第5話 躊躇しない女

―― 如月の憑依視点


 一日目が終了し、魔石を納品する時間となった。


 三班は四班の追跡から逃げ切ることには成功したが、ポイントの獲得は十分に出来なかった。


 そもそも一人一日100ポイントなんて、初日から達成できるのだろうか。武器も防具も与えられず、全員がレベル1で、席順で決められたパーティで。


「サイコロで決めよう」


 権田がサイコロを取り出した。一人ずつサイコロを投げて、一番小さい数字の人を一番大きな数字の人が殺すというルールだ。


 だが、サイコロを振る必要はなかった。絵梨花が、希望する班に12000ポイントを無利子で貸し出すと申し出たのだ。返済は二十日後でよいそうだ。


 その話をナビゲーター経由で聞いて、各班は泣いて喜んだが、俺はポイントが分散されるのを回避したのではないかと考えた。ここで各班が一人ずつ殺したら、12000ポイントが、各班に流れてしまうからである。


(高校生の俺の考えた策略ではないか? あいつは絵梨花のことしか考えていないからな)


 契約は各班のナビゲーターと絵梨花の間で結ばれた。


「これから20日間は、御堂様が三班の分の納品を私にするそうです。20日後に私が三班から12000ポイントを回収し、御堂様にお返しする契約となっていますので、20日後までに12000ポイントをご用意ください」


 三班のナビゲーターは、600ポイントを絵梨花から受け取り、代わりにどこから取り出したのか、一日分の食事と水を三班のメンバーに支給した。


「クリーンの生活魔法を皆様にかけます。衣服や身体が綺麗になります」


「ああ、気持ちいいっ」


 女子二人が嬉しそうだ。ちょっと卑猥に聞こえたのは俺だけだろうか。これだからおっさんは困る、と自分でも思う。


 三班は徹夜だったので、睡眠を取るようだ。睡眠の間は、ナビゲーターが部屋を封印して、魔物が入らないようにしてくれた後、報告のために消えてしまった。


 女子二人は別の部屋で寝ている。如月たち男四人は同部屋だ。布団のようなものが四セット並べてある。如月は疲れていたようで、腕の痛みにもかかわらず、すぐに眠りについた。するとつられて俺も眠ってしまった。


***


 何時か分からないが、ナビゲーターに起こされた。


「メンバーをこのまま維持したいのであれば、十九日の間に12000ポイントの獲得が必要です。計画的にレベルを上げつつ、魔石を収集していきましょう」


 十九日間の時間的猶予が出来たため、ナビゲーターが計画を説明し始めた。俺が思うに、各班のナビゲーターは、初日は一人を犠牲にする前提でいたのではないだろうか。


 ナビゲーターが紙に三班のステータスを列記した。班長は権田だが、全員が称号以外の各自のステータスの公開に同意していた。名前の分かっていなかった生徒の名前が分かったが、ナビゲーターが達筆な日本語を書くのを奇異に感じた。


 ゴンダ  空手家 空手

 サエキ  大工  木工

 スズキ  鍛冶屋 鍛治

 キサラギ 侍   刀技

 カヨコ  小悪魔 治癒 デトクス

 レイア  魔女  魔術 ファイア


(加世子、よく公開OKしたな……)


「三班はバランスの取れたパーティ構成だと思います。カヨコ様が回復魔法キュアを使えるようになれば、思い切った作戦を取ることができますが、それまでは慎重な対応が必要です」


 ナビゲーターはサエキとスズキに武器や防具の作成を依頼した。その間、権田とレイアでゴブリンの単体を狩った。これは魔石の採取というよりも、ゴブリンとの戦いに慣れるための訓練で、三班の最終目標はゴブリンの巣の攻略だった。


 三班は空家を拠点にして準備を始めたが、如月は腕の火傷が酷く、しばらく治療に専念することになった。加世子はサエキやスズキの手伝いをしたり、植物にかぶれたときの治療を行っていた。


(へえ、みんな協力していい感じじゃないか。加世子がこんなに働くなんて意外だ)


 だが、如月は完全にお荷物状態だった。如月もそれが負い目で、何とか貢献したいと手伝おうとするのだが、慣れない片手作業で、せっかく作った防具をひっくり返してしまい、スズキから治療に専念してくれと言われてしまった。


 如月はその結果、その日一日を一人拠点で過ごしていた。するとそこに、暗い顔をした加世子が一人で帰って来た。


「加世子、お帰り。他の連中は?」


「スズキくんに酷いこと言われちゃった……」


「え? どんな?」


「左側に来ないで、右側にいてくれって……」


 左側だと加世子の火傷の右顔が見えるということなのだろうが、果たして素朴で優しいスズキがそんなことを言うだろうか?


 だが、如月はすぐに加世子を信じた。


「あの野郎、そんな酷いことをっ」


 ちょうどそのとき、スズキが帰って来た。加世子を探しているような様子で、加世子を見つけてホッとした表情を見せた。


「姫島さん、驚いたよ。急にいなくなったので、事故にでもあったかと思って心配したよ」


 加世子は如月の後ろに隠れるようにしている。


「おい、スズキっ。お前、よくも加世子を傷つけたなっ」


 如月は左手にサエキの作った木刀を持っていた。如月のただならぬ剣幕にスズキは後ずさりした。


「如月くん、何のこと?」


「お前っ、加世子に左に来るなと言ったそうだなっ」


 スズキはきょとんとしていたが、何のことか思い出したようで、クスッと笑った。


 如月はそれでプツりと来てしまった。一気に間合いを詰め、木刀をスズキの脳天に打ち込んだ。剣は左手が主で右手はそえるだけでいい。一振りぐらいは右腕が痛くても打ち込める。


 スズキは咄嗟に避けることが出来ず、頭が割れ、血を吹き出しながら、倒れてしまった。


 如月は興奮した様子で加世子の方に振り向いた。


「こいつ、笑いやがったから」


「ありがとう。如月」


 加世子はそう言って、如月の胸に飛び込んで来た。


 如月は驚いたが、自分の胸に顔を埋めている加世子を動く方の左腕で抱こうとしたとき、加世子にバタフライナイフで首を刺された。


「カカッ」


 俺もまさか加世子がこのタイミングで刺して来るとは思わなかった。哀れな如月の意識が突然途絶えた。即死だった。如月は何が起きたのかもわからないまま死んでいった。


―― すると俺の意識は今度はスズキに移動したらしい。


 スズキは失神していて、何もスズキからは感じないが、まだ生きている。


(ひょっとして加世子はスズキもやるんじゃ……)


 血まみれのカヨコが、無表情にナイフを振りかざし、スズキの首も刺した。


(こいつ、二人もやりやがった!)


 女子高生だと馬鹿にしてはいけなかった。精神的に未熟なゆえに追い込まれやすいし、後先考えずに短絡的に行動を起こす。人生は長いのに、今だけのことを考えて、行動に移してしまうのだ。


 スズキは名前も顔も覚えていないので、高校時代での交友はなかったはずだが、今日一日の行動を見る限り、とてもいい奴だった。こんないい奴が簡単に殺されるのは間違っている。


 だが、顔の半分が火傷でケロイド状になりつつあって、精神不安定な加世子を一方的には責められない。ちゃんとケアをしてやるべきだった。


 男たちが殺されていくのは、女生徒を全部俺のモノにする作戦には、願ってもないことなのだが、いくらクズな俺でも、若い命がこうも簡単に奪われて行くのは、さすがに気の毒に思う。


(何とかしないとまずい。こいつらは直情的に動き過ぎる。何とかしないと……)


―― そして、俺は久しぶりに自分の身体に戻った。

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