第4話 殺し合いのゲーム

―― 如月キサラギに憑依した俺の視点


 三班は、男四人、女二人の構成だった。


 名前を覚えているのは、如月、権田ゴンダ、そして、姫島加世子ヒメシマカヨコだな。懐かしいな。


 加世子は今で言うあざとい女だが、女子高生なんて可愛いもんだ。


(大人のあざとい女は、容赦なく大金を巻き上げるからなあ)


 俺は如月に臨終憑依していた。如月は確か佐藤と同じ男子剣道部員だ。あまり話をした記憶がないが、色白で背が高く、中性的な容姿で、女生徒に人気があった。


 ナビゲーターの助言に従い、三班は最初にスライムと戦っていた。


 如月は持っていたバタフライナイフで、スライムのコアを突き刺す役割だが、なかなかうまく当たらない。何とか六人ががりでスライムを押さえ込み、コアを破壊して、ようやくスライムを倒した。


「はは、スライムってこんなに強いのかよ。ゲームのようにはいかないな」


 空手部の権田ゴンダが汗を拭きながらホッと一息ついた。権田はロールは空手家、スキルは空手で、魔法は使えないとのことだ。リアルのまんまだった。


 加世子が顔を押さえながら泣いている。どうやら、最後にスライムの酸が顔にかかってしまったらしい。名前を思い出せないもう一人の女生徒が、加世子の肩を抱いて慰めているが、なかなか加世子は泣き止まなかった。


「治す方法はある?」


 女生徒がナビゲーターに助けを求めた。俺はナビゲーターを見て驚いた。五班のナビゲーターのカナと全く同じ容姿だったのだ。


(双子にしても似過ぎだ。背格好も着ている服も、話し方や声もまるで同じだ)


「キュアの魔法を覚えれば、火傷の跡は消えます。加世子様がレベル10になれば覚えられます」


「え? 治るの!? レベル10って、どれぐらいの魔石が必要なの?」


 加世子がナビゲーターに縋りついている。


「25600ポイントです」


「に、二万!?」


 先ほどスライムを一匹倒すのに十分近くかかった。魔石は砂粒ほどのものが一つで、魔石ポイントは1ポイント。このペースで25600ポイントを貯めるには、何年もかかる計算になる。


 案の定、加世子は失望の色を隠せない。だが、一度はうなだれかけた加世子だったが、もう一度顔を上げて、ナビゲーターに食い下がった。そのとき、光の加減で、加世子の右頬に赤いアザが広範囲にはっきりと見えた。


(かなりひどいな。さすがにこれは可哀想だな)


「スライム以外で私たちが倒せる魔石ポイントの高い魔物はいないの!?」


「群れていないゴブリンなら倒せるかと思います。魔石ポイントは一匹あたり6ポイントです」


 加世子は絶望したのか、ガックリとうなだれた。加世子は絵梨花とは違ったタイプのキュートで男好きのする容姿で、男子から人気があった。如月からも加世子に想いを寄せている気持ちが伝わって来た。


「他に方法はないのか?」


 今度は如月がナビゲーターに詰め寄った。如月は、今回の事故が、自分がスライムを倒すのに、もたついたせいだと自分を責めていた。

 

「人間の魔石は最低でも12000ポイントあります。加世子様が人間を三人殺せば、レベル10になります」


 ナビゲーターのこの言葉で、場が凍った。


「ば、バカなこと言わないで。私たちが殺し合うわけないじゃない。ねっ、加世子」


 名前を思い出せない女生徒がすかさず否定した。


「もちろんよ。そんなことをしてまで、火傷を治したいと思わないわ。ファンデーションで隠せば目立たないし。地道に魔物を倒していけば、もっと魔石ポイントの高い魔物を倒せるようになるわよ。ねっ、そうでしょう? ナビゲーター」


「はい。すぐに次の魔物を仕留めに行きましょう。二百メートルほど先にスライムがいます」


「休む間もなく、またスライムか。でも、次はもっと上手くやる。女子は酸がかからないよう後ろから支援してくれ」


 権田が空気を変えたいと思ったのだろう。陽気な声で皆を鼓舞したが、他の五人は、疲れたようにナビゲーターの後をダラダラと歩いていた。


 無理もないと思う。安全な日本での暮らしから、突然、強制的に魔石鉱夫にさせられて、命がけで魔石採取をさせられているのだ。


 そして、こんな理不尽さに屈服するしかないのは、言うことを聞かないと殺されるからだ。田中の死は、生徒たちを命令に従わせる絶大な効果があった。


 俺にとっては、ここでの生活は人生のおまけみたいなものだが、コイツらにとっては、人生これからだったはずだ。これが人生では悲しすぎる。


(この生活から抜け出すには、召喚主ヒミカ以上に強くなる必要があるな)


