第3話 レベルアップ

―― 御堂絵梨花の視点


 何が何だか分からないうちにダンジョンに放り込まれた。


 しかも、まずいことに、先週お付き合いをお断りした佐藤くんと同じパーティだ。ここ数日、佐藤くんの私を見る目が、身の危機を感じるほど怖かった。桐木くん以外の男子は、佐藤くんと仲がよさそうで、本当に最悪だ。


 桐木くんはこれまであまり印象になかったが、この世界に来てから、何だか不思議な雰囲気のする男の子だと気づいた。出来るだけ、桐木くんの側にいるようにしたい。私を守ってくれるような気がする。


 だが、それ以上に問題なのが、私のステータスだ。一体これは何なのだ。


 氏名 御堂絵梨花

 水準レベル 8

 役割ロール エロ聖女

 技能スキル 悩殺技、応援歌

 魔法スペル チャーム

 称号タイトル 傾城傾国


(普通の「聖女」でいいじゃないっ。何で「エロ」がつくの!?)


 このロールは絶対に知られてはいけない。


「カナ、私のロールとスキルは役に立つの?」


 カナはこう見えて、二百歳以上だという。正確な歳は忘れたらしい。


「はい。ロール、スキルともに、スーパーレアです。テイムの力を持った聖女職で、スキルの『悩殺技』は、ばどんな魔物も操れるという強力な必殺技です」


「し、しないしっ。人間ともしないのに、魔物となんかするわけないじゃないっ」


「そうですか。減るもんではないですよ」


(人としての尊厳が減るわよっ)


「そ、それ以外の能力はどうなの?」


「御堂様は、治癒と魅惑に特化しています。レベル10でキュアとクレイジーを覚えます。キュアは怪我の治療、クレイジーは男性を狂わせて、狂戦士化させます」


「『応援歌』は?」


「どなたかのスキルを継承されたのですね。味方の戦闘力を上げます」


「そうなのね。五班の他の人たちはどうなの?」


「ステータスの開示は班長にのみ行います。現在、班長は決まっていません」


「私が班長になるわ!」


 ステータスは他の人には開示させないからっ。


「班長はパーティ全員で決める必要があります」


 まずい。佐藤くんたちに反対されるに違いない。詰んだかも……。それにしても、男子たち、遅いわね。


「男子たち、何をしているのかしら」


「桐木様がほか三名と戦闘中です」


「何ですって!?」


―― 佐藤に憑依した俺の視点


 絵梨花の後を高校生の俺がついて行こうとしたところを、佐藤は後ろから羽交い絞めにして、部屋に連れ戻した。


 高校生の俺と対峙しているのは、佐藤とその仲間の三人組だ。


「志村、絵梨花とナビ娘が部屋に入ってこないよう見張っていろ」


(あいつ、志村だったか)


 佐藤の指示で志村が部屋の出入口の前に立った。


「藤本やるぞ」


(もう一人の名前も分かっちゃったよ。別に知りたくもないのに……)


 佐藤が藤本に視線を向けた。その瞬間、高校生の俺が素早く動いた。佐藤の方に踏み込んで、間合いを一気に詰め、佐藤の喉に手刀を突き出して来る。


(は、速えっ!)


 佐藤が不意を突かれて、手刀をよけようとしてバランスを崩したところを高校生の俺は、そのまま低い体勢で佐藤にタックルをかました。


 佐藤の体が浮き、背中から壁に叩きつけられた。


「ぐふっ」


 佐藤は後頭部も壁に強くぶつけて、床に座り込んだ。その佐藤の顎を高校生の俺は蹴り上げ、続けてこめかみに靴のつま先を叩き込んだ。佐藤はグッタリとして、床に転がった。


「キル」


 高校生の俺が何かを呟いた瞬間、佐藤の頭に激痛が走り、佐藤は死んだ。


(呆気ないな。しかし、毎回死ぬときに痛いの、何とかならないかな)


 ―― 俺の意識は佐藤から藤本へと移動した。


 藤本は高校生の俺の動きに驚愕しつつも、腕力には自信があるようだ。藤本はボクシングのフットワークで高校生の俺に近づき、ジャブを繰り出した。高校生の俺は床に伏せて、藤本の軸足を思い切り蹴り払った。


(猪木のアリキックかっ)


 藤本が足をすくわれ、横に勢いよく倒れて行く。


 藤本は受け身を取ろうとしたが、高校生の俺は既に立ち上がっていて、受け身の体勢で無防備な藤本の頭を上から両足で思い切り体重を乗せて踏みつけた。藤本はその衝撃で頸椎が折れ、そのままこときれた。


