♯31 思いがけない再会
「
俺は
まだこの業界にいてくれたこと。
まだ鮮魚部門にいてくれたこと。
それが全部嬉しかった。
「……」
――が、返事は聞こえてこない。
「
聞こえてなかったのかと思い、追いかけてまで
その様子を
「俺、近くの店にいるんですよ!
俺の知っている
「……」
……でも、無視をされてしまった。
聞こえていなかったのではなく、間違いなく無視されてしまった。
「お、
「すみません、他のお客様のご迷惑になるので」
ようやく聞こえてきた言葉は、そんなそっけないものだった。
確かにその通りだ。
この前もそれで
……でも、心にずしっと重しがのせられたような一言だった。
「失礼します」
「……」
色んな感情が自分の中でぐるぐると渦巻いている。
まるでロボットみたいな印象を受けてしまった。
「……お知り合いなんですか?」
唖然としている俺の様子を見て、
「あの人、一応俺の師匠で……」
憧れていた人との思わぬ遭遇に俺の頭は真っ白になっていた。
※※※
ここ数年での一番驚いたかもしれない。
だって、俺はずっとあの人の姿に憧れて仕事をしていたのだから。
俺がチーフになれたのはあの人のおかげだ。
俺が部門の人に優しくできていたのは、
「ちょっとムカムカしてきた」
少し時間が経ち、頭が冷えたら異様に腹が立ってきた。
自分ではあんなことを言っておいて、俺のことを無視しやがったのだ。
俺の知っているあの人なら「男に慕われても気持ち悪いだけだ」とか言ってきそうなのに。
取り残された俺たちが、今までどんな気持ちで仕事をやっていたか知らないくせに。
「
「な、なんでしょうか!?」
「俺、あの売り場に負けたくない」
「えぇえええ! らしくないこと言ってますよ!」
確かに素晴らしい売り場だった。
豪快かつ繊細で、いかにも鮮魚部門のお手本といった売り場だ。
平日でこれなのだから、普段からこの売り場を維持しているということだろう。
これは並大抵の管理能力ではない。
「絶対に、絶対に負かせてやる……!」
「ち、チーフが壊れた」
この仕事をやっていて、初めてこんなに闘志が湧いてきたかもしれない。
絶対にあの人には負けたくない。
負けられないではなく、負けたくない。
そんな気持ちでいっぱいになっていた。
「新店対策、一緒に考えましょう」
「お、おぉ~!」
このことは
※※※
「
店に戻り、さっきあった出来事を
「そっか」
意外にも
「鮮魚は技術職でもあるからね。会社をやめても、他の会社でも鮮魚をやるっていうのはよくあることだし」
「そうですか……」
どうも釈然としない。
他の会社に行ってしまったことが、俺と話しづらいことだったのだろうか。
……俺は全然そんなことを気にしていないのだから、普通に話してくれても良かったのに。
「俺、あの人に負けたくないです」
自分にこんな対抗意識が芽生えるとは思っていなかった。
長年もやもやしていたところが、今ようやくこんな気持ちで発散されているのかもしれない。
「それがあの人への恩返しにもなるのかな」
「え?」
「ううん、俺も協力もするよ。
寡黙な
「丸物の品ぞろえは完全に負けていたので、来週からは丸物の強化をしたいと思います。午前中は売り場に飾って、午後は刺身にしちゃいましょう」
おそらく
そのときに腑抜けた売り場をあの人に見せることなんてできない。
刺身の切り方だって、品ぞろえだって負けていないっていうのをアピールしないと!
「
「はいっ!」
「これからはスパルタで行くから」
「きゅ、急に怖いですって!」
「
「え? でも、外せない用事がって……」
「そっちは早めに切り上げるようにします」
こんな機会は二度とないかもしれない。
あの
俺の今までの仕事人生を賭けてあの人にぶつかってやる。
「よしっ! やってやるぞ!」
そんな俺の様子を
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