♯25 GWの鮮魚部門 

 リニューアルオープンからもう少しで一か月が経とうとしていた。

 

 俺と汐織しおりの生活のリズムも段々と整っていき、お互いに毎日これをするという役割分担もなんとなくできつつあった。


大和やまとさん、お弁当です!」

「いつもありがとう」


 その一つが汐織しおりのお弁当作り。


 汐織しおりのマイブームはお弁当のどこかにハートを隠すことらしい。


 一回、見つけることができずに本当に悲しそうな顔をされてしまった。いや、のり弁の二段目の海苔がハートになっているのは分からねーよ。そのまま食べちゃったよ。


汐織しおり、夕飯は質素でいいからね」

「はーい! 分かってます!」

「分かってない顔をしてる……」


 お弁当騒動があって以来、汐織しおりの料理の腕前は異常なくらいに成長している。汐織しおりの成長曲線をグラフにしたらどこで直角になっているところがあるんじゃないかと思うくらいだ。


「ふんふーん♪」

「……」


 かなり大変だと思っていたのに、朝お弁当を作ることを全く苦にしていない。


 むしろ鼻歌を歌っちゃうくらい楽しんでいる。


「ま、毎日こんなに豪華でお金は大丈夫?」

「大丈夫ですよー! 基本は値下げのやつなんで!」


 金銭面に関してもぬかりがない。


 元スーパー店員の俺の彼女は、値下げ商品をしっかり買ってくるようになってしまった。


「いかに安く、いかに美味しく作るかが腕の見せ所ですからね!」

「お、おう……」


 主婦スキルのアップの仕方が半端ねぇ……。


 その他、家事についてもいつの間にかたどたどしさはなくなり完璧にこなすようになっていた。


「それにしても、もうすぐゴールデンウィークですね」

「俺は仕事だけどね」

「でも、大和やまとさんのご両親は来るんですよね?」

「うっ」

「失礼がないようにしないと!」


 何故か今、汐織しおりが手で前髪を直し始めた。


「緊張しちゃうなぁ」

「俺も」

「えっ、大和やまとさんもですか?」


 なんだろうこの変な感覚は。


 自分の親と、自分の彼女のファーストコンタクトってなんでこんなに異物混入感があるのだろうか。


 白河しらかわ家とうちじゃ、本マグロともずくくらいの差があるしな。


「そういえば、うちの両親も遊びに来るって言ってました!」

「初耳なんだけど!?」

「今、初めて言いましたもん」


 汐織しおりが悪戯っぽく笑った。


 汐織しおりめ……! 俺の驚く顔が見たくて黙ってたな。


 まさかこんなに本マグロともずくが会うことになってしまうとは……。

 

「みんなでお食事でもいけるといいですね!」

「う、うん」


 うちの親には事前にでっっかい釘を刺しておこう。


 変なことは言うなよって言っておかないと、絶対に大変なことになる。


「それじゃ、ごみ捨てて行くから」

「はーい、よろしくお願いします!」


 玄関に置いておいたゴミ袋を抱えて、そのまま出社することにする。


大和やまとさん、大和やまとさん」

「どうしたの?」

「忘れてますよー?」


 汐織しおりがこちらに向けて思いっきり背伸びをしている。

 目を瞑って、かかとをぴょこぴょこさせている。


「んっ」


 お出かけ前のキスもいつの間にか約束事になっていた。




※※※




「あっ、今日もまた馬鹿やってきたって顔してますよ」


 早朝の荷下ろしをしていたら、江尻えじりにそんなことを言われた。


江尻えじりさんはエスパーか何かなの?」

「ふふんっ、昔からは勘は良いって言われるんですよ」

「エスパー江尻えじり

「それは芸人になりますよねっ!?」


 今日も元気いっぱいの江尻えじりさん。


 もう完全にうちの部門のムードメーカーだ。


「弟子に対してなんたる仕打ちを……」

江尻えじりさんの師匠は綾瀬あやせさんでしょうが」

綾瀬あやせさんの師匠は水野みずのさんなので、水野みずのさんは私の師匠でもあります」


 ビシッと江尻えじりさんが俺に敬礼をしてきた。


 余程、師匠と弟子の関係が気に入っているらしい。


「そういえば、ゴールデンウィークって鮮魚は忙しいんですか?」

「暇」

「え?」

「暇だよ。売るやつないし」


 ゴールデンウィークの鮮魚部門。


 立地にもよるけど、一年を通して最も仕事量が少ない大型連休である。


 ゴールデンウィークに刺身? そんなに売れません。

 ゴールデンウィークに切り身? いつもと売り上げは変わりません。


 メインとなるのはバーベキュー食材だが、バーベキュー食材は商品加工の手間がほとんどかからない。


 そのまま売り場に出して終わりである。


「まぁ、リニューアル後だから売り場を作るためにちょっとは早朝出勤になるけどね」

「期待させて落とされた」

「帆立はかなり強気に発注したからね。江尻えじりさんの練習にもなるし」

「私の練習?」

「帆立のお刺身。大丈夫だよ、簡単だから」

「おぉ~」


 江尻えじりさんは切り方の話になるとかなり嬉しそうにする。


 いまだに俺の中では青果部門のイメージ残っているけど、案外鮮魚部門も向いてそうだ。


「チーフ、チーフ。応援の日程がきたよ」

「あっ、本当ですか」


 荷下ろしが終わったと同時に、三郎さぶろうさんがある紙を俺に渡してきた。


「うわー、助かる―」


 暇とは言ったが、それはならの話だ。


 リニューアルオープン後は、売り場をしっかり作らないといけないということもあり慢性的な人手不足状態だ。


 なので、こういうイベントがあるとバイヤーから各店舗にうちの店への応援要請を出してくれるのだ。


 新店への興味ということで、結構積極的に応援に来てくれることが多い。


 チーフになる前は、俺も何回か他の店舗に応援に行ったことがあった。


「最悪なんだけど」

「ど、どうしたんですか!? 三郎さぶろうさんそんなことを言うとは……」


 応援に来てくれる人の日程表を見る。

 日付の下には名前が書いてある。


「げっ」


 すぐに三郎さぶろうさんの反応の理由が分かってしまった。


 ・応援者 小西こにし


「見なかったことにしましょうか」

「そうだね」


 あ、あの親父、応援に行くようなキャラではなかっただろうが……!


 どうして今になってこっちに来たがるんだ!


「わー! 山上やまがみさんも応援に来るんですね!」

「ん?」


 後ろから江尻えじりさんもちゃっかり応援の紙を覗いていた。


・応援者 山上やまがみ


 どうやら前の店のツートップがうちの店に応援にくるらしい。


 三郎さぶろうさんが珍しく嫌そうな顔をしていたのが少し気になった。

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