♯26 応援に来るあの人たち 前編

「ごるぁ! 小西こにし! その切り方はそうじゃねぇだろうが!」

「うるせぇぞ三郎さぶろう! てめぇのやり方は古いんだよ!」


 ゴールデンウィーク初日。

 鮮魚作業場に怒声が響き渡る……。


 本日の応援者は小西こにしさん。


 朝から何故か、三郎さぶろうさんと小西こにしさんのバトルが始まっている。


「ちっとも変ってねぇなお前はよぉ。全然成長してねぇじゃんか」

「そういうお前は相変わらずしけた面しながら仕事やってんな、三郎さぶろう

「お前がにやけながらやっているだけだろうが!」

「客商売やってるんだからもうちょっと愛想よくしろってんだ」


 親父同士が煽り合いながら仕事をやっている。


 だが、作業のスピードはお互い競い合うようにしてやっているので異常に早い。


 俺にはあのスピードで魚を切ることはできない。


「……」


 っていうか小西こにしさん、そんなに早く切れたのかよ!?


 元から技術はすごい人だと思ってたけどさ!


「こーにしさんっ! お久しぶりですっ!」


 江尻えじりさんが小西こにしさんに声をかけた。


「おっ、江尻えじりちゃん! 今日も美人だね~。益々、可愛くなった?」

「そんなことないですよ~。もー、誰にでもそういうこと言うんだから」


 小西こにしさんの表情が一瞬でデレデレになる。そしてあっさり江尻えじりさんに捌かれている。


「いいなぁ、なんで水野みずの君のところばかりこう……。俺のところにはババアしかいないのに……!」

山上やまがみさんも応援に来ますからね。そんなこと言っていると言いつけますからね」


 小西こにしさんがひたすらやかましい。


 応援に来た人とは思えないほど、うちの作業場の雰囲気を掌握している。


「サブチーフも可愛いし……」

「わ、私ですかぁ!?」


 急に小西こにしさんが綾瀬あやせさんに話をふった。


「えへへへ、久しぶりにそんなこと言われちゃったなぁ」

「鮮魚にこんな可愛い子がいるって知らなかったよ~。俺、あっちの店やめてこっちに来ようかな」

「えー、そんなー……」


 あ、あの綾瀬あやせさんがとても嬉しそうに笑っている。


 顔がたらこみたいにほんのり赤くなってしまっている。


 ダメだ、綾瀬あやせさんに小西こにしさんは捌ききれない。


綾瀬あやせさん、あの人はただのセクハラ親父なので鵜呑みにしちゃダメですよ。ただ言ってるだけですから」

「そ、そうですよね!」


 綾瀬あやせさんの背筋がしゃきっと伸びた。


 綾瀬あやせさんには鉄の女のイメージがあったんだけど、それがどんどん崩れていく……。


 もしかしてかなりチョロい人なのでは……? 良い意味でいうと純粋というか。


「ほらー! 水野みずの君はそうやっていつも美味しいとこ取っていく! 前の店でもかっさらって――」

「そんな話は一切なかったですよねっ!」


 俺もつい食い気味に大きな声が出てしまった。




※※※




 お昼の十二時。


 他の部門の方には休憩に行ってもらった。


 今、作業場にいるのは俺と三郎さぶろうさんと小西こにしさんの男三人組。


 久しぶりにむさ苦しい鮮魚作業場になっていた。


水野みずの君、彼女さんとは上手くやっているのかい」

「特にトラブルなくやってます」

「そっか、向こうの店はみんな二人のことを心配してたよ」

「えー、じゃあ近くに行ったら寄ってみようかなぁ。小西こにしさんのいない日を見計らって」

「なんでだよ!」


 今日の仕事は順調すぎるくらい順調だ。


 というか、この二人の仕事はほとんど午前中に終わってしまった。


 ベテランの本気を初めて見た気がする。


「ん? 小西こにしはチーフの彼女さんのこと知ってるの?」

「知ってるよ。だってうちの値下げちゃんだったから」


