02 魔術師協会

 カル・ディアの魔術師協会は、なかなか大きな建物だった。

 タイオスは相談を持ちかけ――少しぎょっとするような金額の相談料がかかった――、標的の足をとめ、言葉を発せられなくするような魔術が存在することを確認した。

 協会は、街のなかで使われた魔術の痕跡を記録しているとのことであり、該当する時刻に該当する場所で、その術が行われたことも判明した。

 ただし、それを行ったのがどんな魔術師かということについては、協会は黙秘した。

 無理を承知で戦士は脅しすかしてみたものの、やはり無駄だった。組織というのは組織の構成員を守るものだ。個人商店の寄り合いなどなら口の軽い者もいるだろうし、賄賂が効果を発揮することもあるだろうが、殊、魔術師協会では難しい。

「なら仕方ない」

 適当なところで、彼は凄むのをやめた。

「そうした魔術から身を守る方法を教えてくれ」

「最も簡単で確実なのは」

 相談役の魔術師は、指を一本立てた。

「魔術師を雇うことです」

「は。成程ね」

 タイオスは肩をすくめた。想定していた答えのひとつではある。

「幾らかかる」

「契約内容次第ですが、最低でも一日二百ラル」

 その返答に戦士は吹き出した。

「高すぎる!」

 命を賭けた危険な護衛だって、よくてその半分だ。護衛戦士の仕事は日割りではなく契約ごとであることが多いから大雑把な計算にはなるが、たいていは二桁どまり。

 危険度と交渉次第では百五十を越し、二百近くになることもあるものの、稀だ。食事と寝床をつけて計算しても、一日二百相当にはならない。そこまで出すのは、余程の屋か、金銭感覚がおかしい雇い主だけである。雇われる側としては、有難いことだが。

「ですがそういう決まりです」

 魔術師はすげなかった。これは大陸中どの魔術師協会でも同じだという話で、厳格な数字であるらしかった。露店と違い、値下げ交渉はできなさそうだ。

 もっとも、キルヴンからは金を出すという言質を得ている。必要ならば伯爵の金で雇えばよい。

 だが、評価を下げているタイオスとしては、あまり伯爵に出費をさせたくない。もちろん息子のためなのだから伯爵が吝嗇することはないだろうし、必要であれば躊躇うべきではないのだが――躊躇ってしまう金額だ。

 うーむ、とタイオスはうなった。

「最低でも、と言ったよな」

「言いました」

「その最低線と言うのは、具体的にはどんな」

「助言をし、魔除け的な術の行使はいたしますが、先ほどあなたが言われたような防護的な術は使いません」

「それじゃ意味がない」

「そこまでお望みでしたら、最低で、もう五十追加」

 また「最低で」である。

 タイオスは、魔術師協会と言うのは商人組合以上に金の亡者なのではないかという気がした。

「魔除けの護符みたいなもんはないのか」

 ふと思いついてタイオスが尋ねると、魔術師は不思議そうな顔をした。

「……何だ」

「いえ」

 何でもありません、と魔術師は言った。タイオスは顔をしかめる。

「気味が悪いな。はっきり言え」

「では、申し上げますが」

 こほん、と魔術師は咳払いをした。

「護符というのは複数持っても、効果が倍増する訳ではありませんよ。むしろ、互いに打ち消し合うことも」

「そんなに何個も持つつもりは」

 ない、と言いかけてタイオスは気づいた。

 腰の袋に入っている、鷲と若木が刻まれた白い大理石。彼はそれを「護符」と呼んではいなかったか。

「俺が何を持っているか、判るのか」

「普通は、意図的に探ろうとしなければ判りません。しかし、協会の内部というのは、そうしたものをあからさまにする力が働いています」

「つまり」

「ここでならば、判ります。あなたが何らかの力ある護符を持っていること」

「だが……」

 タイオスは首を振った。

「こいつは、俺をその魔術から守らなかったぞ」

「力ある品であればあるほど、使いこなすには技能が要ります」

「使うだって?」

 戦士は目をしばたたいた。

「持ってりゃ守ってくれるもんじゃないのか」

「そういった『親切な』魔除けも存在しますが、避けられるものは微々たるものになります。ちょっとした不運、たとえば買い物に出かけたらちょうど目の前で目当ての品が売り切れてしまうとか、その程度のことを避けるのでよろしければ、表で販売している魔除け札で充分ですが」

