♯40 水野大和のプロポーズ
「どうしたんですか? そんなに急いで!?」
「はぁ、はぁ! だって急に帰るって言うからっ!」
「わ、私、ちゃんと書置き残しましたよね……?」
「だから実家に帰るって!」
「携帯が壊れたから実家に帰るって書いたんですが……。手続きはこっちでやらないといけないですし。それに明日には戻るともちゃんと」
「……」
しまった。文面の破壊力に惑わされてちゃんと読んでいなかったかも。
も、もしかしてとんだ早とちりをしていた!?
「ほら、汗びっしょりですよ」
「……」
「心配で来てくれたんですか?」
「そ、そりゃあ」
「ふふっ、おっちょこちょいですね。ほら、携帯がないと誰とも連絡が取れなくなっちゃうから急いで直しに来ちゃいました。よく考えたら
やってしまった……。
一人で焦って、一人で盛り上がってしまった。
毎日毎日、鮮魚の作業場なんかに引きこもっているから気持ちも一人で縮こまってしまうんだ。
「帰りましょう? 今日はうちに泊まっていくんですよね?」
「う、うん」
「あれれ? 落ち込んでますか?」
「顔から火が出そうなくらい恥ずかしいだけ」
こうなると
すぐに教えてくれても良かったのに!
「じゃあアイス食べながら帰っちゃいましょう。
「そういう冗談言えるようになったんだね……」
「あははは、
「なんかこのアイス値下げされてない?」
「そうです、値下げのやつを買っちゃいました。あそこのコンビニ、個人経営らしいので」
「へぇ~」
「懐かしいですね。最初のデートでコンビニは値下げしないって教えてもらいました。レアですよレア!」
なるほど、商品入れ替えで邪魔になったやつね。
個人経営なら勝手に値下げしちゃってもいいのかな。
「冷たっ」
「そういえば今年は桜を見に行けなかったね」
「リニューアル直後でしたもんね。来年は行ってみたいなぁ」
来年……。
来年は俺はどうしているのだろう。
もっと大人っぽく、もっと美人になっているのだろうか。
「……
「大丈夫ですよ? 何かありましたか?」
「俺さ、ずっとスーパーの仕事が嫌いだった」
「えぇえ!?」
「給料だって安いし、シフトの休みはいつだってパートさんが優先でしょう。俺たちにとって大型連休はただの繁忙期でしかないし」
プライベートでは極力仕事の話はしないようにしていた。
親はもちろん、友人にさえ仕事の話はしないようにしていた。
どうしても愚痴っぽくなってしまうからだ。
チーフになってからは特にかなぁ。
できるだけ格好良い自分でいようとしていた気がする。
「当然のように早朝出勤だしさ、夜は発注や伝票の打ち込みがあるのでなかなか帰ることができない。それで
「そ、そんなことは……」
多分、それはあの生臭い作業場にいる限りずっと変わらないと思う。
でも、この子には格好悪くても自分の思っていたことを伝えたいと思った。
「
「ううん、今はそんなこと思ってないよ」
「じゃ、じゃあ……」
「この前、俺の昔の師匠の話はしたよね?」
「
「うん、俺ってその人からずっと教わっていたことがあるんだ」
「教わっていたこと?」
「部門の人は第二の家族だって」
「私がアルバイトしていたときもおっしゃってましたもんね。優しい言葉だと思います」
「うん、俺は今でもそう思っている」
あっ、やばい緊張してきた。
今更ながらもっとちゃんとしたところで言うべきだったとか、完全にタイミングをミスってるとか思えてきてしまった。
そもそもリニューアルで
まだちゃんと勝っていないのに!
「……」
「
アルバイト始めた頃よりは
その顔が不思議そうに俺のことを覗き込んでくる。
(……)
……ぐちゃぐちゃ考えてないでやっぱり言おう。
伝えたい気持ちは、そのときに伝えないと、あのときみたいに伝えられなくなってしまうかもしれない。
「俺、その言葉をずっと大切にしてきた。けど……」
今更、
本来は、値下げも告白もタイミングを見計らってやるものなのかもしれない。
でも、そんなの関係なしにどうしてもその言葉を伝えたい。
自分の気持ちを大切な人に知ってほしい。
「さっき言ったみたいに、どうしようもないスーパーの社員の俺だけどさ……!」
ふと生温い夜風が頬を撫でた。
値下げされた季節外れのアイスが、まるで自分の気持ちみたいにポタっと地面に落ちてしまった。
「俺、君とは本当の家族になりたいと思っている。大学卒業したら俺と結婚してください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます