♯30 緊急チーフ会議と競合店視察

 店長が言われるがまま、俺たちは事務室にやってきた。


 狭い事務室の中には、各部門のチーフとサブチーフが集まっていた。


「お忙しい所集まっていただきありがとうございます。ちょっと皆さんと情報共有しておきたいことがありまして」


 佐竹さたけ店長、四十二歳でグロサリー部門出身。


 店長としてはかなり若手のほうだ。


 リニューアル店舗を任された人だということもあり、今一番会社から注目をあびている店長だ。


「近くの大手の総合ショッピングセンターで大規模リニューアルが決まったみたい」


「「「えぇえええ!?」」」


 各部門のチーフから驚きの声があがる!


 かくいう俺もびっくりした。


 大手の総合ショッピングセンター。


 売り場面積もかなり広く、色んなお店が集合している、全国の誰でも名前を知っているようなスーパーだ。


 うちの店はどちらかというと町の中心部に近い所にあるが、そのショッピングセンターは郊外のほうにある。


 うまいことお客さんを取り合わずにすんでいると思っていたのだが……。


 そもそも規模が違い過ぎて、競合にはならないと思っていた。


「今回、本部からそのリニューアル対策をするようにと指示がきました」

「対策!? そもそもそのショッピングセンターのリニューアル時期はいつ頃になる予定なんですか?」

「今のところ六月という噂があるみたい」

「はやっ!」

「完全にうちの店つぶしだっていう噂も出ています」


 青果のチーフが店長に質問をする。


 リニューアル店舗の対策でリニューアルをする。


 こんがらがりそうだが、割とこの業界ではよくある話だ。


「それで、しばらくは向こうの店と“値合わせ”するようにって本部からは指示が出ています」


「マジかー」


「いや、全部の商品は無理ですよ」


「どおりちょっと前から店に足場がかかっていると思った」


 みんなから困惑の声が聞こえてくる。


 かくいう俺も、そう言いたい気分だ。


 値合わせ……競合店の商品と値段を合せること。


 これをやるには毎日競合店の広告の確認と現地に視察に行かないといけない。


 作業を抜けないといけなのでかなり面倒だ。


「いつからその値合わせをやればいんでしょうか?」

「できれば本部からは明日からにでもって通達がきてるね。もし、作業の関係で視察に行けない部門があったら私に言ってください。一緒に見てきますので」


 緊急会議の理由はそれかぁ……。


 仕事が落ち着くのはまだ先になりそうだ。




※※※




「チーフ、明日お休みですよね?」

「は、はい……」

「大丈夫ですよ、気にしないで休んでください」


 浮かない顔をしていたためか、綾瀬あやせさんに気を使われてしまった。


「すみません、ちょっと明日は外せない用事がありまして……」

「私が代わりに見てくるから大丈夫です。分からないことがあったら電話だけはさせてください」


 緊急チーフ会議のせいでお店全体が落ち着かない雰囲気になっている。


 ……こんなときに俺だけが休むってどうなんだろう。


 ましてや、今は他店舗から応援に来てもらっている状態なのに。


綾瀬あやせさん、今日は作業に余裕があるから一緒に見に行っちゃいましょうか。三郎さぶろうさんにしばらくお仕事は任せちゃいましょう」

「そうですね。定番の商品は値段が変わらないと思うので、そのほうがラクかもです。後は基本、広告見ればいいだけですので」


 できるだけ、明日の綾瀬あやせさんの負担は減らさないといけない。


 そう思い、俺は綾瀬あやせさんを誘ってライバル店に視察しに行くことにした。


 


※※※




 車を走らせることニ十分弱。


 その大型ショッピングセンターに着いた。


 普段なら絶対に視察には来ないところだ。


 大手ならではの大規模な商品展開。


 大手ならではのプライベートブランド商品。


 それらがあまりにも自店の参考にならないからだ。


 それでも、イチ社員の俺たちにまで視察に行けという通達が回ったということは、うちの会社はかなりの危機感を抱いているということだと思う。


 大型ショッピングセンターがオープンでしたことで、昔ながらの商店街がシャッター街になってしまったというのはよく聞く話ではあるが……。


「さすがですね。売り場がしっかり作られてます」

「ですね、カラーコントロールも素晴らしいです」


 綾瀬あやせさんと鮮魚売り場に行くと、まずその綺麗な売り場に驚かせられた。


 鮮魚部門の入口には旬の丸物がかなりの種類並んでいる。


 氷の上に乗せられていてかなり鮮度感がある。


 売り場も、赤みの魚と白身の魚がなるべく交互に陳列されておりかなり見栄えが良い。


 商品の作り方も、大家族用の大パックと少ない家族用の小パックもありかなり親切だ。


 売り場の欠品も見当たらない。


 “あっ、ここの部門責任者はかなりできる人だ”


 ある程度、鮮魚部門にいた人間なら誰でもそう思う売り場だと思う。


「かなりレベル高いですね~」

「これがまだリニューアル前だからなぁ。リニューアルしたらどうなっちゃうんだろう」


 綾瀬あやせさんが商品の値段を注意深く見ている。


 競合店視察でメモ帳を広げるのはご法度。


 さすが綾瀬あやせさんはそこのところはよく分かっている。


「あははは、まぐろの頭が飾ってありますよ」

「本当だ! あれって売り場を埋められるからラクなんだよねぇ」

「売り場を埋められる?」

「飾りで売り場の一画が埋まるでしょう? 商品ができるまで売り場をあけなくていいやつだね」


 懐かしいなぁ。


 俺の師匠がよくやる手法だった。


 商品ができるあがるまで売り場をスカスカにしておくのは勿体ないからと、よくそういった飾り物で売り場を誤魔化してたっけ。


綾瀬あやせさ――」


 綾瀬あやせさんに声をかけようとした瞬間、ガラス張りになっている鮮魚作業場が目に入った。


 みんながみんな真剣に魚を切っている。


 普段ならそれで終わりのはずだったのに、俺はある人物が目に入ってしまった。


「え――?」


 スポーツ刈りの頭。


 鮮魚部門らしい強面こわもての顔。


大木おおきさん……?」


 俺に大切なことを教えてくれた師匠がそこで仕事をしていた。

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