04 乗りたい話じゃない
どうしてそうなるのだ――というのが、まずタイオスの一声であった。
「コミンから俺をわざわざ呼ばんでも、あんたの手の者がいくらでもいるだろうが」
「生憎だが、『いくらでも』はいない」
「言葉尻を捕らえないでくれ。そんなに何十人もいなくたっていいさ。最悪、ひとりでも」
「最も信頼していた男は死んだ。貴殿の前に〈白鷲〉と呼ばれた男だ」
「うー……」
まずい方向に話題を振ってしまった、とタイオスは頭をかいた。
そう、キルヴン伯爵がよりにもよって彼をと言おうか、〈シリンディンの白鷲〉の手を借りようと考えたのは、死んだ親友サナース・ジュトンへの信頼からだ。
サナースは、神の騎士〈白鷲〉と呼ばれるに相応しい男だった。ならば、このヴォース・タイオスもと、そう思うのだろう。
「貴殿の言う『私の手の者』はつまり、私に仕える者だ。忠誠心にせよ、自らの利益のためにせよ、ロスムと私であれば私に便宜を図る」
「そりゃそうだろうな」
「それは現状、避けたいのだ。ロスムは私に喧嘩を売ってきたようなものだが、私はそれに気づかないふりをしたい」
自身の精鋭を出すことは喧嘩を買うことだ、とキルヴンは判断したようだった。
「貴殿ならば私の兵ではない。だが、サナースと同じ〈白鷲〉だ」
「勘違いせんでくれ、閣下。俺とあんたの親友の間には、何の共通点もない。たまたま、同じ称号をもらっただけだ」
「同じ神から、な」
「待ってくれよ」
タイオスはげんなりとした。
「ありゃシリンドルの神様だろう。あんたが信仰しているとは思わないんだが」
「信仰はしていない。だが敬意を抱いている。我が友人がそうしていたように」
「俺だって別に、クソ食らえとまでは思ってないさ」
もうすっかり普通の口調になって、戦士は唇を歪めた。
「ただ、あの国の思い出は実感を伴わないんだ。『余所の国の』と言うにとどまらない、『物語の国の』って感じがつきまとう」
「確かに、奇妙な言い方だが、いささか理想的すぎる感じはあるな。だがあれは間違いなく、現実にある国だ」
カル・ディアルとアル・フェイルの南端に、と言ってキルヴンはそちらと思しき方角をちらりと眺めた。
「もっとも、私が貴殿のことを思い出したのは、ロスムの用意する護衛のことを聞いたためだ」
「俺と似たような名前だった、なんていうんじゃないだろうな」
台詞と裏腹に、実はその程度なのではないかと思ってタイオスは問うた。
「近いが、違う」
キルヴンはそう答えた。
「その男は〈青竜の騎士〉と呼ばれているんだ」
聞いて〈白鷲〉は天を仰いだ。
「あのなあっ、言葉遊びでもしてるつもりかっ」
白いの青いの、知ったことかと戦士は思った。
「呼び名だけで決めた訳でもない。思い出したきっかけではあるが、貴殿は適切な人物だと考えたからこそ使いを送った」
「適切ったって、閣下は俺のことなんざ知らんも同然じゃないか」
「だがハルディール殿下やアンエスカ殿はご存知だ」
久しぶりの名前に、タイオスは目をしばたたいた。
「彼らから、貴殿のことは聞いている。言葉を交わしたのではなく書を受け取ったのだから、聞いているではなく読んでいると言うべきかもしれんが」
「言葉遊びは要らんと言ってる」
戦士は手を振って、それから渋面を作った。
「言っとくが、ハルの評価は過大だぞ。まあ、その分アンエスカが貶めてるだろうが」
均衡は取れているかもしれない、などと彼は少し思った。
「どちらも褒め称えていると読めたがね」
「まさか」
たとえこの世に「世界の中心」と言われる〈コルファセットの大渦〉がもうひとつできたとしても、アンエスカがタイオスを褒め称えるなど有り得ない。
伯爵はタイオスに気を遣ったか、或いはアンエスカの皮肉を読み間違えたのだろう、と彼は判定した。
「悪いが、乗りたい話じゃない」
タイオスは両手を上げた。
「俺が呼び出しに応じたのは、シリンドル関連でちっとばかし気にかかることがあったからさ。その絡みなんじゃないかと」
