♯33 白河さんともずく

 汐織しおりの声が上擦っている。


 体は肩が上がってかっちんこっちんだ。


 どこからどう見ても緊張している。


汐織しおり、これがうちの両親で――」



「「めんこい娘さんだべーーー!」」



 俺の言葉を遮って、両親のはしゃいだ声が聞こえてきた。


「はぁああ……」


 つい自分の眉間を押さえこんでしまった。


 は、恥ずかしい……。


 うちの両親は東北出身。興奮すると方言がでてしまう。


大和やまとの嫁っ子がこんなにべっぴんさんだと思わなかったべ!」

「しかも随分若いんだねーの! 女房と畳は新しい方がいいと言うけんど!」

「やだ、お父さん。それは私に言ってるの? 私も表替えされちゃうの?」

「そんなことは言ってません」


 “水野みずのチーフのご両親はとても立派な方たちなんでしょうね!”


 昔、パートさんにそんなことを言われたことがある。


 かくいう汐織しおりにも似たようなことを言っていた。


 だが実際はこれである!


 うざい、うるさい、やかましいの三段活用ができるくらいよくしゃべる。


「あ、あの! 大和やまとさんとはお付き合いさせていただいてまして……」

「やだー! 緊張しててとても可愛い!」


 母親が汐織しおりに抱きついた。


「ねぇねぇ、いつうちに来るの? いつ結婚するの!? 私、ずっと娘が欲しかったの!」

「け、結婚!?」

「わー! 髪が綺麗! お肌もつるつる!」

「わっ、わっ」


 汐織しおりがオフクロにもみくちゃにされている。


 もうやだこの母親。


 話しかけているくせに、全然汐織しおりの返答を待とうとしない。


「お、オフクロ、そのへんにして……」

「なに格好つけてんのよ。高校のときはヤンキーみたいな格好していたくせに」

「だから余計なこと言うなつってんだろ!」


 久しぶりに作業場以外で大きな声が出た。


 いや、最近作業場でもこんな声だしたときねーよ!


「と、とりあえずお茶でも入れてきますので! 向こうでゆっくり休んでください」


 玄関で騒ぎ立てるうちの親たち。


 絶対に汐織しおりのほうが精神的には大人だと思う。




※※※




「どうぞ、お茶です」


「「おぉ~!」


 汐織しおりの一挙手一投足に歓声があがる。


「まだ若いのに、こんなに気が利いて大したもんだべ」

汐織しおりちゃんってもしかしてお嬢様?」


 親父が早速、汐織しおりのことをちゃん付けにしている。


 なんか気持ち悪い。かなり気持ち悪い。めちゃくちゃ気持ち悪い。


「そ、そんなことないですよ! 普通の家庭です!」

「えぇ~、でも立ち振る舞いに品があるというか! ご両親の育て方がとても良かったのね」

「そ、そうなんですかね? えへへへ」


 汐織しおり汐織しおりで嬉しそうに照れ笑いしている。


 意外に大丈夫か……?


 汐織しおりの反応を見ていると、そんなに嫌ってわけでもなさそう……な気がする。


汐織しおりちゃんは子供何人欲しいと思ってるの?」

「げほっ! げほっ!」


 飲んでいたお茶が入ってはいけないところに入った。


 急にうちの母親がぶっこんできた。


「さ、三人くらい欲しいかなぁと……」

汐織しおりも真面目に答えなくていいから!」


 そもそも俺たちはまだ――。


 いや、そこは重要じゃない!


 白河しらかわ家のご両親が来る前に、こいつらの口を縫い付けておかなければ!


「今日の大和やまとは怒りん坊だべ」

「昔から恥ずかしがると怒って誤魔化すところあるべ」


「あっ! 私、大和やまとさんの昔の話聞きたいです!」


 ついには俺を抜いて話が進んでいくのであった。




※※※




 二人の話をまだまだ続く。


 うちの親父とオフクロにいたっては、もう遠慮なしに用意していたお煎餅をばりばり食べている。


大和やまとは中学の頃からやんちゃし始めてな、何回も補導されて呼ばれたなぁ」

「えぇえー! 意外です!」

「小学校の頃は朝早く起きてテレビゲームをやってるくらいオタクだったのに」

「可愛い~」


 ……早く白河しらかわさんの家こないかなぁ。


 完全にうちの両親と汐織しおりが意気投合してしまった。


 人の昔話でずっと盛り上がってる。


汐織しおりちゃん、今度うちに遊びにきたらいいべ」

「いいんですか!?」

「もう自分の家だと思っていいんだよ」


 一度も行ったことのない家を自分の家にされる汐織しおり。シロアリがいそうな古い平屋ですがいいんでしょうか。


大和やまとがいなくて来てもいいんだよ?」

「えっ、じゃあ寂しくなったら行っちゃいます!」


 汐織しおりがうちの親父たちが喜びそうなことをうまいこと言っている。


 ……江尻えじりさんもそうだが、どうしてスーパー経験者はこうも年寄りの捌き方が上手いのか。


汐織しおりちゃん、私たちには敬語じゃなくていいんだよ?」

「あっ……! こ、これは癖といいますか……。大和やまとさんにもよく言われるのですが」

「えー! 可愛い~! やっぱりお嬢様じゃん!」

「わっ、わっ」


 再び汐織しおりが母親にもみくちゃにされる。


 ……まぁ、落ち込んでいた汐織しおりにとってはこいつらの明るさは丁度良かったのかも。


 汐織しおりも楽しそうに笑っているし。


「ねぇねぇ、汐織しおりちゃんは大和やまとのどこが良かったの?」

「そ、それは格好良くて、優しくて――」


 こっずかしい話が始まってしまった。


 あれ? こっずかしいって方言だっけか。


 両親に釣られて、俺もよく分からなくなってきた。



プルルルル



 携帯が鳴った。


 着信の画面を見ると佐竹さたけ店長からだった。 


「ごめん、ちょっと電話に出てくる」

「は、はい!」


 汐織しおりにそう声をかけて、席を外す。

 うるさい奴らがいるのでアパートの外で電話しよう。


「お疲れ様です、水野みずのです」


『あっ、水野みずの君! お休みのところごめん! 今大丈夫?』


「大丈夫です。何かあったんですか?」


『実はさ、急遽社長の巡店があることになってさ。そのまま例のリニューアル対策会議やるかもしれないんだ』


「……」


 い、嫌な予感がしてきた。

 休日に鳴る電話ってロクでもないことが多いんだよなぁ。


『本っっ当に悪いんだけど店に来れないかな? その分、どこかで休みとってもらっていいから!』


 ……案の定だった。


 断れない。


 店長からそんなことを言われてしまったら、冠婚葬祭か物理的に遠い距離にいるかとかじゃなければ断ることができない。


「……分かりました」


 時間の打ち合わせをして店長との電話は切れた。


 仕事をしたい気持ちは確かに強かったけど……。


 まいったな、今日はこれから――。


「お仕事ですか?」

「あっ」


 汐織しおりが俺のことを追いかけてきていた。


「……ごめん、これから行かないといけなくなった」

「……」


 汐織しおりの目がうるうるしている……。


 悲しそうな、我慢しているような、それとも怒っているような、そんな複雑な表情をしている。


「終わったらすぐに戻ってくるから」

「はい……大和やまとさんはチーフですもんね……」

汐織しおり……」

「それに大切な人と決着をつけたいんですよね……」

「うん……」

「お、お仕事頑張ってくださいね! 私、応援してますからつ!」


 汐織しおりは優しく微笑んでいたが、それがどこか無理しているように見えてしまった。

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