10 強い信念は、時に

「それじゃ次だ」

 戦士は指を鳴らした。

「〈青竜の騎士〉については」

「噂の表面上だけを聞けば、たいそう評判のよい人物です。しかしやはり素性が知れないので、陛下や殿下方のお傍に帯剣をさせたまま連れるべきではない、という声もあります」

「その声はどれくらいの大きさだ。大半か、ロスムを好かん奴の言葉なのか」

「いえ、エククシア殿個人が拒絶されている訳ではなく、一般的なものです」

 ハシンは説明した。

「元来、謁見の際に帯剣を許されるのは近衛兵コレキアとわずかな軍兵セレキアだけ。各閣下方も、その護衛も、武装して登城することはできません。もちろんエククシア殿も同様で、少なくとも『彼だけは特別』というようなことはない」

「ふむ」

 評判はいいが、群を抜いてというほどでもない。つまりはそういうことらしい。

 しかし、素性の知れぬ男の評判がいいということは、群を抜いているということになるかもしれない。タイオスはそうも思った。

「俺ぁカル・ディア宮廷の内情にはちっとも詳しくないんだが、そういうことはよくあるのか。つまり、貴族が護衛を雇うということは」

「あまり聞きません」

 ハシンは首を振った。

「各閣下のお屋敷や街町には無論、それぞれ警護の者がおります。ですがひとりだけを重用し、ご自身の街はもとより城にまで連れ歩くというのは、私の知る限りではロスム閣下だけです」

「叛意あり、というようなことには?」

 ずばりとタイオスは尋ねた。

「城の近衛や軍兵を信じていない、或いはそいつらと刃を戦わすつもりだというような風評は出ないのか」

「気に入りの吟遊詩人フィエテを自慢するようなもの、と思われています」

「そうか」

 貴族が地元を訪れた竪琴の名手を王城に連れていって演奏させるという話は珍しくない。タイオスも過去に、そうした人物を連れるための護衛をしたことがある。

「それじゃ、剣の腕は判らないのか」

「いえ、近衛隊一の腕利きとされる兵士と模擬戦をやって勝利したと言いますから、確かなものでしょう」

「ううむ」

 シリンドル国の名剣士ルー=フィンやクインダンのことが思い出された。気高く誇り高く、その心に劣ることのない腕を持ち、驕らない若者たち。〈シリンディンの騎士〉と呼ばれる――厳密なところを言えば、ルー=フィンはその称号を得ていないが――彼ら。

 忠誠を誓ったあるじの指示には、名誉と命を賭けて戦う。

(……そうなんだよな)

(エククシアがロスムに誓いを立てた騎士であるなら、政敵の息子の暗殺なんてのも、請け負うのかもしれん)

 正義というのは人それぞれ、立場それぞれであると言える。ルー=フィンがハルディールを殺そうとしたのは、彼の主だったヨアフォードに従ってのことだった。いまでこそ彼もハルディールに忠誠を誓っているが、あのときはそれがルー=フィンの正義だったのだ。

 エククシアがどういう男であるにせよ、騎士だからこそ使命を果たすつもりでいれば、厄介な相手だ。強い信念は、時に偏執的な狂気になり得る。

「しかし、タイオス殿もサナース殿のような名剣士と伺っておりますが」

「そりゃ過大評価だ」

 彼はひらひらと手を振った。

「サナースの腕については伝聞ばかりだが、身内贔屓を差し引いても、俺より数段上の使い手だっただろうと判る。一方で俺ぁ、平凡な戦士なのよ」

 たまたまこの年齢まで生き残っているだけだ。戦士として長い年月を生き延びることは凄腕の証明と思われがちだが、運にも左右される。タイオスはたまたま、運がよかっただけだ。

 もっとも、運も実力の内ということにするなら、彼とて名戦士と言っていいかもしれないが。

 ハシンはタイオスの台詞を素直に聞いたか謙遜と受けとめたか、ただ「そうですか」とだけ言った。

「そこで、平凡な戦士の俺としては、敵の動向が知りたい」

 魔術師でもないのだから、一も聞かずに十を知るなど不可能だ。

「キルヴン閣下が、いつロスムと話をするつもりか判るか」

「伺っておきましょう」

「俺も同行したいと言ってくれ」

「は」

 ハシンは目をしばたたいた。

「しかし、それは」

「〈幾千の伝聞よりもひとたびの目撃〉だ。ロスム伯爵はともかく、俺としちゃエククシアのツラぁ、拝んでおきたい」

 ひと目で相手の能力が判る――とは言わないが、多少なりとも知れるところはあるものだ。腕利きの近衛兵に勝ったという話も、近衛がロスムを立てたのではないとも言い切れない。名前ばかりであれば、見て判るだろう。

 もっとも、実は騎士である、というのならば何も問題はない。

 いや、お守りの相手が増えることにはなるが、少なくともリダールをエククシアから守ることは容易になるだろう。

 しかし、近衛を下した力が真実であれば。

 〈シリンディン騎士団〉の男たちのように、技能と信念を併せ持つ人物であれば。

 少しでも相手を知っておくことが必要だ。

「承知いたしました」

 ハシンはうなずいた。

「早速、閣下に申し上げて参ります」

「頼む」

 タイオスもうなずいて、茶をすすった。

(さて)

(いつまで、こうのんびりとやっていられるかな)

 ロスムの計画がどんなものだとしても、いまは「キルヴン伯爵の息子が護衛もつけずにひとりでうろついている」という話を流している段階であるはずだ。

(その前にロスム、エククシアと面会)

(リダール坊ちゃんを少し鍛え直して)

(……いや、それは不要だよな)

 タイオスは思い直した。

(しかし、俺とエククシアの意見が異なったら俺を信じるよう、教え込んでおく必要はありそうだ)

 「格好いい〈青竜の騎士〉殿」より、いくら〈白鷲〉の称号があろうと、若い頃から世辞以外で「いい男」などと言われたことのない、会ったばかりのしがない中年戦士を信じさせる。下準備のなかでは最も困難かもしれない。

(それとも)

 タイオスはリダールの警戒心皆無という態度を思い出した。

(逆に、簡単なのかもしれんが)

 それはそれで頭の痛いことだ、とタイオスは天を仰いだ。

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