閑話 サブチーフと新人さん ※江尻さん視点

「サブチーフ、すみませんでした。私、ふざけすぎました」


 水野みずのさんが白河しらかわさんに会いに行っている間、私は綾瀬あやせサブチーフに謝ることにした。


「うっ、うぅ……」

「えぇえ!? まだ泣いてるんですか!?」

「だってぇ」


 サブチーフが二人の様子を見てまた泣き始めてしまった。

 

 本当に悪ふざけがすぎてしまったみたいだ!


「さ、サブチーフ! 水野みずのチーフが帰ってくるまでに泣き止んでくださいよ!」

「わ、分かってるってぇ」

「ほ、本当にすみませんでした……。ちょっと楽しくなりすぎちゃいまして」


 自分の気持ちを包み隠さず、綾瀬あやせサブチーフに謝ることにした。


 水野みずのさんと話していると、楽しくなりすぎてしまうことがある。


 白河しらかわさんと話しているとついかまいたくなってしまう。


 この前の売り場の話は、後から考えると全面的に綾瀬あやせサブチーフが言うことは正しかったと思っている。


「私、新人なのにこんな風にふざけている場合じゃないですよね。もっと仕事覚えなきゃなのに」

「うん、そうだね……」

「うっ」


 涙を拭きながらも、はっきりそう言われてしまった。


 あの騒動の後、サブチーフの態度はかなり柔らかくなった。


 だが、思ったことをはっきり口に出すところは全然変わっていない。


「あ、あの……サブチーフってやっぱりチーフのことを……?」

「それがよく分かんないんだけどね……」

「え?」


 思っていた反応と違うものが返ってきた。

 サブチーフのことだからはっきり“好き”と言いそうだと思ったのに!


「私、ずっと仕事ばっかりだったからそういうのよく分かんないみたい。この歳になって情けないんだけど」

「そうなんですか!?」

「でも水野みずのチーフのことは初めて良いなぁと思ったんだ。はっきりこのままだとチーフになれないって言われちゃったし」


 いやいや、良いなぁと思ったらそれは恋じゃん。


 サブチーフって仕事はしっかりしているのに、話せば話すほど中身は実は子供っぽい人のような気がする。


「それは思ったよりもきついことを……」

「ううん、すごく嬉しかった。初めて私の仕事態度を叱ってくれる人がいて嬉しかった」

「えー!?」


 サブチーフの目元が笑っている。どうやら本心でそう言っているようだ。


「おかしくないですか!? 叱られて喜ぶって!」

「そう? 社会に出ると自分のことちゃんと叱ってくれる人っていないよ?」

「……」

「ちゃんと私と向き合おうとしてくれてるんだなぁと思って。今まで、店では私に話しかけてこようとする人いなかったからさ。水野みずのチーフのおかげでもっとお仕事頑張ろうって思えた」


 サブチーフの言う今までのことは私にはよく分からない。


 けど、なんとなく今までつらい環境にいたのかなぁとは思った。


「サブチーフの言うことちょっとだけ分かります。真面目なあの二人を見ていると自分も一生懸命やってみようと思いますよね。前の店でもそうでした」

江尻えじりさんはチーフの彼女さんのこと知ってるの?」

「はい、私の友達でもあるので」


 前の店で、鮮魚の値下げをやっていたことは言わないほうがいいよね。


 さっきも水野みずのさんに言わなくてもいいことは話すなって怒られちゃったし。


「そっか、羨ましいね」

「はい、とても羨ましいです」


 心の底からその言葉を吐き出した。


 友達だけど羨ましい。


 友達だけど妬ましい。


 でも友達だから応援したい。幸せになってほしい。


 そんな相反する気持ちでごちゃごちゃになるときがある。


 出会う順番さえ違かったら――。


 いまだにそんな汚い気持ちになるときだってある。


 私、自分ではもうちょっとさばさばしているほうだと思ってたんだけどなぁ……。


「私、サブチーフのこと勘違いしてました」

「勘違い?」

「もっとお堅い人かなぁと思ってました!」

「あははは、よく言われる」


 綾瀬あやせサブチーフが初めて私に笑った顔を見せてくれた。


「私、サブチーフと仲良くなれるような気がしてます!」

「私も江尻えじりさんと仲良くなれるような気がしてきた」


 私ははっきりと恋だったけど、サブチーフはちゃんと自覚する前だったのかな?


 そう考えるとものすごく親しみが湧いてきてしまった。


「それはそうと、江尻えじりさんが私のことをからかったのは許してないからね」

「うっ……」


 た、確かに水野みずのさんの彼女面しようとしたのは調子にのりすぎた……。


 仕事も頑張らないといけないけど、性格も白河しらかわさんみたいに成長しないといけないのかなぁ……。


「お、お仕事を一生懸命頑張りますから、何卒お許しを……」

「うん、お互い一生懸命頑張ろうね」

「それに水野みずのさんも一生懸命な子が好きみたいですし」

「そうなの!? 私も一生懸命って言葉好き!」


 サブチーフの涙がいつの間にか完全に引っ込んでいる。


 わ、私、やっぱりこの人のことはよく分からないかも。


 ……私は、もう二人の間に入れないのは分かっているし、そうしたいとも思っていない。


 二人にはこのまま上手くいってほしいと心の底から願っている。


 だから、まだ時々うずくことのある自分の気持ちは、そっとまな板の上に置いておくことにした。


 だって、恋愛だけで終わる人間関係はとてももったいないと思うから。


 自分がお魚を切れるようになったら、もっと上手く今の気持ちを調理できるようになれるかな?

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