02 当人が思うよりも
「これを」
「……身につけるのか? これも?」
馬鹿みたいなマントをタイオスは嫌そうに手にした。
防寒、または日除け、そうした意図で着用するなら判る。だがどうして、初冬とは言え気候の穏やかなカル・ディアで、快適な室温が保たれていそうな高級料亭に向かうのに、そんなものが必要か。
単なる格好つけだ。
(貴族様やら騎士様やらならともかく)
(……まあ、一応、俺も騎士という触れ込みなのか)
タイオスはげんなりしながら、濃紺のマントを羽織った。ハシンがいそいそと、形を整える。
「長さはちょうどよろしいですね。サナース殿も長身でいらした」
「そりゃよかった。短いならまだしも、引きずりたか、ないわな」
そうとでも言うしかない。
「なかなか、悪くないではないか」
支度を整えてキルヴン伯爵のもとへ向かえば、彼は感心するような声を出した。
「サナースとはだいぶ雰囲気が異なるが、思ったよりもさまになっているようだな、タイオス」
「そりゃどうも」
見るなり吹き出すほどではない、という程度だろう。
「世辞ではないぞ。正直、珍妙になるのではないかと思ったが」
「何とでも言ってくれ」
酷いことを言われたようだが、彼自身、そう思う。反論をする気はなかった。
「本当に似合っている。〈白鷲〉の品位とでも言うものが、サナースと共通するのかもしれんな」
「そんなに持ち上げんでも、役目は果たす」
苦笑してタイオスは応じた。
もっとも――当人が思うよりもずっと、騎士然とした格好はタイオスに似合った。
もしかしたらそれは、キルヴン伯爵の世話をする使用人たちが、腕の見せどころとばかりに彼の髭を剃り、髪を整え、薬剤まで撫で付けて外見を取り繕ったためもあるかもしれない。
だが、鍛えた身体でしっかりと地面を踏みしめ、姿勢よく立つ姿は、若者が着飾るよりも重厚さを感じさせた。戦士らしい身のこなしは隙のない雰囲気を醸し出し、タイオスが思うほどのちぐはぐさは、そこにはなかった。
「では、参ろうか」
キルヴンもきちっとした服装にマントを羽織っているが、もとより伯爵閣下には慣れた格好だ。
それらは決して大げさなものではない。彼らにとってこれは身だしなみという程度の、常識に近い洒落っ気だ。ただ旅の戦士は普通、めかし込む機会などない。それだけのことだ。
どうにもタイオスは、自分が
だがそれなら、道化を演じてやるまでだと考えた。
胸元のひらひらが目にうるさいことに耐えながら、タイオスはキルヴン伯爵の従者であるかのごとく、〈赤天鵞絨〉亭に足を踏み入れた。
「ようこそ、閣下」
店の人間が、まずはキルヴンに丁寧な礼をした。
「ようこそ、騎士殿」
タイオスへの呼びかけは、それである。
違うとも何とも言う場ではなく、タイオスは無言で案内役とキルヴンのあとに続いた。
「本日は奥の間をご用意させていただきました」
案内役は店の奥へと進み、彼らはただついていった。
調度は一級品、料理もそれを提供する皿も給仕も一流、客層も上流と見えるが、酔っ払いの馬鹿笑いこそないだけで、食堂の雰囲気は下町の食事処と大して変わらない。他人と隣り合わせながら他人を無視してそれぞれの夕食を楽しむ様子は、一流店も三流店も同じだ。
それらを横目に進み行けば、ぐっと派手さを抑えた空間に行き当たる。
人々のさざめきはすっかり聞こえなくなり、長い廊下と数枚の扉がタイオスの目に入った。
辺りが見えぬほどではないが燭台の灯は控えめで、廊下の向こうを知人が歩いても判らなかろう。
(成程ね)
彼は思った。
(秘密の話にゃ、もってこいだ)
そう言っても、コミンの町にある〈ひび割れ落花生〉亭とは全く違う。
あの場所は明らかに「密談のための場所」であり、ここはあくまでも高級料亭。後ろ暗い話も皆無ではなかろうが、表向きにはそれを想定していない。上流の人間が行う商談、接待、恋人同士の思い出作り、家族の大事な会合、人目を避けるのはやましいことがあるからではなく、静かに話をしたいからだとか、私的な時間を持ちたいからだとかいう、理由付け。
「こちらへどうぞ」
案内役はひとつの扉を指した。
「お連れ様は既にいらしております」
その言葉にタイオスとキルヴンは顔を見合わせた。
(打ち合わせはもうできない、ってことだな)
もっとも、彼らには隠すこともない。嘘をつくつもりもないし、相談の必要はなかった。
キルヴンはうなずき、案内人を去らせると自ら扉を開けた。
「お早いお着きだな、ロスム殿。お待ちになったか」
彼らは約束の時刻に遅れた訳ではない。だが普通、何のわだかまりも持たない相手であれば、相手が早くきすぎたのであっても、待たせたことへの非礼を詫びたりするものだ。
しかし、この場合。第一声が詫びの言葉であっては劣勢からはじめるようなもの。
タイオスであっても、ここは詫びない。
「いや、きたばかりだ」
少ししゃがれた声がした。
戦士は伯爵に続いて、廊下と同じかそれよりも薄暗い室内へ入り、声の主を見た。
椅子から立ち上がりもせずに彼らを眺めている男が、レフリープ・ロスムに違いなかった。
ロスムはキルヴンと同い年という話だったが、一見したところ、もっとずっと年上に見えた。髪がほとんど白いためもあるだろう。やせ細った顔がしわだらけのせいもある。
老人、とまではいかないが、何も知らずに相向かえば、タイオスはロスムを自分やキルヴンより十は上だと判断したかもしれなかった。
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