第2章
01 お似合いですよ
キルヴンはロスムに使いを送り、至急話したいというようなことを伝えたらしい。
タイオスは、向こうがのらりくらりとごまかすのではないかと予測したが、幸いにして外れた。レフリープ・ロスム伯爵は、ナイシェイア・キルヴン伯爵の申し入れを受け、即日、返事をしてきたのである。
もっとも「今宵八刻に〈赤天鵞絨〉亭ではどうか。決まれば連絡を」と返されれば、「それでけっこう」では済まされない。言い出したのはキルヴンであるのだから、その時刻、その場所に彼の名で予約を入れることになる。それは彼らでもそうそう使わない高級料亭であるらしく、キルヴンは顔をしかめていた。
嫌ならば場所を変えてもよい訳だが、知らせる必要が出てくるし、店の格は落とされない。高級料亭と言っても伯爵たちにとっては痛い出費でもないが、世の中には気持ちよく金を出したい相手とそうではない相手がいるのである。
金だけの話でもなく、先手を取られたという感もあるのだろう。
「ふうん、高級料亭ねえ」
タイオスは少し困惑した。
「武装してたら入れんようなところか」
「剣は預けるよう求められるだろうな」
伯爵は答えた。
「だがそれ以前に、その服装では入店を断られる。サナースのものが何点か残っているから、それを着てもらおう」
「うん?」
タイオスは片眉を上げた。
「いいのか」
何年も前に死んだ男。
娘や息子が早逝したとでも言うなら、哀しみのあまり遺品を整理できないという話は聞くし、気持ちも判る。
だが、戦い手というのは瀕死の病人よりも
同時に、それだけキルヴンがサナースに負い目を持っているということでもある。
そんな大事なものを自分が着ていいのか、とタイオスは尋ねたのだった。
「何。彼を神格化している訳ではない」
伯爵は戦士が口にした言葉を使った。タイオスは唇を歪めて、謝罪の仕草をする。
「私は彼を惜しむが、懐かしい思い出として保存しているのでもない。特定の数点はとっておいてくれと頼まれたんだ」
「頼まれたって、誰に」
「彼と関わりの深い者に」
親兄弟、恋人の類だろうかとタイオスは考えたが、それなら遺品を引き取ればいいだけのことだと気づいた。
「誰のことだ?」
「だから、彼と関わりの深い人物だ」
伯爵はそう繰り返した。
「まあ、誰でもいいが」
キルヴンがはっきり答えないことを追及はせず――サナース・ジュトンの交友関係にまで興味はない――タイオスは現実的な話をすることにした。
「寸法は合いそうなのか? 聞いたところによれば、前〈白鷲〉は伝説の英雄に相応しい美男だったんだろ」
「貴殿は顔で服を着るのかね?」
面白そうにキルヴンは言った。
「からかうなよ」
タイオスは渋面を作った。
「世間一般にゃ美男子なんてのは、俺みたいなごつい身体を持ってないだろうって話だ。判るだろ、そんくらい」
「すまん。冗談を言った」
キルヴンは笑った。
「体格は、そうだな、貴殿の方がいくらか大きいようだ。だがサナースは大きめの服を好んだ故、ちょうどいいくらいだろう」
そんなやり取りのあとにタイオスは、使用人ハシンの案内を受けて故人の衣服を借りた。
(こりゃ)
(衣服と言うより、衣装だな)
中年戦士がそう思ったのは、およそヴォース・タイオスという男に似合わなさそうな、袖口のひらひらした上衣を手にしたときだった。
「俺にこれを着ろと?」
「きっとお似合いですよ」
ハシンは明らかに心にもないことを言った。中年戦士は少しだけ使用人を睨んで、質のいい上衣に腕を通す。無骨な指で、どうにか小さな留め具をはめた。
「首もとがいささか、きつそうですね」
「きつい」
彼は正直に答えた。
「ではここをこう緩めて……」
ハシンはタイオスの前に立つと、手を伸ばした首に近い部分の留め具を外した。自然、タイオスの顔は上を向く。
「これで飾りましょうか」
「ん?」
「顔を上げてください」
「判ったよ」
ハシンは厳しくタイオスに命じ、戦士は諾々と従った。
「これでいいでしょう」
満足そうに使用人は言った。タイオスは自らの胸元に視線を落として、乾いた笑いを浮かべる。やはりひらひらした純白の布がふうわりと巻かれ、はだけた部分を覆っていたのである。
「馬鹿みたいに見えるんじゃないかね」
彼は唇を歪めた。
「だがまあ、
作戦の一環、と思うことにして、タイオスは渋々と着替えを続けた。
(クインダンなんかなら、着こなすんだろうがなあ)
思い出すのは、シリンドルの若い騎士のことだ。クインダンも特に洒落者という訳ではなく、騎士団の制服しかタイオスの記憶にないが、自分よりは似合うだろうと考えた。
改めて、どうして自分が〈シリンディンの白鷲〉かと思う。〈シリンディン騎士団〉には、眉目秀麗でなければならぬというような規定はないはずだが――頭髪の薄い男が騎士団長をやっていられるのだから――若い騎士たちは少なくとも、たいていの女が「いい男」と評しそうな顔立ちをしている。
サナースも容姿端麗だったのならば、〈峠〉の神はもう少し、タイオスの選定について考えるべきだったのではないか。
そんな、くだらないと言えばくだらないことを思った。
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