 あっさり小西こにしさんが三郎さぶろうさんにバラしやがった。


 まぁ、いいか……。


 どうせ三郎さぶろうさんの娘さんと汐織しおりは友達なわけだし、バレるのは時間の問題だっただろう。


「へぇ~、うちの娘とチーフの彼女って友達みたいなんだよね」

「娘って何番目の?」

「三番目。今年、大学一年生」

「もうそんなになるのか」


 今日は三郎さぶろうさんの口数が多い。小西こにしさんとは旧知の知り合いのようだ。


「お二人は一緒に働いていたことがあるんですか?」

「一緒に働くもなにも同期だよ。俺と小西こにしは同期入社」

「はぁ!?」


 初めてその話を聞いた!


 確かにそう考えると、三郎さぶろうさんの今までの反応も納得できるところがある。


「こいつ、馬鹿でなぁ~。女に手を出してばっかりいてさ」

「お前には言われたくないよ。レジの今日子きょうこちゃんと結婚したくせに」


 え!? それも初耳だ。


 三郎さぶろうさんって社内恋愛だったんだ。


 次から次へと新情報が出てくる。


今日子きょうこちゃんは元気?」

「特に変わりなく。ぶくぶく太りはしたけど」

「えー、俺たちのアイドルの今日子ちゃんがー……」


 小西こにしさんががっくり肩を落としている。


 この二人の話は面白いな。仲悪いとは聞いていたけど、なんだかんだで親し気に会話をしている。


「チーフと一緒に仕事しているとラクでしょう? なんでもやってくれるし」

「俺はお前と違って、チーフになんでもかんでも任せてねぇよ!」


 そうだ! もっと言ってやってくれ!


 俺の作業段取りが悪かったところもあるけど、今日の本気の仕事を見ると昔を思い出して段々腹が立ってきた。


「本当に水野みずの君は大木おおきさんに働き方がそっくりだよ」


 三郎さぶろうさんがどこか遠い目をしながらそんなことを呟く。


 まさかこのタイミングでその名前を聞くことになるとは思わなかったからびっくりしてしまった。


大木おおきさんのことご存知なんですか!?」

「そりゃあ、この会社に長くいれば鮮魚の人間で知らない人はいないよ」


 普段ならこのへんで雑談もほどほどにして仕事に戻るのだが、もうちょっとだけ二人の話を聞きたくなってしまった。


大木おおきさんって、結局なんでやめちゃったんでしょうか……。一般社員で働く道だってあったのに」

「俺たちにカッコつけたかったんだろうなぁ」

「え?」

大木おおきさん、結構カッコつけだったでしょう?」


 三郎さぶろうさんが俺の目を真っ直ぐ見据える。


 か、カッコつけって……。


 言われてみれば、確かにそういうところはある人だったけど。


小西こにし、俺は今でも時々思うよ。あのとき大木おおきさんに頼らなかったらって」

「その話はやめようぜ。真面目にやっている水野みずの君にも悪いよ」


 ……なんとなく察しがついてしまった。


 二人とも昔はチーフをやっていたと聞いている。


 もしかして大木おおきさんがかばった人たちって――。


「師匠と弟子の関係を気にするところなんてそっくり」

「うっ」


 三郎さぶろうさんに初めてからかわれてしまった。


「師匠と弟子って?」

水野みずの君は、うちのサブチーフと江尻えじりさんを弟子にしてるんだよね」

「ただのハーレムじゃねーかッ!」


 またしても小西こにしさんの怒声が作業場に響き渡った。


 そろそろ雑談もほどほどにしないと。


 最後に、俺は今まで一番気になっていたことをこの二人に聞いてみることにした。


「……ところでお二人は大木おおきさんが今なにされているかご存知ですか?」

「知らないよ。風の噂では別会社の鮮魚部門に行ったとは聞いたけどね」

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