♯35 リニューアル対決! 前編

 親の力とは偉大なり。


 結局その日は遅くなってしまったのだが、家に帰ると俺の心配してたことなんて一切なくて汐織しおりはいつも通りになっていた。


 むしろちょっとスッキリした顔をしていたくらいだ。


「な、何かあった!?」

「なーんにもありません! 本当に何もありませんでしたから!」

「絶対に何かあった言い方じゃん」


 若干、うちの親の影響を受けているような気がする……。


 汐織しおりのお父さんとお母さん、そしてうちの両親との間で何があったかは教えてくれそうにはなかった。


 まぁ、いいか。このことはあまり気にしないようにしよう。


 きっと俺には話しづらいあることもだろうし。


 ……多分、俺と汐織しおりだけだったらどこかで決定的なすれ違いが発生していたと思う。


 でも、色んな人のおかげでそうならずにはすんだ。


 俺たちは、誰かに支えられているっていうことを今更ながら実感した。


 そのことに最大限の感謝をしないと。



 ――その後、会議で話し合われたリニューアル対策は慌ただしく行われた。



 主な会議の内容は以下の通りだ。


・競合店との値合わせは必ずすること。主要商品はそれ以上に安くすること。


・対策期間中は店舗の利益率について全く言及しないこと。売り上げ最優先で頑張ってほしいとのこと。


・期間中は自店だけの特別広告を行うとのこと。


 この会社にそれなりの年数いるが、自店だけの特別広告は初めての経験だった。


 青沼あおぬまバイヤーも頻繁に店にくるようになり、綾瀬あやせさんを交えて何度も打ち合わせをした。


綾瀬あやせさん、変わったね」

「え? そうですか?」

「うん、これからも頑張ってね」


 そんな会話をバイヤーと綾瀬あやせさんがしていたのを見かけた。


 変わったっていうのは良い方向に……の話だと思う。多分。


「バイヤー! ちょっと教えてほしいことがあるんですけど!」

「おっ、なになに?」


 ちなみに江尻えじりさんはバイヤーが来るとよく質問するようになった。


 新人がバイヤーに臆せず質問できるってすごいと思う。


 ……。


 ……。


 すごいにはすごいけど、俺はこいつの真の意図を知っている。


「バイヤー! これはどうやって切ればいいですか? コツを教えてくださーい!」

「それはね――」


 ほ、本当に最速でサブチーフを狙ってやがるな……。


 今度からびりじり風香ふうかって呼ぶことにしよう。


 若い子、しかもやる気のある子に教えを乞われてバイヤーもとても嬉しそうだ。


 他のみんなも仕事に協力的だ。


 特に三郎さぶろうさんは今まで手を抜いていたなってくらい仕事のスピートとクオリティが変わった。


 大木おおきさんのことは三郎さぶろうさんも思うことがあるらしく、まさに目つきが変わって仕事をするようになった。


 かくいう俺も、今までの自分の経験と知識を生かして本気になって売り場を作った。


 充実した品ぞろえ、徹底した鮮度管理、欠品のない売り場、POPによる売り場の演出。


 自分で言うのもなんだが、本当に良い売り場が作れていると思う。


 売り場のクオリティだけだったら絶対に大木おおきさんに負けていないと思っている。


 全部の歯車が上手く回っている。


 そんな感覚さえあって、今までにない充実した毎日だった。


 みんなの協力もあって、自分の出来ることは本当に全部できたと思う。


 ――そして、ついにライバル店のリニューアルオープンの日がやってきた。




※※※




 七月一日、ライバル店リニューアルオープンの日。 


「……」


「……」


「……」


「……」


 ひゅーと売り場には閑古鳥が鳴く。


 平台のトップにあるマグロの頭がむなしくこちらを見つめている。


 心なしかマグロの目も悲しそうだ。首だけになってるけど。


「まぁ、予想通りだね」


 三郎さぶろうさんの無慈悲な一言が作業場を貫いた。


 リニューアルオープン対決。


 どう考えてもに後出しが有利。


 新しいものは新しいものに上書きされていくのだ。


 日本人は新しいもの好きって言うしね……。


「悪い売り場じゃないと思うんですけどねぇ」


 あまりにも分かりやすい負け惜しみを吐いてしまった。


 本気で勝つ気で売り場を作った。


 今までにないくらい真剣に仕事と向き合った。


 だが結果はこれである。


「こればっかりは俺たち部門員じゃどうしようもないよ」


 三郎さぶろうさんに慰められてしまった。


「でも! この売り場を維持すればお客さんは必ず戻ってきてくれますよ!」


 綾瀬あやせさんにも慰められる。


 維持できるかなあ……。


 大木おおきさんに負けまいと意気込んでいたけど、結果がこれでは心が折れそうだ。


「ズルいですよねぇ、大手であんなことやられたらこっちはたまったもんじゃないですよ」

「確かになぁ」


 江尻えじりさんのそんな言葉に素直に同意してしまった。


 うちの会社も頑張ったとはいえ、販促の規模も元からのネームバリューも段違いだ。


 そもそもリニューアルに対するスピード感だって半端じゃなかった。


 これが大手の企業……会社としての力の差も感じてしまった。


「でも、確かに綾瀬あやせさんの言う通りです! このままこの売り場を維持できればお客さんも喜んでくれますよ!」

「そうです! そうです!」


 すっかり俺の右腕になってくれた綾瀬あやせさん。

 見事に俺の太鼓持ちまでしてくれている。


大木おおきさんは来てないな……)


 この一ヶ月、売り場はずっと気にしていたが大木おおきさんの姿を見つけることはなかった。


 リニューアル後、一回くらいはこっちに視察に来ると思うのだが……。


 純粋に悔しい。


 本当に大木おおきさんに勝とうと思っていたのに。


 ……そもそもどこが勝利条件なのかはよく分かっていないけど。


 売上? 品揃え? お客さんの数?


 そこがあやふやのまま突き進んでしまった。


「……綾瀬あやせさん。ちょっと向こう見に行ってみましょうか」

「分かりました!」


 みんなの了解を得て、俺は大木おおきさんがいる新店を見に行くことにした。

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