 スライムとの第二戦が始まった。如月以外の男三人で、スライム三匹を囲い込むように動く。如月がバタフライナイフを取り出して、スライムに飛びかかかった。


 如月は速く仕留めようと焦っていた。最初の二匹は運良くうまくさばけたが、三匹目のコアを破壊した後、誤って大量の酸を右腕に浴びてしまい、大火傷を負ってしまった。


「痛い……」


 戦いが終わった後、如月がいつまでも痛い痛いと言っていることに加世子がキレた。


「うるさいわね。痛いのはわかってるけど、どうしようもないでしょう。男の子でしょう。黙って我慢できないのっ?」


「……」


 自分はなかなか泣き止まなかった癖に、と如月は思っていたが、口には出さなかった。


(うん、それ言っちゃ、おしまいだからな)


 続いて、如月の泣きそうな感情が俺に伝わって来た。加世子に希望を与えたくて早めに仕留めようと無理したのだ。この言われようはどうかと思わなくはないが、痛いのは黙って我慢しろ、と俺も思う。


「次から誰がスライムを仕留めるんだ? ナビゲーター、アドバイスはないか?」


 権田が如月と加世子のやり取りを横目にナビゲーターに尋ねた。


「次はゴブリンにしましょう。巣穴はまずいので、巣穴から出て来ている個体を狙いましょう。男性陣が前衛で、女性陣が後衛から魔法攻撃すれば、安全に対処出来ると思います」


「ゴブリンって雑魚じゃないのかよ?」


 男子生徒の一人が足をさすりながら口を挟んだ。彼の足にも酸がかかっていて、ズボンに穴が空いていた。


「ゴブリンも命懸けです。決して油断してはいけません。ゴブリンは200メートルほど先です」


 ここのダンジョンの地下一階は、かつて栄えた都市が地盤沈下した古代都市の廃墟とのことだ。碁盤の目のように縦横にクロスした石畳の道と、石を積み上げて作られた建物から構成されている。


 地上から十メートルほど陥没しているが、日の光は届く。本物のダンジョンは廃墟の都市に古代に出現したダンジョンで、強力な魔物がいるらしい。だが、この廃墟は、日光のおかげで、そんなに強い魔物は出現しない。


 魔物が道に出てくることはほとんどなく、建物の中に潜んでいるが、場所を移動するためや、獲物を捕獲するために、道に出て来ることもある。今回はそのゴブリンを狙う作戦だ。


 道を歩くときもあまり気を抜いてはいけないのだが、少し慣れて来たこともあり、三班は権田を先頭に縦長の列になって、石畳の道を歩いていた。


 如月は気づいていないが、俺は加世子が如月に近づいて来ていることに気がついていた。


「さっきはごめん」


 加世子の声に如月が驚いて、いつの間にか隣を歩いていた加世子を見た。


「いいよ。加世子の言う通りだ。男は黙ってナンボだよ」


「私が魔法を覚えれば、如月の腕も治してあげるから」


 加世子の初めて見せる優しさに、如月は戸惑いつつも喜びを隠せなかった。


(如月、めっちゃ嬉しそうだな。チョロい奴だなぁ)


「ありがとう。早くレベルアップ出来るといいな」


「ええ。ところで、少し頼みがあるのだけど」


「なに?」


「如月のバタフライナイフ貸してくれるかな?」


「いいけど、どうして?」


「男子四人と女子二人でしょう。如月のことは信じているけど、他の三人が心配で、護身用に持っておきたいの。もちろん威嚇用で、実際には使わないわ」


「そうだな。お前、可愛いもんな」


「よしてよ。頬に火傷しちゃって、ただでさえ不細工なのに、ますます見られない顔になっちゃったわ」


「そんなことないって。加世子に謙遜とか似合わないぞ。ほら、ナイフだ。俺はしばらく腕が痛くて使えないから」


「ありがとう。お礼しないとね」


「別にいいよ。同じ班になれただけで俺は嬉しいから」


「如月、優しいね。ありがとう」


(一見ラブラブだが、加世子の笑顔が不自然過ぎる。如月は全く気づいていないが、まさか如月は加世子に殺されるのか?)


 そんな二人のやり取りはナビゲーターの声で中断された。


「おかしいです。四班が我々に近づいて来ます」


「何がおかしいんだ?」


 権田が不思議そうにたずねた。


「ナビゲーターは他チームとの接触を避けるように動くのが定石です。地下一階で一番危険なのは、魔物ではなく、人間だからです」


「どういうことだ?」


「スライム一匹を倒すのがどんなに大変かご理解頂けたと思います。人間一人のポイントは12000以上ですから、人間が一番美味しい獲物なのです。我々は四班から狙われています」


「はん。返り討ちにしてやるぜ」


 権田が強がっているが、緊張した面持ちだ。名前の分からない女は真っ青になっている。


「いけません。四班のナビゲーターが、勝てると思って我々を標的にしたのです。まだ数時間しか経っていないのに、大幅なレベルアップをしたのでしょう。早く逃げるべきです。近くにいる五班に押し付けましょう」


「何なんだよ。これは殺し合いのゲームなのか!?」


 権田が叫んだ。


「皆様、全力で逃げます」


 三班の六人は疲れた体に鞭打って、不眠不休での逃走を開始した。

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