♯36 リニューアル対決! 後編

 何平米あるかも分からないほど広い駐車場はほぼ満杯に埋まっていた。


 駐車場の誘導員は何名も出ておりとても混んでいる。


「うげぇ、すごい人」

「これは今日は厳しいかもですね」

「ですね、今日は早めに値下げしましょう」


 車のハンドルを回しながら、助手席に座っている綾瀬あやせさんと今日の夕方の話をする。


 これじゃ今日のうちの売り上げはとても厳しそうだ。


 そうなると、俺たちは極力ロスが少なくなるように立ち回らないといけない。


「……ちょっと失敗だったかな」


 そんな言葉が漏れてしまった。


 三郎さぶろうさんにも言われたが、部門員のできることって限られている。


 良い売り場を作ってもそれが必ず売り上げに直結するわけではない。


 地域で一番の売り場を作っても、地域でナンバーワンの店になれるとは限らない。


 それがスーパーの難しい所かも……。


 立地、客層、地域性、色んな条件で店の売上が変わってくる。

 

 チーフがどうのこうのの前に、そもそもの店の容量キャパシティが決まっているのだ。


 その決まった容量キャパシティの中で、俺たちは出来ることを精一杯模索しなければならない。


 仮に高級品の大間の本マグロを品ぞろえできたとしても、それが必ず売れるとは限らない。


 むしろ、普通の店でそれを陳列したら売り場の見栄えこそは良くてもほとんど実売には繋がらないだろう。


 今回、俺が作った売り場は明らかに店の容量キャパシティを越えてしまっている……。


 それは必ず商品の値下げや廃棄といった形になってしまう。



大和やまと、向こうの店に言ったら好きな売り場作ってみろ)



 確か、チーフになったときにこんな言葉を大木おおきさんに言われた。


 今、思うとこの言葉の本当の意味が分かってくる。

 

 最初は店のキャパなんて気にせずに自由にやれって。


 最初しか自由にできないぞって意味だったのかもしれない。


「チーフ?」

「あっ、すみません!」


 駐車場から鮮魚売り場に向かって歩いている途中、綾瀬あやせさんに心配そうに声をかけられてしまった。


 しまった、ちょっと一人で考え込んでしまった。


「売り場って難しいですね」

「ですね」

「今は私たちにできることで頑張るしかないと思います。なのであんまり落ち込まないでください」

「すみません。そうですよね」

「良い売り場作っていれば、お客さんはきっとついてきてくれますよ。それに良い売り場を作っているのはお店の人はみんな知ってますので! 従業員のみんなだってお客さんなわけですし」


 そうだよ。全部、綾瀬あやせさんの言う通りだ。


 今回は気持ちが入れ込んでいた分、気落ちしてしまっていた。


「よし……! じゃあ売り場を見て勉強をさせてもらいましょう!」

「はい!」


 気を入れ直して、俺たちは大木おおきさんのいる鮮魚売り場に行くことにした。




※※※




「らっしゃーせぇえ!」


 鮮魚売り場に行くとすぐに活気のある声が聞こえてきた。


 相変わらず綺麗な売り場だ。


 鮮度感の演出もばっちりだし、お魚の切り方ひとつとっても熟練の技を感じる。


 でも、これだけなら俺の売り場だって絶対に負けていないと思う!


 三郎さぶろうさんの切り身は決してここのお店に引けを取っていないし、綾瀬あやせさんや他のパートさんが作るお刺身だって負けていない!


 商品の作り方、売り場の演出も劣っていないと思う。


 ……だが決定的に違うことをこの店はやっていた。


「ライブ販売かぁ」


 鮮魚売り場のド真ん中には、平台に囲まれた作業スペースが出来上がっていた。


 そこには大きなまな板が置かれている。


 今、丁度マグロの解体ショーをやっているところだった。


大木おおきさんだ」


 補助をする人は数名いるが、解体ショーをメインで行っているのは大木おおきさんだった。


 解体ショーって普通は専門の業者さんがやるのだが、大木おおきさんが刀みたいな包丁を持って手際よくマグロをサクにしている。


 その解体ショーの周りは沢山の人だかりができていた。


「ここがマグロの中トロの部分だよ! 中トロ! 中トロ欲しい人はいないですか!」

「はーい! おいくらですか?」

「お姉さんは綺麗だから1000円でどうでしょうか!?」


 お姉さんと呼ばれた人はお世辞にも若くは見えない。多分、六十代から七十代くらいの人だと思う。


大木おおきさんらしいなぁ)


 まるで市場みたいだ。

 お魚屋さん独特の活気が周囲に満ちている。


「もー、お上手なんだから」

「そんなお姉さんにはおまけでマグロの目ん玉も付けちゃうから!」

「えー! やだー!」

「煮つけにすると美味しいんだよ! コラーゲンがいっぱい入ってるんだから! もっと若返っちゃうよ!」


 そうそう、あの人はずっとあんな感じで仕事をしていた。


 口が上手くて、やたら勢いがあって。


 そして、とても楽しそうだった。


「はい、ここがマグロの中落ちになる部分だよ! 誰か! 誰か! 欲しい人はいない!? 中落ちは希少部位だからね!」

「100円で欲しい!」


 小さな男の子が大木おおきさんに声をかける。


「がはははは! それじゃ俺が会社に怒られちゃうよ! お母さんにお小遣いもらってからきてね!」

「僕もマグロの目ん玉欲しい!」

「そっち!? 仕方ないなぁ、じゃあ目ん玉はタダであげるから!」


 大木おおきさんが優しくその男の子に返事をする。


「生マグロのサクはね! 一回、冷蔵庫で寝かせてほうが美味しく食べられますよ! おろしたては少し臭みがありますので!」


 売り場が完全に大木おおきさんの色に染まっている。


 お客さんも次から次へと集まってきて、まるで一種のエンターテイメントみたいだ。


「あれはできないなぁ……。それにあのサイズのマグロは俺には解体できないし」

「そもそもうちの売り場では作業台を作れないですからね」

「ですね。あれば、江尻えじりさんにサンマの頭の落としのライブ販売やってもらおうと思ったのですが」

「地味!」


 綾瀬あやせさんも目を輝かせて、マグロの解体ショーを見ている。


 マグロの大きさ的には多分40kgくらいかな。


 仕入れ金額では10万円くらいすると思う。


 あれはうちの店ですることはできない。


(負けた……のかな)


 悔しい気持ちはもちろんあったが、それ以上に今この売り場に包まれている雰囲気が心地良かった。




※※※




 マグロ解体ショーが終わり、ひと通り売り場の視察が見終わった。


 正直な感想は、やはりうちの店では限界があるということ。


 イベントスペースに聞いたことのある芸人さんの名前が書いてあったし、売り場の入口には有名なキャラクターの着ぐるみが子供にバルーンを渡したりしていた。


 うちの会社では絶対にこんなことはできない。


綾瀬あやせさん、とりあえず戻りましょうか」

「はい」


 肩を落としながら店から出ると、駐車場の端っこにある喫煙所がふと目に入った。


「なにやってんだあの人……」


 そこの喫煙所には大木おおきさんがいた。


 大木おおきさんがやり切った顔でタバコを吸っている。


 ちゃんとエプロンは脱いで従業員かどうかは分からなくしている。


綾瀬あやせさん、俺ちょっとだけ行ってきていいですか?」

「はい! 大丈夫ですよ!」


 多分、休憩中かな?


 俺は再度、大木おおきさんに話しかけてみることにした。

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