06 一度も、否とは

 宮廷で流行りだした「悪者退治」指向、正義の使者ごっこ、何と言うにしても結局は「いかにいいところを見せるか」というつまらない競い合い。キルヴンは、その宮廷遊戯に参加するつもりはなかったと言う。

「確かに、私の言い出したことではない。無論リダールでも。だが、誰しもがそこに同席していた訳でもない」

 キルヴン自身、いなかった。伯爵は複数の同席者から確認を取ったと言うからほぼ正確に伝わっているだろうが、当事者でなければわざわざそこまで調べない。

 噂は、簡潔になって伝わるはずだ。即ち、キルヴン伯爵の若き息子リダールが、ロスム伯爵の護衛とともに悪党征伐に向かうことになった、と。

 言い出したのはロスムでも、リダールはそれに乗ったとも取れる。ロスムの押しが強くリダールのそれが弱かったとしても、決断をして引き受けたのはリダール・キルヴン。

 見ようによっては、リダールが「その件は全てキルヴン家にお任せを」などと暴走しかけたところをロスム伯爵が上手に取りまとめた、とも取れるはずだ。ロスムがキルヴンに言うような敵愾心を抱いているなら、作為的にそうした話にしてしまうことも十二分に有り得る。

「まあ、噂ってのは思いもかけない尾ひれが大好物だからな」

 タイオスは肩をすくめた。

「なら、どうする。最初に言っていたようだが、影ながら守るなんざ無理だからな。相手が賊でも暗殺者でも、刃を出したことに気づいてから動いたって遅いに決まってる」

「表向きには、ロスムの計画を続行する。だが内々に、こちらも護衛を出すと伝える。その代わり、こちらの護衛が活躍をしても手柄は〈青竜の騎士〉のものでいいとする」

「それじゃ俺が何をやっても向こうの手柄か」

「私は無論、評価をするとも。だがタイオス、貴殿はカル・ディア宮廷での評判などは欲しまい」

「まあな」

 戦士は認めた。彼が働くのは主に金のためであり、ごく稀に意地や誇り、名誉のためということもあるが、少なくとも権力のためであったことはない。

「私に仕える者ではなく、このために雇った部外者であると伝える。おそらくロスムは受けるだろう。リダールの殺害を諦めるか、貴殿を抱き込もうとするか、貴殿ごとの殺害を目論むかは判らないが」

「本当に、そこまでやる奴なのか?」

 まるで山賊の頭目争いである。ひと皮剥けば山賊も貴族も「自らの欲望を満たすために手段は選ばない」ところは似ているが、山賊が暴力を主たる手段とするなら貴族たちは金や人を使うはずだ。

 政敵の暗殺自体は決して珍しい話ではないものの、話を聞く限りでは、そこまでする理由はなさそうに思えるのだ。

(閣下の思い込みでなけりゃ、ロスムが極悪人か、或いは閣下が俺に嘘をついているかだ)

 嘘と言うほど積極的ではなくても、隠しごと。

 キルヴンにはロスムによるリダール暗殺を警戒する明確な理由があるのに、それをタイオスに話していない。

(しかし、そこはいい。依頼人に隠したいことがあるなら、可能な限り見ないふりをしてやるのが、いい雇われ戦士ってもんだ)

 知らなければ致命的、というような隠しごとなどはあまりない。たいていは本人だけが深刻になる、くだらないことだ。

 タイオスはそう考え、追及しないことにした。

 いずれ、知れることもあるだろう。

「俺が抱き込まれる心配は、しないのか」

「〈白鷲〉が?」

 何となく問うと、キルヴンは片眉を上げた。愚問だった、とタイオスは苦笑いを浮かべる。

 タイオスはシリンドル国民ではなく、王が友人だとしても、いまはシリンドルを遠く離れている。しかしそれでも、彼の双肩にはシリンドルの名誉がかかっているのである。

 普段はそんなことを気にしないが、いまは〈白鷲〉としてキルヴンに召喚されている。「関係ない」では済まないし、その辺りはもう、ぐだぐだ言わないことにした。

「もう少し、事件の詳細を教えてくれ」

 その代わり、次には彼はそう言った。

「犯人のことは判らないと言っても、ちょっとは何かあるだろう」

「生憎だが、無い」

 唇を歪めてキルヴンは首を振った。

「無いんだ。隠れ家はもとより、人数も構成も判らない。本職の戦士キエスがいるのか、魔術師リートもいるのか」

「魔術師だって」

 タイオスは嫌そうな顔をした。

「そんなもんがいそうなのか」

「帰りの遅い娘の代わりに飛んでくるのは矢文ひとつ、そこで指定された場所と時刻に言われるままの金貨ルイエを詰めた袋を置いたが最後、こっそり見張る町憲兵隊がまばたきでもする間に袋は消え去り、娘は戻る。……手品師トラント魔術師リートか、どちらかが関わっていそうな話に見えるだろう」