(また死んだ。毎回痛いのが、本当にかなわん)


 ―― 俺の意識は今度は志村に移動した。


(高校生の俺、全員殺す気だな)


 志村は高校生の俺に睨みつけられ、完全にビビっていた。しかし、高校生の俺、無茶苦茶強いじゃないか。一生懸命鍛錬すれば、俺もこうなるってことか。


(いや、強いというのは違うな。こいつらが弱すぎるんだ。召喚主ヒミカを見れば本当の強さは別格だと分かる。勘違いしないようにしないとな)


 志村は部屋から逃げ出そうとしたが、高校生の俺に後ろから襟をつかまれ、床にたたきつけられた。志村は後頭部を強打して脳震盪を起こし、意識が朦朧としている。


「キル」


 また、さっきの呟きだ。恐らく魔法だろう。佐藤のときと同じように頭に激痛が走り、志村は目を剥いたまま、瞬きをしなくなった。


 ―― 次の俺の憑依先は何と高校生の俺だった。


(次は俺が死ぬのか!? ……、いや、多分、違うな、死神の言っていた一日三分の充電タイムだろう)


 俺の脳内にレベルアップの通知が流れているところだった。


<<三人分の魔石36000ポイントを取得しました。レベルが10に上がりました。パージの魔法を覚えました>>


 氏名 桐木勇人

 水準レベル 10

 役割ロール 殺人鬼、死神の使い

 技能スキル 殺人技、臨終憑依、一念通天、

    剣術、ボクシング、槍術

 魔法スペル キル、パージ

 称号タイトル 絵梨花の騎士


 ステータスが表示された。俺はロールとスキルに驚いた。


 死神め、密かにスキルをつけるとか言って、思いっきり表にでているじゃないか。召喚主ヒミカにバレると不味くないだろうか。それとも、俺からしか見えないようになっているのだろうか。


「剣術」と「ボクシング」と「拳法」は、佐藤たちから取得したスキルだと思われる。どうやら、殺すとスキルを奪えるようだ。


 称号は死神の言った通りだが、絵梨花には恥ずかしくて見せられん。


 三人の魂が集まって、元の世界にいっしょに帰って行った。


 奴らの計画は許せるものではないし、死んで当然とも思うが、異世界転移などなければ、佐藤は失恋の痛手を乗り越えて、人間的に成長しただけで、こんな騒ぎは起こさなかったかもしれない。


(まだ、高校生のガキなんだよな。やり直しの機会を与えるべきだったかもな)


 あまりにも簡単に次々とクラスメートが死んでいくことに、少し理不尽を感じ始めていたところに、絵梨花が戻って来た。


「桐木くん。大丈夫?」


 耳をくすぐるような可愛らしい声に俺が振り向くと、息を切らした絵梨花が立っていた。


「御堂さん、佐藤たちがいきなり襲って来て……」


 おおっ。やはり臨終憑依ではない。普通に話して動ける!


 高校生のときは、絵梨花とは恥ずかしくて目もまともに合わせられなかったが、さすがおっさんの俺だ。しっかりと絵梨花の目を見て話せるぜ。


「佐藤くんたちはどこに?」


 俺は床に目を落とした。絵梨花は床に落ちている赤い石を三つ見つけて、表情をこわばらせた。


「魔石を回収します。全部で360日分のノルマ達成です。お一人あたりですと180日分となります」


 カナが魔石を一つずつ拾って、腰のポシェットにしまった。


「御堂さん、俺が怖くなったか?」


「……ううん。でも、少し時間が欲しい。心の整理がすぐには出来ないの……」


「ああ、もちろんだ」


 俺は視線をカナに移した。


「それで、スライムを倒しに行くのか?」


「方針を変更します。他の班が強くなる前に、殲滅することをお勧めします。まずは三班を攻撃しましょう」


 ルカがとんでもないことを言い出した。


「さすがにそれは同意出来ないぞ。御堂さん、どうする?」


「えっと、まず、班長を決めようっ」


 何だ? 唐突に。


「お、おう」

 

「私が立候補したいのだけど、反対かな?」


 絵梨花は仕切りたいのか? 意外だな。控えめな性格だと思っていたぜ。


「いいや、班長は御堂さんでいい」


「そう、よかった。これからよろしくね、桐木くん」


「ああ」


 絵梨花との二人だけのパーティって素敵すぎるじゃないかっ。


 しかし、それを楽しめるのは一日三分間だけ。


 ちくしょう。俺はウルトラマンかっ。


 俺の意識は次の憑依先へと移動して行った。

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