08 昨日、済んだろ
「嫌な夢を見た」
「えっ、す、すみません」
「何でお前が謝るんだ」
苦笑して彼は尋ねた。
「えっと、それなら、もう少し早く起こしにくればよかったかな、と」
少年はそう返答した。
「嫌な夢なんて、嫌でしょう」
真面目な顔でリダールは言い、ますます、タイオスは苦笑いを浮かべる。
「まあな。だが所詮、夢だ。嫌な感じは残るが、ガキみたいに泣き喚く訳でも、
それにしても妙な夢を見たものだ、と彼は思った。
途中までは、判る。ハルディール少年と比較しているところがあるから、ハルディールがリダールになったりするのだろう。リダールが倒れるのも、彼を守るという仕事への緊張感が見せたものに違いない。眠りの神パイ・ザレンは人の心を覗き見て、不安や期待を夢に表すものだ。
しかし、エククシア。あれではまるで化け物だ。自分は〈青竜の騎士〉を何だと思っているのか。
(こう……劣等感みたいなもんでも覚えてるのか)
外見に、若さに、〈白鷲〉よりも強そうな称号に。
だから化け物のように考えて、貶めようとするのだろうか。そうだとすれば、いささか情けない話だ。またしても彼は苦笑した。
「何でわざわざ起こしにきた?」
少年を見やって、タイオスは尋ねた。
「俺はそんなに、寝こけてたかね?」
「いえ、そんなことないです」
すみません、とリダールはまた謝った。
「朝食をご一緒したくて」
「あ、そう」
タイオスは伸びをすると、大きく欠伸をした。
どうやらすっかり懐かれたようである。ハルディールよりも顕著だ。
「……すごいですね」
「何が」
「それらの、傷痕です」
「ああ」
何も羽織らずに眠っていた彼が飛び起きれば、上半身があらわになる。歴戦の戦士に相応しく、彼の身体には多くの傷痕があった。なかでも、背中と脇腹のそれは派手だ。いちばん新しい、左肩のものもまだ目立つ。
「い、痛いですか」
「まさか。いまは痛くもかゆくもない」
斬られたり刺されたりしたときはもちろん、痛かった。だがそれは答えなくてもいいだろう。
「しかし、俺を起こすのなら、使用人にでもやらせればよかったのに」
「すみません」
「いや、謝らんでもいいが」
調子の狂う坊ちゃんだ、とタイオスは思った。もっと堂々としていたって誰も文句を言わない立場だろうに。
「朝食が済んだら、支度を手伝ってくれませんか」
「何の支度だ」
寝台から下りながらタイオスは尋ねた。その途端、リダールはぱっと視線を逸らす。
「ん?」
「タイオスはいつもそうやって寝るんですか」
「そうって」
何の話だ、と尋ねかけたタイオスは、身につけているのが下着一枚であることを思い出した。
「いつもって訳じゃない。コミンの定宿は隙間風が酷いから冬場はこんなじゃ風邪を引くが、この館なら快適だからな。それに警戒の必要があれば胸当ても外さないで眠るが、ここには専門の護衛兵がいるんだし」
そこで戦士は顔をしかめた。
「お前さん、小娘じゃあるまいし。親父の半裸に驚くなよ」
「いえ、上だけかと思ったので」
リダールは答えにならない答えをよこした。
「それで、何の支度だ」
衣服を身につけながら、もう一度タイオスは尋ねた。
「ああ、そうでした」
視線を逸らしたままで――礼儀正しいことだ――少年はぽんと手を叩いた。
「エククシア殿をおもてなししようと」
「は?」
タイオスは着替えの手をとめて、ぽかんと口を開けた。
「だって、昼前にやってくるんでしょう」
「くるもんか」
「え? でも、約束を」
「そりゃ、俺との顔合わせって意味だ。それなら昨日、済んだろ」
着替えを再開しながら、戦士は――彼としては――当然のことを告げた。リダールは目をぱちぱちとさせている。
「でも」
「だいたい、もてなすような相手じゃなかろ」
「でも、お話が、できるかと」
がっくりと少年は肩を落とした。
「ぼくの護衛をしてくださるということになって、すごく嬉しかったんですけれど。囮という性質上、隣を歩いてくださる訳じゃなくて、話もできなけれがお姿も見られないことを残念に思ってたんです」
何だか少しずつ判ってきた、とタイオスは思った。
(この坊っちゃん、自分がひよわだという自覚はある訳だ)
(で、俺やあの野郎みたいな、自分にはなれそうにない存在を「格好いい」と思うんだろう)
憧れ、という辺りだ。そうと判ると、痛々しいような気持ちが湧いた。
(自分も強くなりたいと思うんであれば、協力してやれることもあるが)
(諦めてるんだな)
(まあ、実際には難しいと思うが、最初から諦めんでも)
無駄な努力をして無駄な時間を送らない、と言えば効率的でもあるだろうが、身につかなくても学べることはあるはずだ。戦士は年嵩の人間らしくそんなことを考えたが、やはり彼がどうこう言うことでもない。
「こないんですか……」
「そんなことで落ち込むな」
タイオスはひらひらと手を振った。
「『騎士』の話が聞きたいなら、マールギアヌで一番の騎士たちの話をしてやる。昨日、中断したきりだったな」
「シリンドルのことですね!」
判りやすくもリダールの表情はぱっと明るくなった。
「わあ、ぜひお願いします、タイオス」
「いいとも。ただし、二度とエククシアを格好いいだの、奴とお話をしたいだのと言うなよ」
これだけあからさまに憧れを見せる少年を無視するような男だ。外見ばかり洗練されていたって、ろくでもないに決まっている。彼はそう決めつけた。
戦士の要請に少年はやはり目をぱちくりとさせたが、一
「格好いいと言うのはタイオスだけにします!」
「……いや。そういうことじゃなくてな」
またしてもタイオスは、脱力させられた。
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