07 夢
タイオス――タイオス。
誰かが彼を呼んでいる。
夢を見ているのだな、と戦士はぼんやりと考えた。
あのあと、彼とリダールは何ごともなくキルヴン邸に戻り、戦士は伯爵に〈青竜の騎士〉と行き会ったことを告げた。
キルヴンは驚いたようだったが、何があった訳でもない。互いに名乗り合った、否、相手の名前を言い当て合っただけである。だが情報の共有は必要だろうと、報告をしたのだ。
それから風呂を借り、夕刻に食事をもらって、ハシンたち使用人と少し話をし、休んだ。
記憶ははっきりとあった。彼は眠っている。だからこれは夢だと判った。
『タイオス』
「誰だ」
夢なのだから放っておいてもいいのだが、つい、彼は問うていた。
「何の用だ」
夢なのだから用も何もないはずなのだが、つい。
『――タイオス』
ぼんやりした声は次第にはっきりとしてきた。それと同時に、誰かが目の前に立っているのが判った。
誰だろう。知っている人物のように思える。
「タイオス」
「……ハル?」
半年ほど前に関わり合った少年王子が、そこにいた。
「何だ、お前。元気でやってるか」
夢のなかの虚像に問いかけたところで、意味などない。しかし懐かしい顔に、言葉は自然と出ていた。
「助けて」
「何?」
「助けてください、タイオス」
「お前、どうした。シリンドルに何か……」
そこで彼は、はっとした。
不安そうな顔で立っているのはハルディールではない。
「リダール」
それはキルヴン伯爵の息子だった。
「助けて」
同じように、リダールは言った。
「どうしたんだ」
ハルディールに対するのと同じように、タイオスは尋ねた。
「助けてください」
「大丈夫だ、心配するな。怖いことは何もないから」
「守ると……言ったのに」
「ああ、言った」
「言ったのに、どうして」
リダール少年の顔が歪んだ。
「おい……」
タイオスはぎくりとした。リダールの口から、つうっと赤いものが洩れだしたのだ。
「どうして、ぼくを、守って、くれなかったん」
少年の口調は怪しくなったかと思うと、そのまま大量の血を吐いて、彼は糸の切れた操り人形のように力を失った。
「リダール!」
とっさにタイオスは、彼を支えた。腕に重みがかかる。
軽い。十八歳とは思えぬほど。
(いや)
(軽すぎる。人間の重さじゃない)
タイオスはリダール、或いはリダールの形をしたものの顔をのぞき込んだ。
その目は、
「うわあああ!」
豪胆な戦士もこれには叫び、手を放した。するとそれは再びくずおれ、かしゃん、と軽い音がした。
かと思うと、それは服を着た骸骨となり――ゆっくりと顔を上げた。
「タイ……オス……」
戦士は血の気が引くのを覚え、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「ええい」
彼は呟いた。
「これは夢だ、びびるこたあ、ない」
当然だ、と自分に言い聞かせた。骨が喋るはずはない。
「タイオ……スうううう」
骨の手が伸びて、彼の足首を掴んだ。妙に生々しい感触がある。タイオスはぞっとした。
「放せっ、この、化けもんがっ」
そのまま彼は足を持ち上げて骨を蹴り飛ばした。かしゃん、と手首から先がどこかへ飛んでいった。
「酷い……どうして、そんなことを」
リダールの声。何と、嫌な夢か。
「ええい。夢だ、夢だぞこれは」
彼は呟いた。
「助けて……ぼくを助けてください……」
それは涙声になった。骸骨がどうやって泣くものか、と彼は顔をしかめた。
「リダールのことは、助ける。だがお前はリダールじゃない。いや、これは夢だ。俺はちゃんと判ってる」
「判っている? ならばどうして」
骸骨ははいつくばったままで上体を起こし、首をかしげた。気味が悪かった。
「どうして、そんなに怖れているんですか?」
「そりゃ、不気味だからだ!」
きっぱりと彼は答えた。くくく、と声が笑った。
「何が〈白鷲〉。大したことのない」
囁くような、高めの声。
「……何だと」
「伝説の騎士と言うからどのようなものかと思ったが。ささいな手柄を立てて、大げさに称えられただけの、ただの戦士か」
右の眼窩の奥に、何かが見えた。
黄色く、丸いものが燃えていた。それは、薄闇に浮かぶ満月のように。
「〈青竜の騎士〉の敵ではない」
「てめえ……エククシア!」
反射的に、タイオスは左腰に手をやった。
(剣が)
(――無い)
化け物を前にしていても、剣さえあればどうにかなると思う。骸骨を斬れるものかどうかは判らなかったが、少なくともばらばらにしてやるくらいはできるだろう。
だが、頼りの得物がなければ。
踏みしめた足元が、波にさらわれる砂のように覚束なくなった。
くくく、と骸骨が笑った。
「ここまでだな、ヴォース・タイオス」
声は続けた。
「それは、いただいていこう」
「何」
今度は骨の左手が伸びた。再び足首が掴まれ、タイオスは同じように蹴り飛ばそうとしたが、同じようには足が動かなかった。
戦士の足首を支えにして、骸骨がゆっくりと起き上がる。それは彼の目前に立ち、手を――。
「タイオス!」
「わあっ!」
叫んで、戦士は飛び起きた。とっさに、枕元の剣を掴む。
「ぼ、ぼくです、ごめんなさい、おどかして」
「ああ……ああ、何だ、リダールか」
目を覚ましたタイオスは、剣を放すと深く息を吐いた。
「リダール」
「は、はい」
「元気か」
「は……はい?」
「そうだよな。よかった」
うー、とうなって彼は白髪混じりの黒髪をかきむしった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます