03 そう巧くはいかんだろ

 プルーグの提供してきた話では、キルヴン伯爵が彼を呼ぶ理由を説明しきれなかった。

 キルヴンとは関わりのある事件かもしれない。だが、タイオス自身とは関係ないように見える。〈白鷲〉とも。

 手紙を運んできた使者とやらも探し出して尋ねてみたが、彼は一使用人で詳細を知らないらしかった。とにかくカル・ディアへきてキルヴン伯爵と話をしてくれと言うばかりで、タイオスが何を求められているのかは判らなかった。

 戦士は使者に、話を受けるかどうかはともかく詳細を聞きに行くという返事を持たせて帰し、支度を整えて翌朝には出立した。

 まだ彼に話は見えていなかったものの、もしかしたらシリンドルと関わりのあることかもしれないという予感があった。

 いや、予感ではない。予兆。

 ――黒い髪の、子供が。

(もっとも、幸いにしてと言うのか、あのとき以来〈峠〉の神の使者は姿を見せない)

 タイオスが、もう〈白鷲〉などと呼ばれて何かに巻き込まれるのはご免だとばかりにキルヴンの書状を握りつぶしたとき、その判断は誤りだと告げるかのように行けと促した、黒髪の子供。

 シリンドルの峠にある神殿で目にした、それは神秘の使者。

(遠く離れたカル・ディアで、ハルのためになることが何かできるんなら)

 彼は、まっすぐな心を持つ少年王子――既に即位を終えて少年王となったはずのハルディールのことを思った。

(やってやるのが、まあ、仮にも〈白鷲〉の護符を持つもんの仕事だろう)

 そんなことを考えながら、「旅の戦士」という身分で可能な限りに身体を清潔にしたヴォース・タイオスは、半年前の記憶をたどってキルヴン伯爵の館を訪れた。

 戦士と同年代の伯爵はあまり形式張ったところのない男で、身分があると威張る性格でもなく、要望に応じてここまでやってきたタイオスにてらいのない感謝の言葉を述べた。

「あのとき以来だな、タイオス」

 濃い茶の髪をしたキルヴンは、同じ色の瞳でまっすぐ戦士を見て、気軽に手を差し出した。少し躊躇ってから、タイオスはそれを取った。

「ご無沙汰しておりました、閣下」

「どうした、かしこまって」

 戦士の丁重な態度に、伯爵は笑った。

「あの日はハルディール殿下の隣で、ずいぶんと偉そうにしていたのに」

「あー、あれはですね」

 彼は頭をかいた。

「ハルの……殿下の、いや、いまは陛下だな。とにかく彼の帰郷の希望を叶えてやりたかったもんですから」

 安全のためにカル・ディアにとどまるべきだと提言したキルヴンに対し、タイオスは剣を抜いてもハルディールの意向を通すと告げたのだった。

「そうか、陛下だったな」

 キルヴンはそこに触れ、この場にいないハルディール王に対して非礼を詫びる仕草をした。

「彼ならば立派にシリンドルを統治するだろう」

「間違いないでしょうね」

 タイオスは同意した。

「王子殿下の希望」

 ふとキルヴンは呟き、どうしてそこが繰り返されるものかとタイオスは片眉を上げた。

「そう、まさしく、王子殿下のご要望なんだ」

 よい糸口があったというように、伯爵は話をはじめた。

「噂になっているようだから、貴殿も耳にしているかもしれないが。――このカル・ディアでここ数月の間、貴族の子女が拐かされ、身の代金を要求されるという出来事が続いている」

 真剣な顔つきで伯爵は言い、タイオスはうなずいた。

 情報屋プルーグが話したカル・ディアの事件というのは、まさしくそのことだった。

 何でも犯人は狡猾で、町憲兵隊レドキアータに何ら尻尾を掴ませないまま、まんまと金を奪っていくらしい。娘や子供も無傷で戻ってくるのが幸いだが、彼らはずっと薬で眠らされていて犯人のことは全く判らないのだとか。

 キルヴンの話は、プルーグの情報と一致した。

(面と向かって褒めたくはないが、有能な情報屋だな、あいつは)

「犯人は判らない」

 キルヴンは息を吐いた。

「だがとりあえずは、大金のあるところから少々金がなくなったというだけに過ぎない、という風潮がある。誰も彼も無事に戻ってきたのだしな。町憲兵隊は悔しがっているが、名のある者たちはみな警戒をしている。となれば、次の誘拐も起きない」

 犯人が行動をしなければ町憲兵隊も捕らえようがない、ということであるらしい。

「城内では、子を持つ親は別として、もう事件は済んだものと考える人間が大半だ。もっとも口に出しては、そうした犯罪集団がのうのうと逃げ延びたなどよろしくないことだ、と言うのだが」

 その話題が出た際に、カル・ディアル第三王子ラヴェイン殿下が、仰ったのだと言う。

 囮を使おう、と。

「……囮、だあ?」

 タイオスは思わず、丁寧な口調を使うことを忘れて顔をしかめた。キルヴンは咎めず、そうだとうなずいた。

「殿下はそれを名案と思われたようだ。周りも追従して、素晴らしいお考えです、などと言うしな。そこで、では誰が囮役をやるかということになったとき」

 伯爵はまたしても嘆息した。

「我が息子が指名された」

「へえ」

 タイオスは片眉を上げた。

「大役だな。まあ、殿下にご信頼いただいてるってなところ」

「ではないんだ。生憎と」

 その話になったとき、キルヴンは同席していなかった。あとで聞かされた話によると、ロスム伯爵がそういうことにしてしまったのだとか。

「ロスムってのは?」

「私と同年に生まれ、同年に伯爵位を継ぎ、同年に結婚、子供も同い年、それも同じ日に誕生したという、妙に縁の深い男だ。だがそのせいで何かと比較されてな。最近は私の方が陛下に覚えがめでたいと考え、気に入らないようだ」

 その代わりとばかりに王子に取り入り、事件が未解決であるのは由々しきことだと大げさにうなずいて、キルヴンの息子リダールに話を振った。

 リダール・キルヴン少年はあまり口が巧い方ではなく、頭が回る方でもなく、殿下のお役に立てますならとほいほいうなずいてしまったということのようだった。

「だが別に、それなら全力上げて王子様のご希望に添えばいいだろう」

 タイオスは肩をすくめた。

「成功すりゃ、あんたはロスムとやらに勝つことになる」

 向こうから活躍の機会をくれたようなものじゃないか、と戦士は言った。だがキルヴンは首を振った。

「ロスムはな、キルヴン家だけに任せるのでは申し訳ない、自分がリダールの護衛を用意すると言った」

「何だそりゃ」

 意味が判らん、とタイオスは顔をしかめた。

「ロスムの目的は?」

「簡単だ。息子が失態を犯してあろうことか拐かされ、奴の護衛が首尾よくそれを救う」

 そういう脚本だと伯爵は言った。

「そう巧くはいかんだろ」

 戦士は苦笑いした。

「いや。ロスムがそうしようと思ったなら、奴はやるんだ」

 キルヴンは告げた。

「そこで」

 こほん、と彼は咳払いなぞした。

「〈白鷲〉殿」

「ちょっと待て」

 その先を言われる前に、タイオスは片手を挙げて伯爵を制そうとした。

 だが、無駄だった。

「影ながら私の息子を守り、ロスムの企みを潰えさせてやってはくれんだろうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る