♯39 大好きになってくれた

 汐織しおりの携帯をすぐに鳴らしたが留守番電話になってしまった。


 やばい、やばい、やばい。


 実家に帰りますの破壊力やばい!


 仕事に夢中になりすぎて、汐織しおりのことをちゃんと見ていなかった。


 汐織しおりに完全に甘えっきりになってしまっていた。


 思えばこの数か月間、ちゃんとデートもしてなかった


 これでは愛想をつかされて当たり前だ!


 とりあえず次は白河しらかわ家に直接電話してみることにした。


「夜分遅くにすみません! 大和やまとです!」


『あら~、大和やまと君。どうしたの?』


 すぐに汐織しおりのお母さんが電話に出た。


汐織しおりさんってそっちに戻ってますか!?」


『うん、来てるよ。電車で帰ってきたみたい』


「い、今から俺もお伺いして大丈夫ですか!? 夜遅くに大変申し訳ないのですが……」


『大丈夫だけど、どうしたの?』


「直接ご説明しますっ!」


「う、うん?」


 そう言って俺は電話を切った。


 高速を使えば大体一時間くらいで白河しらかわ家には着くだろう。


 仕事を頑張ったことに悔いはない。


 部門のみんなとは仲良くやれているし、綾瀬あやせさんや江尻えじりさんの成長を間近で見ることができるのは本当に嬉しい。


 もちろんリニューアル店舗を背負うことになったプレッシャーもあった。


 でも、そんなプレッシャーの中でみんなと仕事をしていくのは楽しかった。


 みんなと真剣に仕事をするのが楽しかった。


「んっ?」


 ……そんなことを思っていた自分自身にびっくりした。


 ……。


 ……。


 そっか。


 俺、仕事が楽しいと思ってたんだ。


 好きな人と一緒にいられて、第二の家族だと思っている人たちと真剣に仕事ができる。


 その毎日が楽しかったんだ。


 一年前はいつやめてもいいと思ってたんだけどなぁ……。



(そんな考え方はもう古いのかもな)



 大木おおきさんの言葉がふと脳裏をよぎった。


「だからあのときムカムカしたのか……!」


 ハンドルを握る力がつい強くなる。


 汐織しおりに会いたい。


 その気持ちが一層強くなった。




※※※




「お邪魔します!」

「どうしたの? そんなに急いだ?」

汐織しおりに連絡がつかなくて! 実家に帰るって書置きだけがあったので!」

「あー」


 なんだかここの来るのも随分懐かしく感じる。


 家に着くと、汐織しおりの両親はすぐ玄関まで俺のことを出迎えてくれた。かなり切迫していたのに、汐織しおりのお母さんの顔は何故か笑っている。


汐織しおり? 汐織しおりは今日――」

「お父さんッ!」


 お父さんが何かを言おうとしたが、すぐにお母さんに止められた。


 お父さんがよく分かっていない顔をしている。


 もちろん俺もよく分かっていない。


大和やまと君、今日は泊まっていくでしょう?」

「い、いいんでしょうか……」

「もちろん」


 あれ? 喧嘩をしたのかと咎められるとかと思ったのだが、あまりにもいつも通りの反応だ。


 むしろかなり歓迎されている。


「そ、それで汐織しおりは――」

「今、コンビニにアイス買いに行ってるよ」

「アイス!?」

大和やまと君が来るって言うから」


 んっ? あまりにも普段通り過ぎないか。


 実家に帰るって言うからよほどのことがあったと思ったのに。


「……」

大和やまと君?」

「その……この度は失礼があって大変申し訳ございませんでした」


 俺はお二人に頭を下げた。


「い、いきなりどうしたの!?」


 お母さんから焦った声が聞こえる。

 お父さんはただ不思議そうに俺のことを見つめている。


「リニューアルのときも、この前うちの親がきたときも、おかいまいすることができずにすみませんでした。せっかく来ていただいたのに……」

「ぷっ」

「え?」


 お母さんから笑いが漏れた。


「そんなこと気にしていたの?」

「そ、それはもちろんですよ!」

大和やまと君って私たちよりも古風な考え方しているかもね」


 そう言いながらお母さんが玄関にスリッパを用意してくれた。


「ほら、玄関で立ち話もなんだから入ったら」


 お父さんが優しい顔で俺にそう声をかけてくれた。


「……」

大和やまと君?」

「あ、あの! これもいきなりで大変失礼なのは承知の上なのですが、お二人にはどうしても言っておきたいことがありまして――」




※※※




「はぁ、はぁ!」


 俺は汐織しおりが買い物に行ったというコンビニにまで走って向かうことにした。


 早く汐織しおりに会いたい。


 早く汐織しおりの顔が見たかった。


 汐織しおりの家からコンビニはほとんど一本道。


 走っていればそのうちすれ違うだろう。


「ぜぇ……ぜぇ……! 完全に運動不足だ……!」


 早くも息が切れている。


 十代の頃の感覚でいると、自分でもがっかりするほど体力が落ちている。


 趣味でスポーツでもするのもいいかもなぁ。


 プライベートのことにもう少し目を向けないといけないかもしれない。


「あれ? 大和やまとさん?」

汐織しおり!」


 そうこうしていると、エコバッグを持った汐織しおりに会うことができた。










~その頃の白河家~



「お父さん泣いてるの?」


「いや……ちょっと早かったなぁと思って……」


汐織しおりが断る可能性もあるでしょうに」


「それはそうだけど……」


「あなたって大和やまと君にはとても優しいのね」


「あの真面目な汐織しおりが好きになった子だから……。汐織しおりのことは世界中の誰よりも信頼しているから。その汐織しおりが選んだ男の子を親の俺たちも信頼しないと」


「……今どき珍しい子だよね大和やまと君って。普通は親の私たちからは筋を通そうとは思わないのに」


「そう……だな……」


「もう! ずっと泣いてるじゃん! あの子たちが帰ってきたらどうするのよ」


「……」


「私、実は汐織しおりのこととっても心配してたのよ」


「そんなの親だから当然だろう」


「それはもちろんだけど、また違うところでもさ」


「違うところ?」


汐織しおりの方が大和やまと君のこと好き過ぎて困らせてるんじゃないかって。ほら、大和やまと君って人が良いからちゃんと断れなさそうじゃん」


「……」


「でも、安心した。あんなに必死になってうちに来てくれるんだもんね。大和やまと君もうちの汐織しおりのこと大好きになってくれたってことだよね」


「……お前は汐織しおりが断ると思うか?」


「全然。あなたもそう思っているから泣いてるくせに」


「かも……な……」


「笑っちゃうよね。ただ携帯が壊れたから戻ってきただけなのに」

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