも全て知った上で韜晦しているのか、タイオスには判断できなかった。

(全く何も気づいていないということは、ないと思うが)

(リダールじゃあるまいし)

 かの少年は、無事でいるだろうか。タイオスはきゅっと胃の辺りが痛むのを覚えた。

 これまでの話と同様であるなら、眠らされているだけだ。若い娘が犯されることさえなかった。父親が要求された通りに金を払えば、傷ひとつなく戻ってくるはず。

 そう、これまでと同じであるならば。

「ロスムはキルヴン閣下に対抗意識を持ってる。それも知らないとは言わせないぞ」

 タイオスの言葉に、エククシアは黙ったまま杯を揺らした。

「都合の悪いところはだんまりか。返事をしろ」

「ロスム閣下が何をどのようにお考えか、私が全て把握する必要などない」

「言われた通り、命令の通りに何でも従います、か?」

「私は彼に仕えているのではない」

「……ほう?」

 戦士は軽く目を瞠った。

「だがそれは、騎士を拝命した相手じゃない、という程度の意味だろう」

 タイオスは肩をすくめた。

「傍らにあり、共に登城し、見せ物となって禄を受け取る。こういうのを世間では『お仕えしてる』と言うんだよ」

 彼は指摘した。今度は騎士が肩をすくめた。

「生憎だが、私は銀貨一枚すら、ロスム閣下から受け取っていない」

「何?」

 思いがけない返答に、中年戦士は口を開けた。

「的を外したな、タイオス」

「報酬を受け取っていない?」

 タイオスは驚いた。食事と寝床くらいは都合されているだろう、というような細かい指摘をする気は起きなかった。

「それじゃ……何で」

「お前はどんな相手からも、報酬を得ようと躍起になるか?」

「俺は」

 ハルディールからの報酬は、断った。シリンドルの金はシリンドルのために使ってほしかったからだ。現実的には経費はもらったし、旅の合間に武器も新調したが、それ以上は要らないと言った。

「確かに、そうしないこともあるが」

 渋々と彼は認めた。だが、納得したとは言い難い。

 タイオスのそれは、好意故の拒絶だ。ハルディールに父性を覚え、息子から金なんかもらえるかという思いもあった。王子には、〈白鷲〉が守るべき相手から報酬をもらうなんておかしいだろう、とも言った。

 エククシアは、ロスムに好意や恩義を感じて、金を受け取らないのか。騎士はそういうことを言っているのか。

(そういう感じは……しないんだが)

 根拠はない。ただ、エククシアがロスムの話をするときに、親愛の情などは感じられない。

「まあ、それはとりあえず、どうでもいい」

 ではエククシアはどこから金を――料金の高い娼館で特上の客扱いされるほどの金を――得ているのかという疑問は残ったが、いまはどうでもいいことだ。

「ああ、俺の方から話してばかりじゃないか。お前が俺を呼んだんだろう。早く何でも話せ」

 探りを入れるのはやめて、タイオスは手招くようにした。エククシアはしかし、また沈黙を選んだ。

「おい」

 いらっときてタイオスは、金目銀目の男を睨む。

「いい加減にしな。温厚な俺でもしまいにゃ怒るぜ」

 弱い相手には効く脅しだが、仮にも騎士を名乗る男である。怯む様子はなかった。

「あのあと何があったのか話せ。それから、俺にしか言えないことというのをとっとと」

「あの痩せた男は、テレシエール一味だ」

 いきなり、エククシアは言った。

「何、一味だって?」

「カル・ディアル西岸の主立った街や海で暴れる盗賊団だ。お前は護衛戦士と聞いていたが、か」

「俺の言うことを何でもかんでも嘘扱いすんな」

 タイオスは顔をしかめた。

「西海岸線にはしばらく出向いてないんだよ。内陸の方が主な仕事場だ」

「そうか」

 信じたか、言い訳と思ったか。どちらにせよ、エククシアはそうとだけ言った。

「うん? 聞いていた、だと?」

 タイオスは違和感を覚えた。

「……誰に」

 キルヴンはロスムに彼を「シリンドル国の騎士〈白鷲〉」と紹介した。護衛をやって生計を立てているなどという話はしなかったはずだ。

「もしかして、ロスムがわざわざ調べたのか? 教養がないと言われて、腹を立てたとか」

「そのようなところだ」

 騎士は答えたような答えなかったような、曖昧な返事をした。

(ロスムじゃないのか?)

(だが何にせよ、この街で俺を知ってる人間はそうそういないはずだが)

 キルヴン伯爵、リダール少年、彼らはエククシアと話していない。あとはリーラリーをはじめとする、〈青薔薇の蕾〉の何人か。

 もっと前にきたときには通った食事処もあったが、タイオス自身、店名も忘れているくらいだ。きては去っていく旅人のような護衛戦士のことなどいちいち覚えている店主もいないだろう。

(ロスムが人をやって、キルヴン邸の使用人からでも聞き出させたと考えるのがいちばん自然だが)

 エククシアははっきり肯定しなかった。ロスムが探っていると答えることを避けたのか、それともほかに答えがあるのか。

「まあ……どうでもいいが」

 彼はまた呟いた。

「この近くにある、古くて汚らしい娼館に通っているそうだな」

「何」

「見目のよくない女を相手にしているとか」

「……おい」

 タイオスは顔をしかめた。

「てめえ、俺を見張ってでもいるのか? その女ってのはまさか、リーラリーのことか。言っとくが女にはいろんなタイプがいるもんで、いや、そもそもお前にそんなことを言われる筋合いは」

 彼自身にもリーラリーにもない。

 そのような抗議をしようとした彼だったが、エククシアがそれを遮った。

「〈シリンディンの白鷲〉」

「……何」

「どのような男かと思えば、安い娼館で醜女を買って満足する男。魔術の前に手も足も出ず、護衛対象がさらわれるのを見ているしかなかった、騎士の風上にも置けぬ騎士だと判った」

「何だと、この野郎」

 挑発だ。そうと判ったが、腹が立った。

「俺を貶めたいのか。怒らせて、どうする」

「怒ったか」

「ああ、お望み通りな」

 タイオスは両の拳を握り締めた。

「だが生憎と、やすやす手には乗らないぞ」

「手、とは」

「やっぱりお前は、俺が邪魔なんだろう。俺がろくに話を聞きもせず、お前に暴力を振るったとでも報告するつもりか。そんなことになれば、キルヴン閣下は俺を外さざるを得ない」

「生憎だが」

 騎士はまた言った。

「的外れだ」

「ええい、的を隠しながら射させておいて、外れだ外れだと抜かすんじゃねえ」

 タイオスはどんと卓を叩いた。

「お前は失態を犯していないと言ったな。つまり、リダールがさらわれたことは失態じゃないという訳だ。それがロスムの依頼だと言うのなら、それでいい。よくはないが、お前の主張がそうだと言うならそれでいい」

 彼は口早に続けた。

「何とか一味とも言ったな」

「テレシエール一味だ」

「おうよ、それだ。そいつらがどこにいるのか、知ってるのか。西海岸線のどこか、なんて曖昧な答えを聞きたいんじゃないぞ。リダールはどこだ。手がかりがあるなら、言え。その話をしたいんじゃないのか」

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