03 損はないものと

「――おひとりか」

 ゆっくりと部屋を見回して、キルヴンは尋ねた。

「騎士殿にも同席を願ったはずだが」

「急な話であったのでな」

 ロスムはそう答えた。何だ、とタイオスは気勢をそがれる。

(こんなふざけた格好をしたのは〈青竜の騎士〉に対抗するためもあったってのに)

「それが貴殿の騎士か、キルヴン殿」

 タイオスはロスムの視線にさらされた。タイオスは超然と、それを受けとめた。

「頭のひとつも下げぬか。礼儀を知らぬ騎士もあったもの」

「生憎と、ほいほい誰にでも下げる頭は持ってないんだ」

 答えてタイオスは肩をすくめた。

あるじのみに忠誠を見せる、という訳か」

「まあ、そんなところでね」

 適当なことを答えた。

 〈白鷲〉は「神の騎士」であるからして、ロスムの言いように則ればタイオスは地上の何人なんぴとが相手であっても頭を下げないということになるが、別にそこまで不遜なつもりはない。タイオスは、場合によっては気に入らない相手にでも膝をつくし、自分の心と違っても波風を立てない方法を選ぶこともある。

 ただこの場は、特にそうする必要もない。そう考えただけだ。

「急場しのぎで雇った似非騎士など、何の役にも立たぬどころか、貴殿の評判を落とすことになりかねないぞ、キルヴン」

「時間をかけて雇えば、似非騎士が貴殿の評判を上げるのか? ロスムよ」

 キルヴンは返し、なかなか言うな、とタイオスは感心した。彼は、ほかでもない〈青竜の騎士〉こそ似非ではないのかとほのめかしたのだ。

 ロスムは細いあごを反らして、ふんと笑った。キルヴンは何も言わず、椅子を引いた。タイオスも倣う。

 小さな部屋の中央にある四人掛けの卓には、ひとつの空席を抱えたまま、均衡悪く三者がついた。

「残念だ」

 運ばれてきた酒杯を掲げながら、キルヴンが言った。

「タイオスをエククシア殿に引き合わせたかったのだが」

「面白いことを言う」

 同じようにしながらロスムは笑った。

「タイオス殿と言ったか。そちらの騎士殿では、見劣りするであろうに」

 悪かったな――というような返答をタイオスはこらえ、黙って赤葡萄酒ウィストを流し込んだ。

「彼にも予定があるのでな。キルヴン殿、貴殿のお話は、彼の先約を反故にさせるほどの重要性はなさそうに思えた」

「彼の任務の話であるのにか」

「私が聞けば充分だ」

「へえ」

 そこでタイオスは声を出した。

「普通は、従者が話を聞いて主人に伝えるもんだが。閣下のところは逆さまと見える」

 ちょっとした挑発だ。ロスムはじろりとタイオスを睨んだが、何も言わなかった。

(簡単に腹を立てたりはしない、と)

 タイオスはロスムを値踏みした。

(まあ、そう単純な野郎なら、キルヴン閣下も警戒しないだろう)

「貴殿とは長らくこうして話す機会を持たなかったが、ロスム殿」

 すぐに最初の皿が運ばれてきた。美しく盛りつけられた前菜をきれいに切り分けながら、何気ない調子でキルヴンは言う。

「エククシア殿とは、どのように知り合ったのだ。彼はいったいどこで、騎士の称号を得たのか」

「彼のことを探ってどうしようと言うのだ?」

 ロスムは肩をすくめた。

「彼は〈青竜の騎士〉と呼ばれ、確かな腕を持つ名剣士だ。それ以上の何が、貴殿に必要か?」

「隠し立てせねばならぬような素性なのか」

 素知らぬ顔で、キルヴンは首をかしげた。

「まさか、伯爵に仕える騎士たる人物に、隠さねばならぬようなことがあるはずはなかろうな」

「貴殿がそのような詮索好きとは、畏れ入った」

 首を振ってロスムは、タイオスを見た。

「そう言う貴殿の騎士は、どうなのだ? 見たところ、あまり品性があるとも感じられないが」

 思わずタイオスは食事の手をとめた。それなりに気遣ったつもりだが、伯爵閣下たる二者に比べればどうしたって、彼の食事作法は世辞にも美しいと言えなかった。

「タイオスの素性か」

 キルヴンは少し笑った。

「彼は、シリンドル国で〈神の騎士〉とされる称号を授かった者だ。詩人の歌にもなっている伝説の騎士〈白鷲〉。それがこのタイオスだ」

 そう言われると当の〈白鷲〉は全身がこそばゆくなったが、この場は真顔を保つしかない。

(俺が歌になってる訳じゃないがね)

(まあ、ここは大仰に言うところだ、仕方ない)

 彼は黙って、ただロスムを見やった。白髪の伯爵はわずかに怯んだような表情を見せたが、すぐにそれを消した。

「シリンドル」

 ロスムは繰り返して首を振った。

「聞いたことがないな」

「左様か」

 キルヴンは肩をすくめた。

「かの国の〈シリンディン騎士団〉の物語を聴いたことがないとは、貴殿のような教養ある人物にしては、意外なことだ」

 澄まし顔で彼は言ったが、〈シリンディン騎士団〉の物語はちっとも有名ではない。二十年を超えるタイオスの旅路で、一度小耳に挟んだことがあるだけだ。

 もちろんキルヴンは判っていて言っているのだろう。ロスムを「教養ある」などと言いつつ、「大して知識がないじゃないか」と貶めた訳であるから、なかなか攻撃的だ。

「同じ台詞を返そうか」

 ロスムはナイフを置いた。

「お前はそのタイオスをどうやって見つけた」

「私は何も、貴殿に対抗しようと騎士を雇うのではない」

 キルヴンは空席に目をやった。

「エククシア殿だけにリダールを任せるのは、失礼かと思ってな」

「……ほう」

 キルヴンが「エククシアの代わりにタイオスを」ではなく、「エククシアに加えてタイオスを」と言ったことは、いくらかロスムの気を引いた。

「手柄の横取りを?」

「まさか」

 キルヴンは肩をすくめて、タイオスの活躍はエククシアのそれとしてかまわないという話をした。

「貴殿に損はないものと思うが」

 損はなかろうが、キルヴンの考える通りであるなら、予定は崩れるだろう。リダールを殺害、或いは見殺しにという計画の遂行が難しくなるはずだからだ。

 タイオスはじっと成り行きを見守った。

「……では、貴殿の騎士のお手並みを拝見するとしよう」

 沈黙ののちにロスムはうなずいて言った。断るいい理由がとっさに浮かばなかったのだろうなと戦士は考えた。「囮」がロスムの息子だというならともかく、リダールの父が実の子を案じるゆえの提案を拒絶するのは難しかろう。

(もっとも、〈青竜の騎士〉に任せておけば問題ないと言い切ることは不可能じゃない)

(まあ、そうしておいてリダールを死なせるのはまずいから)

(うん、そうだな。俺の責任としちまうこともできる)

 エククシアの足を引っ張った似非騎士のせいで不幸な事故が起きる。ロスムにとっては願ったりのことであるやもしれなかった。

(もちろん、足元をすくってやるのは俺の方だがね)

 何だか面白くなってきた――。

 タイオスは知らず、にやりと笑みを浮かべていた。

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