♯27 応援に来るあの人たち 後編

 ゴールデンウィーク二日目。


 今日は、前の店で一緒に働いていた山上やまがみさんの応援日だ。


「チーフー、それで白河しらかわさんとはどうなったの?」

「特に問題なくやっております……」

「まだ学生だからね、水野チーフがしっかりしないとダメだからね」

「分かってます」

白河しらかわさんのこと寂しい思いさせちゃダメだからね。社会人と学生では時間の流れが違うんだから」


 山上やまがみさんがお刺身を切りながら俺に声をかけてくる。


 昨日は昨日で地獄だったが、今日は今日で地獄だ。


 山上やまがみさんの母親目線の会話が延々と続いている。


「えー、チーフの彼女さんって白河しらかわって名前なんですかー?」


 同じくお刺身を切っていた村上むらかみさんが山上やまがみさんの話に食いつく。


 常盤ときわさんも面白がってその話を聞いている。


「そうなのっ! もうね、本当に可愛くてね~。二人の間を取り持ったのはこの私なのよ」


 なんかやたら話を盛られているような気がする。


 ある意味、小西こにしさんよりこの人のほうがタチ悪いかもしれない。


 ちなみにその小西こにしさんと同期だったという新事実が発覚した三郎さぶろうさんは本日はダウン。


 昨日は一緒に飲みに行ったらしく、今日は二日酔いらしい。


 昨日の作業スピードは見る影もなくなっている。


 そういうところは二人ともそっくりである。


「やーまがみさん! おはようございます!」

「あら~、江尻えじりさんも元気そうね」

「おかげさまでですよ!」


 江尻えじりさんのコミュ力には脱帽するばかりだ。


 久しぶりに会うはずなのに、全然その時間差を感じない。


江尻えじりさんもね、私の娘みたいなものでね」

「えへへ、そうなんですよ。前の店ではお母さんって呼んでたんですよ」

「えー! やだー!」


 取り入るのが上手いなぁ……。


 前の店でそんなやり取りをしているところは見たことねーよ。


「しかし、こんなにうちに応援を出していいただいて大丈夫なんですか?」


 プライベートな話題から仕事の話題に切り替えよう。


 これ以上、あることないこと話されたらたまったものじゃない。


「大丈夫じゃないー? チーフがいたときに比べて暇だし」


 非常に複雑な店舗事情。


 俺が前にいた店は見事に前年割れの数字が続いている。


 チーフとしてどんなもんだいという気持ちもあれば、新しいチーフにはもう少し頑張ってよという気持ちもある。


 この前の江尻えじりさんの練習用のサンマは、俺と入れ替わりに来たチーフが発注ミスをしたものだった。


「というか、誰が応援に行くかで戦争が起きたわ」

「戦争?」

五十嵐いがらしさんも、ほしさんも行きたいって言うから」

五十嵐いがらしさんはともかくほしさんは勘弁してください!」


 蘇る苦い記憶。


 後半は大分改善したが、星さんは圧倒的に仕事のミスが多い人だった……。何度、値付けのラベル直しをすることになったか!


「もー、そんなこと言って。二人とも水野みずのチーフのことは師匠だって言ってるのに」

「い、いつの間にあっちにも弟子が……」

「人徳だよね。居なくなってからそう言ってもらえるのって嬉しいでしょう?」


 山上やまがみさんが全てを見透かしたようなことを言ってくる。


 なんか、この人にこうやってからかわれるのは少しばかり懐かしいな。


「それでね~、水野みずのチーフって――」

「まだ話すことがあるんですか!?」


 自店ではないので力が抜けているせいだろうか。


 今日の山上やまがみさんは本当に楽しそうに仕事をやっていた。




※※※




「それでね~」


 山上やまがみさんのお話はまだまだ続く。


 朝から夕方。出社から退勤間際までになってもぺちゃくちゃと話し続けている。


「や、山上やまがみさん、そろそろ退勤の時間なので片付けを」

「あらら~」


 疲れた。二日連続でドッと疲れた。


 俺、この人たちと毎日仕事してたんだよな?


 たった数ヶ月前の話なのに信じられなくなってきた。


「あっ、渡すの忘れるところだった」


 そう言って、山上やまがみさんが二つの小包こづつみを持ってきた。


「一つは部門の皆さんで食べてくださいな。あともう一つは白河しらかわちゃんに」

「えっ、いいんですか?」

「あっちの店はみんな水野みずのチーフのことが大好きだからね。みんなからのお土産」

「そんな……恐れ多いですよ」

「こっちの店が嫌になったらいつでも戻ってきてね。ってみんなからの伝言」

「皆さん……」


 ちょっとうるっときてしまった。


 異動しても自分のことを忘れないでいてくれるって本当に嬉しい。


「私もあっちの店やめて、このままこの店に来ちゃおうかなぁ」

「それ、昨日の小西こにしさんも言ってました」

「じゃあやめとく」

「あはははは」


 前いた店と今の店は距離的にかなり離れている。車でも一時間半くらいかかってしまう道のりだ。


 交通費は会社から出るといえど、向こうの店からわざわざ応援に来てくれたのは本当にありがたいことだと思った。


「それでね、チーフってうちの値下げをやっていた子と」

「早く帰って下さい」


 山上やまがみさんが女性陣にまた余計なことを話そうとしていた。

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