♯29 恋人としての白河さん②

「最近、お忙しいですか?」


 ゴールデンウィークも折り返しにかかろうとしていた日の朝の六時。


 今日もいつも通り汐織しおりと一緒に朝ごはんを食べていた。


 朝ごはんを取る習慣はなかったのだが、いつの間に汐織しおりと一緒に取るのが日課になっていた。


「うーん、そこそこかなぁ」

「そこそこですか」

「六時半出社で十分間に合うからね」


 忙しいといえば忙しいが、思ったほどではなかったというのが本音だ。


 ゴールデンウィークが始まったばかりの頃は、早朝五時に出社にしていたのだが思ったよりも作業が余裕だった。


 優秀な部門員さんと応援にきてくれる人たちのおかげだと思う。


「明日はお休み取れるんですよね?」

「うん、だって明日は汐織しおりのお父さんとお母さんも来るんでしょう」

大和やまとさんのお父さんとお母さんもですよ」


 そして、明日は俺たちの一大イベントが控えていた。


 汐織しおりとうちの両親の初遭遇。


 そして、水野みずの家と白河しらかわ家の初顔合わせの日である。


「……」

汐織しおり?」

「あっ、すみません」


 汐織しおりが珍しくボーっとしている。

 俺が声をかけると目をふせてしまった。


「どうしたの? 具合悪い?」

「……いえ、最近ちょっと寂しいなぁと思ってしまいまして。ゴールデンウィークで一人で家にいることが多いからでしょうか。」

「昨日は三郎さぶろうさんの娘さんと遊びに行ったんでしょう?」

絵真えまさんです。それはそうなんですが」


 何故か汐織しおりが泣き出しそうな顔になってしまっていた。


「すみません、お仕事前にこんなことを言ってしまって。ちょっと昔のことが懐かしくなっちゃったのかもです」


 汐織しおりが、部屋の端っこに置いておいた山上やまがみさんのお土産をチラッと見た。


 あっ、そうか。


 小西こにしさんと山上やまがみさんの話をして、少し昔を思い出しちゃったのかな。


「これから大和やまとさんはもっともっと私の知らない沢山の誰かに慕われていくわけですよね……」

「そうなればいいなぁとは思っているけど……」

「前は私も大和やまとさんと一緒にお仕事してたのになぁ」

「でも今は前よりも一緒にいるでしょう?」

「そ、それはそうですよね……」


 どこか歯切れ悪い会話が続く。

 汐織しおりの様子がやっぱりおかしい。

 

「あっ! そろそろ行かないと」

「す、すみません! 今日はちょっと不安定な日みたいで……。今日のお弁当です!」


 まだ早朝なのに何度も謝られてしまった。


 俺はお弁当を受け取ると同時に、汐織しおりの体を抱きしめた。


「今日はなるべく早く帰ってくるから」

「ぐすっ……。よろしくお願いします」


 汐織しおりにもこういう日があるんだな。


 元は職場で出会った関係なのに、昔の話をして寂しがらせてしまったのかもしれない。


「ゴールデンウィークが終わったら仕事もちゃんと落ち着くと思うから、そのときは汐織しおりの言ってたデートに行こう」

「はい、楽しみにしてます」


 汐織しおりが痛いくらい俺の背中を握りしめていた。




※※※




「――ということがありまして」


 今日の朝あったことを、同じ女性の江尻えじりさん・綾瀬あやせさんに相談してみることにした。


 ゴールデンウィーク前はあんなに元気だったのにとても心配だ。


「まぁ、女性はそういうときありますよね」

「あるある」


 ……が、女性陣の反応は冷ややかだった。


 プライベートのことを相談するって結構勇気がいるのにさ。


「でも新生活から一ヶ月が経つと色々考えちゃいますよね」

「考えちゃう?」

「このままでいいのかなぁとか。仕事もそうですが」

「う゛っ」


 江尻えじりさんが真面目な顔で話を続ける。


「ほら、私の同期もですがゴールデンウィークを過ぎると辞める人多いので」

「あー……」


 俗に言う五月病ってやつかな。


 会社だけではなく、学生にもあるとは聞いたことあるけど。


 もしかしら汐織しおりは今の生活に不安を覚えて?


 もしそうだとしたら絶対に俺の責任だ……。


「まぁ、白河しらかわさんは違うと思いますが」

「どっちだよ!」

「大変ですね、一緒に住むとなる女性のそういうのにも向き合わないといけないんですもんね」


 ……。


 ……?


 ……あれ? 俺、アホだったかも。


 江尻えじりさんの反応を見てようやく察しがついた。


「ダメですよ。仕事だけにかまけてないで、白河しらかわさんのこと気にしてあげないと。ただでさえ、いつも一歩引くような彼女さんなんですから」

「正論でぶん殴られている」


 確かに最近は応援のこともあり、プライベートよりも仕事に集中していたかも……。


「あ、綾瀬あやせさん、今日はいつもより早めに上がっても大丈夫でしょうか……?」

「お任せください、師匠!」


 綾瀬あやせさんが、俺の言葉に快諾してくれた。

 みょ、妙に舎弟ムーブが板についているような気がする。


水野みずの君、綾瀬あやせさん! ちょっといい? 緊急でチーフ会議を開きたいんだけど!」


 そんな話をしていたら、店長がいきなり鮮魚作業場に現れた。

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