「見えるな」

 息を吐いて戦士は同意した。

「もっとも、確証はない。魔術師が関わっているのであれば、協会ディルが放っておかないはずだという声もある。魔術師の存在を肯定する者の意見は、人死にが出ていないから黙っているだけだ、というようなものだ」

 つまり、ただの推測で根拠はない、とキルヴンは肩をすくめた。

「契約成立前に情報をきちんとくれる閣下には感謝するがね、魔術師なんて聞けばますます、受けたくないようだよ」

 息を吐いてタイオスは呟いた。

「だが」

 キルヴンはじっとタイオスを見た。

「貴殿は一度も、否とは言わぬな」

「あー……」

 タイオスはうなって、頭をかきむしると下を向き、それから天を仰いだ。

「面倒ごとはご免だ。この年になるともう冒険も望まないし、無難に稼いで飢えなきゃ充分だと思ってる。しかし、だ」

 彼は右腰につけた小袋を探ると、それを取り出した。

「〈白鷲〉を望まれてのこのこと出てきちまった以上、俺の好みで断るのは、こいつを汚すことになる気がしてな」

 菱形の小さな大理石でできている、鷲と若木の刻まれた護符。シリンドルの伝説、〈シリンディンの白鷲〉のしるし。

 ただの思い出、記念品のようなつもりでいたが、これを持っている以上タイオスはシリンドルの伝説だ。

(言うなれば、請けた仕事は続いてるってなところか)

 契約不履行は、趣味じゃない。

 この事件がシリンドル国そのものとは何の関係がなくとも、死んだであれば果たしたであろう使命に目をつぶるのは、ちょっと気が引けた。

「やばい話は、お断りだ」

 護符をしまいながら、タイオスは言った。

「だが話を聞く限りじゃ、誘拐犯だか誘拐団だかは、凶悪な殺人者って訳でもない。目当ては金で、斬った張ったはなるべく避けようとしてる。となれば、俺でもどうにかなるだろう。もっとも、まじで相手に魔術師がいるなら、こっちも魔術師の援護を頼む。あんたの金で」

「了承しよう」

「〈青竜の騎士〉に関しちゃ、情報不足だ。しかし仮にも騎士とされる人物が、そうそう暗殺を請け負うとも思えんのだが」

 と彼が言うのは、〈シリンディンの騎士〉と呼ばれる男たちの印象が強いせいもあったが、大間違いでもないはずだと考えた。

「どういう奴なんだ?」

「判らない」

 というのが伯爵の回答だった。

「おいおい」

「少なくとも数月前まで、そんな男はロスムの傍らにいなかった。〈青竜の騎士〉という称号は王陛下から正式に与えられたものではなく、彼の鎧や剣鞘に青い竜の紋様があるためらしい」

「それだけか?」

 片眉を上げてタイオスは尋ねた。

「『戦士』や『剣士』じゃなくて『騎士』ってのは……まさか、単に呼び名として格好いいから、なんてんじゃないだろうな」

「判らない」

 またしてもキルヴンは言った。

「年齢は、三十前と聞いている。二十八、九というところだろう」

「若いな」

 タイオスが洩らしたのは、あくまでも自分に比して、である。〈シリンディンの騎士〉の最年少は、十代だった。

「気づけばロスムに仕える者として、〈青竜の騎士〉エククシアが登城するようになっていた。カル・ディアルの北端からやってきたという話もあれば、アル・フェイルからやってきたという話もある」

「謎の人物って訳か」

 タイオスは乾いた笑いを浮かべた。

「青竜と白鷲じゃ、いささかこっちが格下かねえ。だが、まあ」

 彼は呼吸を整えた。

 乗りたい話じゃないと言った。それは本当だった。

 しかし、どこかで軽い昂奮を覚えた。

 自分は〈白鷲〉なんてものじゃない、伝説の存在なんて冗談じゃないと言い続けた気持ちも本当だった。

 しかし、どこかで彼は、逸るものを覚えたのだ。

 まるで、若い頃のように。

「〈青竜の騎士〉……ね」

 彼は呟いた。

「力較べも面白そうじゃないか」

 そう言ってヴォース・タイオスはにやりと笑い、キルヴンに手を差し出した。

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