反逆の頭領だった神殿長ヨアフォードは死んだが、その息子ヨアティアは逃げた。シリンドルからは騎士がひとり、それを追ってカル・ディアルを旅している。
その騎士ルー=フィンは先日コミンにタイオスを訪れ、ヨアティアの足跡がカル・ディアに向かっているようだと話した。
その記憶が薄れぬ内に届いた手紙と、顕現した黒髪の子供。ヨアティアと関わりのある話なのではないかと思ったのだ。
(だが、あの馬鹿息子が、こう手際よく貴族の子女を誘拐できるとは思えんな)
何もヨアティアが誘拐事件の主犯であると考えた訳ではなかったが、話のどこかでつながるのではないかと思った。しかし、その気配はない。
「〈青竜の騎士〉に対抗して〈白鷲の騎士〉を立てたかったのかもしれんが」
タイオスは首を振った。
「そんな呼び名なら、誰にでも何でもつければいいだろう」
「何の理由もない出鱈目の称号などつけてどうする。だいたい私は、対抗意識で貴殿を呼んだのではない」
キルヴンは手を振った。
「私は、サナースにならば何でも任せることができた」
サナース・ジュトン。キルヴンの死んだ友人で、二十年前に〈白鷲〉としてシリンドルを危機から救った男。
「貴殿は彼と同じだけの素質、能力を持っていると、神に証立てられているだろう」
「だから、遠いところの神様を持ち出すのはよせよ」
タイオスは渋面を作った。
「ハルやアンエスカが言うなら、判らなくもない。だが、俺やあんたが言っても」
「説得力がない、か?」
「フィディアルについて語ったって、同じだろうけどな」
戦士はごく一般的に知られる〈創造神〉フィディアルの名を出した。
「要は信仰心。俺は大して持ってない。閣下も、そう信心深いってこともなさそうだ。神様を引き合いに出すのは、あんまり巧くないと思うね」
たとえば神官が神を持ち出して説教なり説得なりするのならともかく、申し訳程度の信仰心しか持っていない者が「それは神の導きである」と言ったところで感銘は受けない。
「そうではない」
キルヴンは首を振った。
「私は七大神の熱心な信者とは言えない。無論、シリンドルの神しかりだ。ただ、サナースは〈白鷲〉と呼ばれたことに誇りを持ち、かの神に敬意を表していた」
「俺も別に、けなしやしないよ。しかし閣下」
戦士は口の端を上げた。
「あんたの言いようを聞いていると、〈峠〉の神じゃない、まるで死んだサナースを神格化してるみたいだ」
「……そのようなつもりも、ないが」
キルヴンは視線を落とした。
「私は、ただ」
「ああ、悪かった悪かった」
タイオスは手を振った。
「余計なことを言ったよ」
聞くところによれば、サナースは主人にして友人たる伯爵を守って死んだということだ。
護衛が護衛対象を守って死ぬ。それは立派な殉職だ。死なずに済むならもちろんその方がいいが、どうしようもないこともある。彼は使命を果たしたと言える。
だがキルヴンとしては、心に痛いものを抱えたままなのだろう。
それは抱く必要のない負い目だが、そこに引っかかる男であるからこそサナースも彼に仕え、彼を守ったのだ。タイオス自身は誰かに忠誠を誓ったことなどないものの、戦い手のひとりとしてそれくらいの推測はつく。
「しかし、乗りたい話じゃないことは変わらんな」
再びタイオスは告げた。
「せいぜい一旬か、長くても半月程度の間であればどうだ」
キルヴンは言った。
「いまカル・ディアに在住している者は別として、多くの貴族が子供たちに自身の町からこちらへくることを禁じている。未婚の娘であれば、成年に達していても同じ扱いだ。実際のところ」
こほん、と伯爵は咳払いした。
「殿下が事件の明確な解決を望まれるのは、気に入りの姫君方が王宮へやってこないからではないかと思うんだが」
これにはタイオスは乾いた笑いを浮かべた。
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