♯38 実家に帰ります
――その後、リニューアル対策は継続的に行われた。
利益度外視の安売りは、俺が今まで守っていた部門の利益率を見る影もなくボロボロにさせた。
でも、良い売り場は作っていたのでお客さんの姿は少しずつ取り戻しつつある。
リニューアル当初の勢いこそはなくなってしまったが、それでもリニューアル前よりは良い売り上げを残すことができている。
あの後、少しだけ
「
「そっか、俺たちのこと軽蔑しただろう? 俺も
「俺に言えることは何もないです。それに昔のことなので」
「昔かぁ……」
「それになんとなくそうしなきゃいけなかった理由も分かっちゃいます」
「理由?」
「家族がいるって大変だなって思います。予算が取れなきゃ賞与を下げられたりしちゃいますもんね」
「……君は聞き分けが良すぎるなぁ」
「聞き分けが良いって言うか純粋にすごいなぁと思ってるんです。
「もう首が回らなくなるくらい大変だよ」
「この会社、悲しくなるくらい安月給ですもんね……」
意図的に目を背けていたが給料のことを考えると非常に気が重くなる。
この激務でこの給料とかって考え始めると、ついサボりたくなる気持ちも出てきてしまう。
「だから残業させてチーフ」
「善処します……」
あまりにも気持ちのこもったお願いをされてしまった。
すみません
「というか、
「ぜーんぜん! 全然そんなことないですけどね! 内心、ハラワタが煮えくりかえってますけどね!」
「この仕事やっていると大体人間嫌いになるんだけどなぁ」
「人の話聞いてましたか?」
「知ってるよ、そういうのを今はツンデレって言うんでしょ。娘から聞いた」
「流行り言葉みたいに言ってますけど今は普通に使う言葉ですからね……」
時代錯誤な
そこの部分は
「でも、チーフ。給料を安いって思うってことはその先を考えてるの?」
「その先?」
「自分の将来のこと」
※※※
夕方、
「チーフ、シフト上は明日休みですよね? ちゃんと休んでくださいね」
「はい、そうします」
「えぇええ! チーフが休むって言った!」
「自分で言ってきたくせに!」
素直に返事したのに何故かびっくりされた。
思えば一ヶ月くらいまともに休んでなかったかも。
「
「変なのが混ざってきた……」
「変なのってなんですか! あなたの可愛い弟子の
「自己アピールがひどい」
「大体、部門責任者が毎日いるってちょっと窮屈ですよね」
「うっ」
「気を抜く暇がないといいますか」
「ぐっ」
「まぁ、
「だろうなっ! 本人がいる前でその話をするんだから!」
はぁ……。
とりあえず明日はちゃんと休もう。
明日は
「
「はい、お任せ下さい」
優秀なサブチーフがいると本当に助かる。
前はこうはいかなかったもんな。
前の店に行く機会があったら
「じゃあ
「お任せあれです!」
「刺身にアニサキス入れないでね。俺の休みがぶっ飛ぶから」
「あれだけ
「そんなに
そんなこんなで、リニューアル対決騒動も次第に落ち着こうとしている。
でも、それだけじゃ終わらないのがスーパーのお仕事のつらいところ。
これから土用丑の日は控えているし、地獄のお盆商戦も待っているのだ。
……今年はフルマラソンを走っている気分だ。実際に走ったことはないけどさ。
適当かもしれないが、それはこれからの仕事で分かればいいかなって思っている。
色々あったが、仕事に後ろ向きにならずにいられたのは
明日は
(もう三ヶ月か……)
記念日はとっくに過ぎてしまったけど、今日はケーキでも買っていこう。
そしてちゃんとお礼を言わないと。
※※※
「あれ?」
仕事が終わり家に帰ると珍しく部屋が真っ暗になっていた。
時間は夜の八時前。
おかしいなぁ。この時間なら
どこかに出かけているなら携帯に連絡があるだろうし。
不思議に思いながらも合鍵で玄関の扉を開ける。
「
返事がない。
もしかしたら寝ているのかなぁと思ったが、奥の部屋の布団は綺麗にたたまれている。
明かりを付けてリビングのテーブルを見ると書置きが置いてあった。
「ん?」
“実家に帰ります。明日には戻りますので。 汐織より”
買ってきたケーキをテーブルに置き、俺はすぐに車に飛び乗ってしまった。
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