07 お姫様でもないだろうに
あれ以上、事件の詳細などというものはないようだった。
だがかまわない。おびきだして、捕まえればいいのだ。これまで何度も成功している手練れと言っても、怯むことはない。むしろ向こうは油断をしているはずだ。カル・ディア町憲兵隊何するものぞ、と。
そうした隙を突く。難しいことではないように感じられた。
問題は、噂の〈青竜の騎士〉エククシア。
それから。
「は、はじ、はじめまして」
「……おう」
タイオスは困惑した。
(十八歳?)
(だと、言っていたよな)
引き合わされた少年は、とても十八には見えなかった。十四歳のハルディール――いまでは十五の成人を迎えているが――と同じか、下手をするともっと下にさえ見える。
黒茶の細かい巻き毛を持つリダール・キルヴンは、おどおどと濃い茶の瞳を中年戦士に向けていた。
身長はタイオスの肩ほどまでしかない。体格も端的に言って、貧弱。
何も戦士の目線で言うのではない。通りすがりの人間を十人捕まえて尋ねれば十人ともが「もっとたくさん食べた方がいい」とでも言いそうだ。
(十八の男を囮にするのは難しいんじゃないかと思ったが)
(成程、これなら行けそうだ)
それはロスムの嫌味でもあるのだろう。少年自身が気づいたかどうかはタイオスの知るところではないものの、少なくともその父親は判っているはずだ。確かにこれでは危ない感じがあるが、だからこそ却って「危ないからやめさせたい」とは言えない訳である。
「タイオスだ。よろしくな」
彼が大きな手を差し出せば、リダールはおそるおそるといった風情でその手を取った。少年の細い手は骨ばかりといった感じで、戦士が少し強く握ったら粉々になってしまいそうだ。
何もリダールとてタイオスが乱暴な真似をすると怖れてはいないだろうが、かすかに震えているようだった。
「俺ぁ、お前を取って食ったりしないぞ」
顔をしかめて彼は言った。
「誘拐犯にびびるならともかく、俺にびびるなよ」
「こ、怖がってなど、い、いません」
とてもそうは思えない調子でリダールは言った。
「その、少し緊張を……しているだけです」
「緊張ねえ」
人見知りだとでも言うのだろうか。仮に初対面の相手が苦手なのであろうと笑顔のひとつも見せられなければ「貴族業」は大変だろうに、などとタイオスは思った。
「まあ、そんなもんも不要だ。力を抜けよ」
「は、はい」
少年は目をしばたたいた。
「確かに、ぼくが緊張する理由は、ないですね。エククシア殿に加えて、タイオス殿まで、ぼくを守ってくださるという有難いお話なのですし」
「おいおい」
思わずタイオスは呆れた声を出した。ふたりも護衛がつくなど自尊心に関わる、などとは思わないのか、と。
「深窓のお姫様でもないだろうに。お前さん、剣の心得はないのか」
「父は習わせようとしましたが、母が危ないからと言って」
「ははあ」
キルヴンにいる伯爵夫人こそが過保護という訳か。いや、この体格であれば真っ当な心配かもしれないが。
「しかし、貴族の坊ちゃん方は形式的にでも多少の訓練を受けるもんだろうに。友だちに馬鹿にされたりしないのか」
「はあ、その、多少は」
「多少ね」
大いに馬鹿にされているのではないか、という気がした。もっとも、当人がそれを気に病んだり腹を立てて発奮したりするのでなければ、どうでもいいことだ。タイオスには関係もない。
いっそ、深窓のお姫様を守るつもりでいればいいだけだ、と彼は気分を切り替えた。
「あの、
リダールはおどおどと戦士に話しかけた。タイオスは手を振る。
「俺には敬称なんざ、つけんでいい。〈青竜の騎士〉様の方では何と言うか知らんがね」
「では、タ、タイオス」
「おう。何だ」
中年戦士は親切にも、なるべくにこやかに応じてみた。と言うのも、子供、ではない、少年――と言うのも微妙な年齢なのだが――は見るからに身体を硬くしていて、声も震えそうだったからだ。
(俺ぁそんなに怖い顔してるのかね?)
ハルディールなどは少しもタイオスを怖がらなかったが、あの王子殿下は肝も据わっていた。育ちのいい坊ちゃんの反応としては、これが普通であったりするのだろうか。
「あの」
「何だ。何でも言ってみろ」
「ど、どうか、よろしく、お願いします」
「……おう」
改めて挨拶を終わらせたかっただけのようだ。拍子抜けして、タイオスは目をぱちぱちさせた。
(成人前くらいなら、可愛らしいとか微笑ましいとか言えることもあらあな)
(だが、十八か)
成長には個人差があって、年齢だけで簡単に区別はできないものだ。身体の大きな子供もいるように、線の細い成人もいる。当たり前のことだ。
しかし、リダールのような立場、つまり貴族の令息でもあれば、外見や態度、言動は重要なものとなる。時に馬鹿げて見えるものだが、彼らには「見栄」が大切なのだ。
つまり、見た目が幼いのなら、それを補うような学力を身に着けたり、少なくとも「子供っぽい」と思われるような言動を避けるような――。
(いやいや)
こんなことを彼が考える必要はない。指導や指南は父親がやればいい。少なくともキルヴンは、このままでいいとは思っていない様子だ。もしかしたらこれまで甘やかしたことを後悔しているかもしれない。
だが、キルヴン伯爵が今後も息子に甘かろうとこれからは厳しかろうとタイオスの知ったことではない。今回の案件において、リダール少年は子供か姫君か、どちらかと考えて対処した方がいい。
馬鹿にするのではなく、体力的かつ性格的にそういう生き物だと考えるのだ。そうして彼を守り、エククシアの行動に注意しながら、誘拐団を返り討ち。
(楽な仕事とは言えないが)
(困難でどうしようもないと言うほどでもない)
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