「そんなもんは要らないが」

 戦士は手を振ってから、何となく尋ねた。

「ちなみに、いまのたとえの場合、札を持っていれば目当ての品を買えるのか? それとも、『目の前で』売り切れることだけ防いでくれるのか」

「それは、そのとき次第です」

 さらりと魔術師は答えた。何とも役に立たない、とタイオスは乾いた笑いを浮かべた。

「ほかにも術者の術を乱す護符というものがございます。お持ちのものは、それに近い感じがいたします」

「だが」

「防がなかった。それは申し上げました通り、あなたが使い方を把握していないからということに」

「使い方使い方って」

 タイオスは首をひねった。

「呪文でも唱えろってのか」

「そうすることで発動するものもございます」

 戦士は冗談を言ったつもりだったが、魔術師は真面目に返してきた。

「お持ちの護符がどういうものであるか具体的な助言がご入り用でしたら、お預けいただければ、調査をいたしますが」

「それにはもちろん、金がかかるんだろうな」

「ええ、かかります」

 魔術師は悪びれなかった。

「金だけではなく、時間も」

「またの機会にするよ」

 タイオスは肩をすくめてそう言っておいた。

 〈白鷲〉の護符は、ただのしるしだ。少なくとも彼はそう思っていた。

(……だが、そう言えば)

(イズランは、護符を持っているハルの居所を掴めなかったんだったな)

 アル・フェイルの魔術師のことを思い出した。確かに、かの護符には何らかの力があるのだ。そしてハルディールは使いこなしていた、ということになるのかもしれない。

(しかし、呪文だの何だの、判りやすい使い方があるなら、ハルはそう言っただろう)

(つまりこれは〈白鷲〉を守るんじゃなくて、シリンドル王家の人間を守るために作用するもんだってことは考えられるな)

 その考えは〈白鷲〉の腑に落ちた。タイオス自身がこれで身を守るのではない。これはあくまでもシリンドル国を守るためのものなのだ。

 かと言って、ほかの護符を使うためや調査のために一時的にでも手放す気にはなれなかった。戦士は護符案を却下することにする。

「護符の件は、忘れてくれ」

 彼は言った。魔術師はうなずいた。

「それがよろしいかと。術を乱すと言っても、そうしたことをものともしない強い術者であったり、術者が護符の存在に気づけば、大した障害にはならない」

「気づかなければ、行けるのか?」

 〈白鷲〉の護符は役に立たないという判定をしたから、自分のために尋ねたのではない。ちょっとした好奇心だった。

「先ほどのお話でしたらば、完全に動けなくなるということは防がれるかと。少し動きが重くなる程度か、這って動けるほどか、それもそのとき次第になりますでしょう」

 所詮、道具というのはその程度か、と彼は理解した。

「それじゃ」

 タイオスは口の端を上げた。

「魔術師を雇えば、完全に防ぐか」

「相手次第ですね」

 雇った魔術師より力のある相手であれば難しい、ということだった。それはそうだろう。駆け出し戦士が海千山千の山賊を相手にするのは難しいものだ。

「となるともちろん、力の強い魔術師を雇うには」

「より、高額が必要です」

 だろうな、とタイオスは唇を歪めた。〈死 神 マーギイド・ロードも金持ちには融通を利かせる〉などと言う。世の中、金貨銀貨の力は強いのだ。

「――三百」

 うなるように戦士が言えば、魔術師は目をしばたたいた。

「はい?」

 聞こえなかったとでも言うのだろうか。タイオスはぎろりと相手を睨んだが、向こうは怯む様子もなく、ただ首をかしげた。

「銀貨三百だ」

 彼は繰り返した。

「三百で用意できる、最高の魔術師をひとり」

「了解いたしました」

 魔術師はここで、商人のように「毎度有難うございます」などとは言ってこない。等価交換に礼は要らないのである。

「いつ、準備できる」

「半刻後には」

「支払いは先かあとか」

「先ですね」

「だろうな」

 彼はまた言った。

に相談をして、またくる」

 キルヴンは文句を言うまいが、いささか気が引ける。いまや、タイオスの失態のせいで、身代金の必要もある――「そうあってほしい」ということになるが――のだ。

 戦士の苦い顔をどう思ったにせよ、魔術師はただ、お待ちしています、とだけ答えた。

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